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嫁き遅れの雛人形 [本編「~縁」(短編連作小説集)]

短編小説「縁」本編・9編目
※目次ページはこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

今回は特別編。フェミニスト・福田みすずのお話。
なぜ彼女はフェミニズムに目覚めたのか。(6450字)

では、以下本文。

   ・・・

 未だ居残ろうとする冬とやわらかい風を運ぶ春が交差する3月半ばの休日。

 福田みすずは久しぶりに実家へ帰った。
 門塀にある『福田』という表札を見やり、昔ながらの古びた木造の日本家屋と対峙しながら、玄関まで続く敷石を歩く。

 玄関前でため息と一緒に一呼吸。
「ただいま~」という言葉と共に、ギシギシと音を鳴らしながら引き戸を開ける。

「おかえり」
 台所から母の声がするも出てくる気配はない。今、手が離せないのだろう。

 みすずは靴を脱ぎ、上り框に足を乗せる。
 板張りの廊下を歩き、その時ハタと気づく。もう自分の部屋はなく、そこは妹のさりなとその娘が使っているんだっけ、と。

 とりあえず客間になっている和室に入ると、妹が雛人形を片付けているところだった。

「え、まだ仕舞ってなかったんだ。お母さん、よく何も言わなかったね」

 ――段飾りの雛人形。
 昔は母親がよく飾ったが、みすずが高校生くらいになると、雛人形は押し入れの奥深くにずっと仕舞われたまま、ここ何年も日の目を見なかった。飾っても誰もそれほど喜ばず、スペースを大きく取る雛壇は邪魔でしかなかった。
 それを今年、実家に戻ってきた妹が飾ったようだ。

「こういう片付けって、つい後回しになっちゃうのよね。お嫁に行き遅れたらごめんね~」
 さりなは笑いながら、傍で遊んでいる3歳になる娘を見やり、そのついでにみすずにも意味ありげな視線を送る。

 すかさず、みすずは遠慮のない言葉で返す。
「出戻りが何言ってんのよ」

 妹のさりなは離婚し、今は実家で暮らしている。娘の親権はさりなが勝ち取った。
 離婚の原因は夫の浮気だそうだが、専業主婦の自分を見下す態度もガマンできなかったという。夫への信頼感も皆無となり、もうパートナーとしてやっていけないと結論を下した。

「出戻りって女性に対する差別発言じゃない? お姉ちゃんらしくないね」

 さりなの皮肉もなかなかのものだが、みすずも負けてない。

「嫁き遅れたら申し訳ないっていう考えこそ、女性差別よ」

「あら、男も女も結婚は早くするに越したことないでしょ。子どもを持つんならね。育てるのに体力いるし、卵子や精子も若いほうがいいんだから」

「精子もそうなの?」

「うん、自閉症とかそっち系のリスクが歳とった精子だと高くなるそうよ」

「へええ」
 みすずの頭に、妻が妊娠中だという四条静也のことが浮かんだ。

 ――ちょっと前まで奥さんの悪阻が酷かったらしく、四条君は残業も断り、いつも早々に帰宅していたっけ。あの若さで子どもを持つなんてすごいと思っていたけど、それなりのメリットもあるようね。

「若さは、女だけでなく、男にも求められる時代になるかもね」
 さりながニヤッと笑う。

「とはいえ、男はやっぱり経済力なんじゃない?」
 みすずも片付けを手伝いながら、話を続ける。

「けど、容姿や年齢だって無視はできないよね」

「ん、あんた、もう次の結婚、考えているの?」

「そりゃあね。お姉ちゃんだって、もし結婚したいなら今から動いたほうがいいよ。30過ぎると条件厳しくなっていくし」

 そう言うさりなは26歳。みすずは28歳だ。

「ふん、先に結婚ありき、とは考えてません。一緒になりたいという人が見つかったら、そこで初めて結婚を考えるのが自然でしょ」

「そんなこと言ってたら、あっという間に歳とっちゃうよ。婚活がんばってみたら?」

「結婚失敗した人に言われたくありませんっ」

「失敗を繰り返してこそ、成功へ導かれるのよ。失敗のない人生なんてないんだから。失敗を恐れちゃダメよ」

 そんな正論をのたまうものの、さりなは今、無職。もちろん職探ししているけど、なかなか見つからない。元夫はまだ養育費を振り込んでくれてないそうだ。

「あ~あ、仕事、辞めるんじゃなかったなあ。これだけはお姉ちゃんの言うとおりだった。この点については私の負け」

 でも現実問題、さりなの務めていたところは零細企業で育休など取れるはずもなく、産休も難しかった。
 結局、公務員か大企業の正社員でないと産休育休は得られず、まだまだ女性の権利は阻害されていると、みすずは考えている。

「就職の時、お姉ちゃんみたく、もっとがんばればよかったなあ」

 さりなは、公務員の職を得たみすずをうらやましいと言うが……
 みすずのほうこそ、昔からずっとさりなに嫉妬心を抱いていた。さりなは、みすずの劣等感の元凶だった。

 そう、さりなは目が大きくファニーフェイスでカワイイ系の美人だ。いわゆるお高い感じのクールビューティではなく、男性から好かれる親しみやすいタイプ。

 対して、みすずは瞼が一重で目が小さく、鼻は低く、エラが張り、のっぺりした平面的な冴えない顔立ちだった。

 小さい頃から、みすずはさりなと較べられ、親戚から遠慮のないからかいの言葉を投げつけられていた。
「みすずちゃん、かわいそう」「お父さんに似ちゃって、残念」

 みすずの両親は苦笑いをするだけで、何も言わなかった。

 幼い時、みすずは自分の何がかわいそうで残念なのか分からなかったけど、容姿のことを言われているのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 勉強はみすずのほうができた。高校も大学も、さりなよりレベルの高いところに受かった。 
 それでも負けている感から逃れられなかった。

 中学高校時代、さりなはモテモテで彼氏に不自由したことがなく、青春を謳歌していた。

 一方、みすずのほうは彼氏なんていなかった。『みすず=不美人・ブス=女として残念』と刷り込まれたため、いいなと思う男の子に近づくのも憚られた。

 そして――
 みすずが大学に上がって間もなく、ホテルで行われた従姉の結婚披露宴の席でこんなことがあった。

「普通、馬子にも衣装って言うが、不細工な女はどう着飾っても美人にはなれないな。ま、嫁の貰い手がいて良かった」

 みすずの父方の伯父はそう言うと、周りに憚ることなく大笑いした。
 場を和ませるためのジョークのつもりだったのだろうか。

 その伯父の妻である伯母も笑みを浮かべて「あなたったら」と軽く注意するだけだった。
 みすずの両親も微かに笑っていた。

 花嫁である従姉の両親はうすく苦笑するにとどまった。
 従姉は伯父が持ってきた見合い話で結婚したので、お世話になった伯父に何も言えなかったのだろう。

 みすずも、伯父に抗議したところで祝福の場を白けさせるだけなのでガマンした。

 それでも、祝いの席で花嫁を侮辱する伯父や、そのことに抗議するどころか追従して笑った自分の両親や伯母に愕然とした。

 従姉が知ったら傷つくだろうに……母や伯母は、同じ女として何とも思わないのか?

 みすずの伯母や母は美人の部類に入る。
 そう、不美人にからかいの言葉を投げつける伯父は、美人には称賛の言葉を照れもせずに送る。
 だから伯父に追従し、容姿の劣る女を一緒になって笑うことができてしまうのだろうか。

 この時、みすずは決めた。
 将来、自分が仮に結婚したとしても、絶対に結婚式や披露宴はしないと。

 きっと伯父はみすずに対しても侮蔑の言葉を吐き、親戚たちは哂うのだろう。両親も一緒になって苦笑し、花嫁をピエロにするのだろう。
 祝福を受けるべき場所で嘲笑されるのはゴメンだ。

 と、その哂いの隙間からボソっと低い声が聞こえた。
「感じワルっ」

 さりなはそうつぶやくと、ポーカーフェイスで料理を黙々と口に運んでいた。

 一瞬、場は凍りついたものの、すぐに何事もなかったかのように再び談笑が始まり、凍った空気は生ぬるい空虚なおしゃべりで溶けていった。

 みすずは初めてさりなに近しい感情を抱いた。
 これをきっかけに妹と仲良くなっていった気がする。


 それから――
 今でも忘れられない。みすずの大学卒業が近づき、公務員として市役所に就職が決まった時、伯父からこんなことを言われた。
「これで結婚できなくても、みすずは安泰だな」

 これはセクハラだ。
 もし自分が男だったら、おかしな揶揄を浴びせられることなく普通に「おめでとう」と祝福を受けられただろう。
 なのに女は容姿が劣るだけで、まともな祝福を受けられず、侮蔑が入り込む。

 この頃からみすずは女性差別に敏感になっていった。


 その2年後。
 伯父は、当時24歳になっていたみすずに見合い話を持って、家に訪ねてきた。
 気乗りしなかったが、とりあえず伯父を客間に通し、両親と一緒に話を聞くことにした。

「みすずに、ぴったりだと思ってな」
 そう言って、伯父は相手の写真と釣書を座卓の上に広げた。

 それを見たみすずは愕然とした。

 相手の年齢は39歳。
 オデコはすでに後退しかかり、メタボ体型で、ヒラメのような顔をした、正直、冴えないオジサンだった。
 そこそこの企業にお勤めで、まあまあ収入はあるようだけど――これが私にぴったり……?

 容姿のことは別にしても、15も歳が離れ、考え方や価値観、話題が合うとも思えなかった。
 なので、お断りの理由は『年齢』にした。

 しかし、伯父はこう諭してきた。
「まだ会ってもいないのに、価値観や話題が合うかどうかなんて分からないじゃないか」

 それも一理あるが、15の年齢差は大きすぎる。
 みすずは断る方向へ話を持っていきたかった。

「相手の方だって、私みたいな小娘より、もっと大人の女性がいいんじゃないですか……」

 すると伯父は苦笑いしながら、こう言い放った。

「いや、相手のほうは乗り気でな。ま、要するに男はな、若い女がいいんだ。お前には『女としての価値』は若さしかないんだから、ここで手を打っておけ。相手だって本音を言えば、もっと美人が良かったかもしれんが、そこは譲ってくれたんだろう。条件として、相手の収入は悪くないはずだ。これを逃したら条件は落ちる一方だぞ」

 みすずは腸が煮えくり返った。
 なぜ、ここまで侮辱されないといけないのだろう?

 父と母は伯父には頭が上がらないらしく、娘がこれほどバカにされているに何も言ってくれない。

 たしかに伯父は、みすずの両親含め、親戚らの面倒を何かとよく見てくれていた。
 お金を用立てたり、保証人になったり、就職の世話をしたり……両親も昔、伯父にはいろいろと助けてもらったそうだ。悪い人ではない。

 が、だからといって、こちらを見下していいことにはならない。

 みすずの脳裏にあの従姉の結婚披露宴での出来事が甦った。侮蔑を受けるのはもうたくさん。

 伯父が勧める『若い女であることを条件とした39歳のヒラメ顔のメタボ男』――もはや嫌悪感しか持てない。
 こいつも伯父と同じく、女を蔑視する屑野郎に違いない。

 そこへさりながやってきた。
「あら、伯父さん来ていたの。いらっしゃい」

 そう言って、ズカズカとみすずの横にやってきて、見合い相手の写真を手に取った。

「これ、お姉ちゃんの見合い相手? やめときなよ、こんなの趣味じゃないでしょ?」
 さりなは遠慮のない言葉を吐いた。

 思わずみすずは頷く。

 だが、伯父はみすずを揶揄するようにこんな言葉を投げつけた。
「趣味じゃないって……みすずだって、たいしたことないだろ。分をわきまえたらどうだ」

 伯父は憮然とした視線を、さりなにではなく、みすずに向けていた。

 そう、伯父は、美人のさりなを責めることは決してしない。
 明らかに差別されている。もう我慢の限界だ。
 ついにみすずは立ち上がった。

「お見合いはお断りします。伯父さん、私が市役所に採用が決まった時、言いましたよね。『これで結婚できなくても、みすずは安泰だな』って。なら結婚しなくてもいいでしょ。ありがた迷惑です。私をバカにするのもいい加減にしてください」

 堪忍袋の緒が切れ、伯父に刃向った。

「女のくせに何を生意気な……」
 みすずの反撃が予想外だったのか、伯父の顔が真っ赤になっていた。

「男なら生意気でもいいんですか? 伯父さんのその感覚、相当古いですよ。仕事先でもそういう態度なんですか? よく今までセクハラで訴えられませんでしたね。私の職場では許されない行為です。品性を疑われますよ」

 みすずは呆れたようにため息をつき、わざとバカにした態度をとった。
 今まで散々やられたことをやり返してやったまでだ。

 ふと見ると、さりなが親指を立てていた。

 父と母は、伯父をとりなそうと、みすずとさりなを諌めたものの、本気で叱ることはなかった。
 両親も「この相手はちょっと……」と思っていたのだろう。

「もう、みすずの面倒は見ないからな」
 そう捨て台詞を吐き、伯父は早々に帰って行った。

 願ったり叶ったり。清々する――みすずは心の中であかんべえをした。


 その後、みすずは実家を出て、一人暮らしを始めた。
 さりなは『できちゃった結婚』をし、女の子を産み、3年後に離婚した。

 今はもう、さりなに嫉妬心を感じない。
 おそらくそれは、さりなが幸せな結婚生活を維持できずに失敗したから、というのもあるだろう。

 ――姉として酷い人間だけど、私をそういう人間にしたのは、伯父のような男どもと、その男に追従する女たちだ。
 容姿に恵まれなかった女性は、ああいった連中に劣等感を植え付けられ、心まで歪ませられてしまうのだ。

 なのに、伯父は親戚の男どもによくこんなことを言っていた。
「美人のほうが素直で性格もいい。ブスはダメだな。捻くれていて暗いし、性格もブスな奴が多い。だから美人を選んだほうがいいぞ。顔と心はリンクしているぞ」と。

 そんなわけで、みすずに一つの目標ができた。
 男どもから傷つけられる女性を一人でも少なくするために、セクハラを許さず、男女差別を許さず、女性の権利を訴えていくのだ。

 ただ一方でこうも思っていた。
 自分だって、結婚相手となる男性の外見や年齢を気にしてしまうのだから、お互い様なところもある。

 となると結婚するって何だかとても難しそうだ。
 縁あって出会い、お互い惹かれ合い、交際を経た上でタイミングと条件が合い、結ばれるって、実は奇跡的なことかもしれない。

 それなのに、子どもまで設けた妹・さりなの縁はほどけてしまった。
 そう、縁を続けていくのは、さらに難しいのだろう。

 その時、みすずの頭にまた四条静也のことが浮かんだ。

 ――四条君は結ばれた縁がほどけないよう、がんばっているようね……。

 庭先に咲く白木蓮の花が青空に映えていた3月の昼下がり。
 雛人形を片付けているさりなを手伝いながら、みすずは心の中で毒づく。

 ――嫁き遅れ、上等。


※自閉症などの障害を持つ子どもが生まれるリスクについて、男性が高齢になるほど高まることは、アメリカ、ノルウェイ、アイスランドの研究で報告されているという。






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