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悩ましき桃の節句 [本編「~縁」(短編連作小説集)]

短編小説「縁」本編・8編目
※目次ページはこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

理沙の妊娠が判明。けれど単純に喜べず・・・。

そして番外編の「お彼岸―アラフォー女子の幸せ」で主人公だった小林主任が登場。
※「お彼岸~」はここをどうぞ。http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-24-1

マタハラ問題勃発で、静也VS小林主任。
そこに、なんとあのフェミニスト・みすずが静也に加勢。

ひな祭りの由来とは・・・
桃の節句についてのミニ雑学もあり。(5500字)

では、以下本文。

   ・・・

 梅の花が香る3月初日の休日。

 今までの寒さはどこへやら。
 淡い陽光が気持ちいいお昼時、理沙は自宅のキッチンで、ひな祭りの定番料理――ちらし寿司とハマグリのお吸い物を作っていた。夫の静也のリクエストでもある。

 その静也は何かしら手伝おうと理沙の周りをウロウロしていた。そして時折、理沙のお腹に目をやる。
 そう、実は理沙の中に新しい縁が宿っているのだ。

   ・・・

 理沙が妊娠していることが分かったのは、あの節分の日から数日後のこと。

 吐き気を訴える理沙に、静也は「もしや、これはっ」と寒空の下、妊娠検査薬を買いに走った。
「そういえば」と理沙が言うには『月のもの』もないらしい。いつも不順だったので、あまり気にしていなかったらしい。

 まあ、とにもかくにも、静也はニヤけた顔で薬局に飛び込んだ。
 妊娠検査薬を手にした時、ふと男の自分がこんな買い物をと恥ずかしくなったが「いや、夫が妻のために妊娠検査薬を買って何が悪いっ」と開き直り、堂々と妊娠検査薬を手に入れ、息せき切って自宅に戻った。
「お茶でも飲むか?」
 早くトイレに行ってもらおうと頻りに水分をとることを理沙に勧めたりした。

「いい……何か気持ち悪い……」
 理沙はテーブルに伏せていたが、そうこうしているうちにやっとトイレへ入った。

 静也は気が急く心を落ち着かせながら待った。
 が、水が流れる音は聞こえたものの、なかなか出てこない。
 早く結果を知りたくて呼びかけてみようとした時、やっと理沙が出てきた。

「どうだった?」
「……陽性……」

 その言葉を聞いた静也はこれ以上ないというくらいに顔をほころばせた。

 そんな静也を見て「なるほど、破顔とはよく言ったものよね……」と理沙はぼんやり思う。
 いちおう病院へ行って診断を受けるけど、妊娠は確実だろう。

 でも――仕事はできるだろうか? 悪阻が酷ければ休むことになる――

 理沙は嬉しさより心配が先に立った。
 何か不具合が起きたらどうしよう。出産は想像を絶するほど痛いと聞くし……。
 体調の悪さも手伝ってか、ネガティブな感情に支配されてしまう。

 暗い表情の理沙を見て、静也は怪訝な顔をした。
「嬉しくないの?」

「男はのん気でいいよね……」
 理沙はため息をついた。

 嬉しいと思わなければならないのか……何だかプレッシャーだ。
 こういう時に助けてくれる母がいないことも大きかった。心細くてたまらない。
 相談できる女友だちもいない。
 理沙は、ただただ不安だった。

「……これが噂のマタニティブルーというやつか」
 喜びを分かち合えるような雰囲気ではなく、静也も気分がしぼんでしまった。

   ・・・

 それから――

 理沙は悪阻で仕事を休むことが多くなり、その日も具合が悪くて、静也だけが出勤した。

 そんな昼休み。
 ○○市役所の職員食堂で親子丼を口に運んでいた静也の耳にこんな声が聞こえてきた。

「度々休まれるとその分、こっちに負担がくるでしょ。妊娠出産・育児って私的なことじゃない? 関係ない人にしわ寄せがくるのっておかしいわよねえ」

 しゃべっているのは理沙と同じ課の小林主任だった。いかにも仕事ができそうなキリッとした感じの美人だけど、性格がキツく、一部の職員からは引かれているアラフォー独身女性だ。

 一緒にいた女性職員も頷き、小林主任に同調していた。

 これはマタハラだ。
 しかも本人がいないところでこういったマタハラ空気を作るなんてタチが悪い……。

 静也はちょうど席の近くを通りかかった小林主任に苦言を呈した。
「それ、うちの妻のことですよね? だとしたらマタハラになりますよ」

 小林主任は声をした方へ怪訝な顔を向け、静也を確認すると、待ってましたとばかりに言い返してきた。

「負担を押し付けられるほうは我慢しろって言うの? そっちに権利あるんなら、こっちにも権利があると思わない?」

 また権利VS権利かあ……静也はゲンナリした。
 が、そこに女性の権利にうるさいみすず先輩の援護が入った。

「マタハラは女性への人権侵害です。社会問題化していることをご存じないんですか?」

 みすず先輩もランチをしていたようで、食器とトレイを片付けに席を立ったところだった。

「マタハラマタハラって……仲間内で愚痴も言ってもダメなの? そこまでこっちは権利をはく奪されるのかしら?」
 小林主任は目をみすずに移した。

 小林主任から見たら、静也もみすずも役職についていない若輩ものだ。

 が、静也もみすずも小林主任の鋭い視線から逃げることなく、受けて立ち、反論の言葉を探す。
 食堂が緊張に染まった。

 とその時――

「理沙ちん、妊娠したんだって?」
 この剣呑な空気を吹き飛ばすかのような場違いな声が響いた。

「お前ら、淡白そうに見えるけど、ちゃ~んとやることやっていたんだな」
 ハンバーグ定食+かつ丼のトレイを持った黒野はガハガハ笑いながら、静也の席にやって来て、腰を振った。

 小林主任への反論の言葉はどこへやら、みすずは黒野をにらみつける。
「セクハラ!」 

「そういうことをデカい声で言わないでください」
 ため息交じりに静也も注意した。

 いつものパターンだ……。

 その間に、小林主任は呆れたように顔を左右に振りながら遠くの席へ行ってしまった。

   ・・・

「へえ、黒野先輩、相変わらずだね」

 自宅で寝ていた理沙は相変わらず具合が悪そうだったが、仕事から帰ってきた静也の話を聞き、笑ってくれた。

「んで、先輩ったら『お産の苦しみはオッサンには分からねえよな』ってつまらないギャグ飛ばして、周りのひんしゅく買いまくってさ」

 静也は久しぶりに笑顔を見せてくれた理沙にホッとした。

 それでも……小林主任のマタハラについては触れなかった。
 黒野のおかげでマタハラの件はうやむやになったものの、理沙の妊娠は同僚によっては迷惑だと思われ、祝福されているわけではない。

 そのことを思い知り、静也は冷やかな気持ちになったのだった。

 ――小林主任は、ひょっとして理沙に嫉妬しているのか? 自分はまだ結婚もできず、その歳ではもう出産の可能性も低い。いわゆる負け犬の遠吠えってヤツだな。

 仕返しに、乾いた気持ちで小林主任を心の中で哂い、その後は心の外へ押しやった。

   ・・・

 とまあ、そんなこともあったけど、悪阻期間が過ぎて体調も落ち着いた3月、理沙はやっとキッチンに立てるようになった。

 理沙がお椀によそったお吸い物を食卓に運びながら、静也はいつものごとくうんちくを語る。
 窓から入ってくるそよ風に、ハマグリのお吸い物の湯気がほんわかと揺れる。

「ハマグリは2枚の合わさった貝殻以外、ほかのハマグリの貝殻と合わさることはないんだってな。で、そこからハマグリの料理には絆の深い夫婦になれますようにという願いが込められるようになったんだ」

「へえ」
 ならば、ぜひともハマグリにあやかりたい。
 静也の話に理沙は相槌を打ちつつ、思う。

 悪阻で苦しんでいた時、静也は何もできないながらも早く帰ってきて、理沙を見守ってくれた。嫌な顔もせず、理沙の愚痴につきあった。
 本当のところ、仕事から疲れて帰ってきた上に妻の愚痴など聞きたくないだろう。

 見聞きする話では――わざと遅く帰り、妊娠中の妻から逃げる夫もいたり、あるいは夫のほうが「オレだって仕事で疲れているんだ」と爆発したり、お互い「どっちが、より大変か」で喧嘩になるケースもあるんだとか。
 相手が自分よりラクしていると思うと許せなくなる。
 そこから夫婦の亀裂が生まれ、せっかく結んだ縁がほどける……。

 相手を思いやるというのは、けっこう難しい。
 それは自分に余裕があってこそできるものなのかもしれない。

 静也って意外と器が大きいのかも……と理沙はちょっと尊敬してしまった。静也がいれば、出産育児も乗り越えられると自信も出てきた。
 静也の貝殻に合わさるよう、自分もがんばらねば。

「イクラに海老入りか、豪勢だな」
 ハマグリのお吸い物のほか、食卓に並んだちらし寿司に静也は笑顔を見せた。

 ちらし寿司は甘酢の寿司飯に卵の黄色、菜花の緑を添え、人参やイクラや海老の紅色が混ざり、春らしい彩にあふれていた。甘辛に煮たレンコンや椎茸も入り、なかなかの健康食でもある。

「んじゃ、雛祭りを祝して」
「いただきます」

 3月3日は『桃の節句』と呼ばれ、雛人形を飾り、菱餅、白酒、桃の花を供え、娘の幸福を願うお祭りとなっている。

 ちなみに節句とは、季節の節目にお供え物をして、実り多き豊かな暮らしを願う日本の伝統行事のこと。

 菱餅の紅、白、緑の三段重ねの色は、それぞれ桃の花、白酒、草餅の色を表し、紅は『花が咲く』、白は『雪解け』、緑は『新芽が吹く』と春の訪れをイメージしているらしい。

 その菱餅を切って揚げたものが本来の雛あられである。
 昔、野外で雛遊びを楽しむために持っていく携帯用のお菓子として、菱餅を砕き、炒って作られたのが始まりだ。

 草餅に入っている蓬は『邪気を祓う力がある』と信じられ、桃も魔除けとして使われていたという。

 そう、大昔の中国では、桃の葉の湯に入ったり、桃の花を浮かべた酒を飲んだりして、無病息災を願っていたようだ。
 旧暦3月3日には川で手足を洗って厄払いをする習慣があり、それが日本に伝わった。
 それが雛祭りの原点となる。

 そして、その風習はやがて、人形に禍いを背負ってもらい、その人形を川へ流す『流し雛』に変化し――
 江戸時代に入ると、人形を飾って子の幸せを祈るスタイルになっていくのだ。

 ちらし寿司を頬張りながら、静也はそんな雑学を理沙に披露していた。

「菱餅の形は心臓を表していて、娘の健康を願う親の気持ちが込められているんだとか……」
 と、ここまで話して、ふと静也は黙り込み、理沙のお腹を見つめる。

「どうしたの?」
 怪訝な顔をした理沙が、静也へ顔を向ける。

「……子ども……女かな……男かな……」

「さあ。分かるのはまだまだ先だよ」

「女の子だったら……」

「雛祭りは盛大にやりたいよね。まあ、うちは狭いから雛人形の段飾りはできないけど」

「……雛人形はずっと出しっぱなしだな」

「え?」

「オレの目が黒いうちは嫁にやりたくない……」

「生まれてもいないのに気が早いんじゃ……それに嫁き遅れを願うなんて……卵子が老化していくから、早く子どもを産んだほうがいいと言っていた人のセリフとは思えないなあ」

「……いや、その……結婚したからって幸せになるとは限らないし……」

 静也はボソボソと言い訳をする。
 が、理沙は痛いところを突いてきた。

「孫の顔は拝めなくてもいいわけ?」

「……」
 それこそ気が早い話だが、確かに孫の顔を見られないのも寂しいかも。

「ま、嫁にいってもいかなくても、どっちもありな今の日本に感謝だよね」
 やれやれとばかりに理沙はハマグリのお吸い物をすする。

 すると突然、静也はヘンなことを言い出した。
「……キリスト教、信じたい」

「へ?」

「男なしで子どもを産んだマリアの話は素晴らしいよな」

「……」

 いつも科学的で論理的な思考をする静也の言葉とは思えなかった。娘はここまで父親を狂わすのか……って、まだ女か男かも分からないのに――
 理沙は苦笑する。

「息子なら結婚が早くても遅くても気にならないわけ?」
「まあな」

 みすず先輩が聞いたら、目を三角にして「男女差別」と怒りそうだ。

「けど、息子のお嫁さんは孫を連れて遊びに来てくれないかも。やっぱ舅姑には気を使うから、足が遠のくよね。嫁にいった娘のほうが孫と一緒に実家に遊びに来てくれると思うよ」

「となると……息子と娘、どっちがいいんだろう」

 いや、悩んだところでどうしようもない問題なのだが……
 静也もちらし寿司を頬張っているうちに、男でも女でも無事に生まれてくればそれでいいという気持ちになっていた。


 そして昼食後――

 静也と理沙は商店街へ買い物がてら、神社に立ち寄り、安産祈願のお参りをした。
 ちょうど梅の花が真っ盛り。
 やわらかい日差しの中、散歩を楽しみながら買い物を済ませ、近所の和菓子店で草餅を買い、日本茶と共にいただく。

 その後、市販の入浴剤で、美肌効果があるという桃湯を作って、のんびり入浴。
 夕飯は鰤(ブリ)の照り焼き、菜花の胡麻和え、椎茸と里芋と人参の煮ころがし、ハマグリの味噌汁と、体にやさしい料理を味わった。

 桃の花を見かけなかったのが残念だったけど、春の穏やかな休日を満喫した二人だった。






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