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梅雨の休日と和菓子 [本編「~縁」(短編連作小説集)]

短編小説「縁」本編・12編目
※目次ページはこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

静也と理沙の中学時代と二人の縁のお話。
なぜ理沙が健康食にこだわるのかも明かされる。
ほか、和菓子の日、夏越しの祓のうんちく、梅雨の季節にピッタリなドクダミ湯を紹介します。(5500字)

では、以下本文。

   ・・・

 水無月。
 梅雨入りした6月中旬の週末。

 ――雨の時季なのに何で『水が無い月』なんだろうね――
 雨滴に濡れる窓を見てふと口にしたら、静也がこう教えてくれた。『水無月』の『無』は連体助詞になるので、意味としては『水の月』ということになるのだと。

 旧暦水無月は、概ね新暦7月に当たるけど、日本の本州は7月の中旬までは梅雨が明けず、やっぱり『雨の月』である。

 ちなみに、なぜ『梅雨』というのか。

 それは――黴(かび)が生えやすい時季として『黴雨(ばいう)』と呼んでいたが、梅の実が収穫される頃でもあるので『梅』の字を当てて『梅雨』と書くようになったという説と、

 もうひとつは――古代中国では梅の実が熟する頃の雨季を梅雨(めいゆ)と呼んでおり、それが日本に伝わったという説がある。

『つゆ』という呼び方は『露』から来ているらしい。


 今日も霧のような小雨が、木々の緑や家々をぼんやりと霞ませていた。
 しんみりと寂しさを誘う天気の所為か、何となく気分が優れない。

 理沙は、梅ジュースの素となる梅エキスを作るため、凍らせた青梅を砂糖と共に瓶に入れて漬ける。亡くなった母がよく作ってくれた夏の風物詩。
 当時、子どもだった理沙も、梅の実のヘタ取りを手伝ったものだった。

 今でも失った家族のことを想うと切なくなる。
 そんな思いが時を遡らせ、過去が心の隙間から顔を出す。

   ・・・

 両親を交通事故でいっぺんに亡くした理沙は14歳の時、児童養護施設に入所した。

 その施設は、今まで通っていた中学校の学区内にあったので、学校は転校せずに済んだのだけど、それでも理沙は家族を失ったショックでしばらくの間、学校を休んでいた。

 が、施設長の指導もあり、ある朝、同じ施設にいた四条静也に付き添われて、登校することになった。

 静也とは同じクラスだったものの、当時はさほど親しくなく、ほとんどしゃべらなかった。
 静也も話しかけてくることはなく、二人の間にはただただ沈黙だけが横たわっていた。

 久しぶりに登校してきた理沙に同級生たちが近寄ってきた。
 皆、慰めの言葉を口にする。

 が、どんな言葉も理沙を癒すことはなかった。それよりも放っておいてほしかった。
 同級生らもそれを察したのか、硬い表情の理沙からそれぞれに離れていった。

 静也は自分の席に着き、それとなく理沙のほうを伺っていたようだが、沈黙を貫いたままだった。

 そんな中、後から教室に入ってきた一人のクラスメイトが理沙に声をかけてきた。
「理沙ちゃん、大変だったね。今、施設暮らしなんだって?」

 その子はあまり空気を読まないマイペースな女子生徒だった。
 無言で頷く理沙に、そのクラスメイトは質問を続けた。
「お祖父さんやお祖母さんもいないの? 親戚は?」

 理沙の祖父母は父方も母方もすでに亡くなっており、両親には兄弟姉妹もいなかったので親戚も存在しなかった。
 そう言葉少なげに説明すると、その女子生徒は驚いたようにこう言った。

「短命一家っていうの? 家族の縁が薄いんだね」

 女子生徒のほうも悪気はなく、単に訊きたいことを訊き、思ったことを正直に口にしただけなのだろう。その後、こう付け加えた。
「理沙ちゃん、何か憑いているんじゃない? お祓いしてもらったほうがいいかも」

 その子は占い好きで、運命とか神様とか呪いとか悪魔とか前世とか霊とか、そういったものを信じていた。
 その子なりに理沙のことを心配してくれたのだ。

 それでも「短命一家」「家族の縁が薄い」という言葉は、理沙の心をえぐった。
 理沙の顔色は青ざめ、いつしか体が震えていた。何かが爆発しそうだった。

 と、その時――静也がこの会話を聞いていたのか、理沙の席へやってきて、話に入ってきた。
 いつも休み時間は独りで本を読んでいることが多く、どこか人と距離を置き、友だちの輪に入ることがない静也にしてみれば、めずらしいことだった。

「オレも短命一家ということか。親戚はいるけど、経済的に無理ってことで養育拒否されたっけ。家族の縁が薄いのはオレも同じだ」

 すると女子生徒はちょっと興奮した様子でこんなことを口にした。

「わあ、理沙ちゃんと四条君、似た運命なんだね。今、同じ施設にいるんでしょ。で、同じ学校のクラスって、ちょっと縁がありすぎじゃない。きっと神様がそう采配したんだよ。二人は強い縁で結ばれているんだよ」

 そう言われてみれば、ものすごい縁かもしれない……。
 施設へ送られた時、同じクラスの四条静也がいたことは知っていたけど、その時は挨拶さえ交すことはなかった。

 が、この時から理沙は静也を意識するようになった。
 女子生徒の「運命」という言葉に引きずられ、理沙の中で四条静也という存在の灯が燈った。

 後から聞けば、静也のほうも女子生徒に言われるまでもなく、この確率――二人とも保護者を亡くし、ほかに養育してくれる親戚がおらず、入所時期はかなりずれているものの同じ施設に送られ、同じ中学校で一緒のクラス――は奇跡のようなものだと思っていたらしい。
 科学的な思考をする静也だが、この時だけは不思議な縁を感じていたようだ。

 それから理沙と静也の距離がぐっと縮まった。

 でもその分、ほかのクラスメイトたちは、施設で暮らしている二人を遠巻きにして伺うようになり、今まで親しくしていた理沙の友だちは離れていった。

 ……いや、理沙のほうから離れた。
 家族がいる幸せそうな友だちと一緒にいると、どうしたって嫉妬や僻みが出てしまう。自分が嫌な人間になるのを止めるには、友だちとの間に壁を作るしかなかった。

 同じ気持ちを分かち合えるのは、同じ境遇の者同士だけだ。
 理沙はこの時、なぜ静也がクラスメイトらと距離を置き、あまり交わろうとしなかったのか分かった気がした。
 そう、あの頃から周囲にバリアを張り、理沙と静也は二人ぼっちになってしまった。

   ・・・

 霧雨はまだ続いていた。

 短命家族――中学生だった時のクラスメイトの悪気のない言葉は今も忘れられない。

 理沙は改めてこう心に誓う。
 もう家族の縁が薄いなんて言わせない。静也との縁は何が何でも守る。二人とも平均寿命を超えてみせる、と。
 そして絶対に子どもに悲しい思いをさせない――いつの間にかお腹に手をやっていた。

 自分にできるのは、交通ルールなどを守り、無茶をせず、規則正しい生活をし、食事に気を遣い、栄養バランスの良いお料理を作ることだ。

 ……でも、たまにサボりたくなる……。

 完璧主義はストレスがかかって、かえって健康を害する。無理をしないことも大切だ。
「今日はちょっと元気出ないし、ラクさせてもらおうかなあ」

 そこへガタガタと物音が聞こえた。
 静也が朝風呂ならぬ昼風呂から出てきたようだ。ご機嫌な様子でタオルで頭を拭き拭き、キッチンにいる理沙に声をかけてきた。

「なかなかいい湯だったぞ。ドクダミ湯。いかにも薬湯って感じで」

 ドクダミ湯――そう、あの強い匂いを放つドクダミ草の湯だ。

 ドクダミ草は、昔から万病に効く薬草として『重薬』『十薬』と呼ばれており、利尿、解熱、解毒、消炎、抗菌作用など多くの効能がある。

 よってドクダミ湯は、あせもや湿疹を鎮め、新陳代謝を高めるので、お肌にも良い。特に抗菌・消炎効果が抜群だ。
 あの独特の臭いの強さは、それだけ効果が高いことを示している。

「そうだね、じゃあ、私も入ってこようかな」

 いい気付けになるかもしれない。
 梅雨寒の所為か体も冷え、今一つ元気が出ない理沙は浴室へ向かった。

 ドクダミ草は、静也と理沙の住む賃貸マンションの裏の空き地にも群生し、小さい白い花を咲かせ、独特の臭気を放っていた。
 その臭気の元となる成分に、菌の繁殖を抑制したり、炎症を抑えるなどの薬効が隠されているのだ。

 薬湯の作り方はドクダミ適量(30g程度)を布袋に入れ、鍋などで15~20分煮出し、終わったら布袋ごと浴槽に入れる。
 入浴中にその布袋を揉むとさらに成分がよく出る。

「こ、これは……効く~」

 静也が作ってくれたドクダミ湯に浸かった理沙は、この強烈な臭気に圧倒される。

 が、しばしガマンしているうちに、心なしかお肌はツルツルのスベスベのピチピチになった……ような気がした。
 そう、ドクダミは古来から、お肌に使われてきた歴史ある薬草でもあるのだ。

「雑草として除草するのは勿体ないよね……」

 特に「お肌にいい」というのが高ポイントだ。薬湯は全て肌にいいのだが、このドクダミパワーは別格な感じがする。

 そんなドクダミの名前の由来は――

 その臭気から「何かの毒がある」として『ドクダメ(毒溜め)』と呼ばれるようになり、そこからドクダミに変化したという説と――

 もうひとつは、ドクダミは古くから『吹き出物の薬』として使われており、吹き出物は体の毒が吹き出てきたものと考えられていたため、その毒を治す草として『毒矯め(ドクタメ)』と呼ばれていたからだとも言われている。

 ドクダミ湯で元気を取り戻した理沙は風呂から上がると、静也を誘って夕飯の買い物に出た。
 ただ、やっぱり今晩はお料理をお休みさせてもらって、近所のお店で何か出来合いのものを買うことにする。静也も賛同してくれた。

 外に出ると、雨はいつの間にか止んでいて薄日が差していた。
 家々の庭先で瑞々しく咲いている紫陽花の涼しげな色彩に心が和む。

 薄曇り空が黄昏てきたものの、日はまだまだ長い。この時季、晴れれば強烈な紫外線が襲ってくるけど、厚い雲に覆われた曇り空や雨空はそんな紫外線から守ってくれる恵みの天気だ。
 そう思えば、雨の日が続く梅雨の時期も感謝の気持ちで過ごせる。

 二人はお寿司屋さんへ行き、お稲荷さんと太巻きや海苔巻きをお持ち帰りした。
 甘いものを食べると元気が出るということで、和菓子店にも立ち寄り、小豆が練り込まれた葛餅風の涼しげなお菓子も買った。

「そうそう、和菓子の日ってあるんだよな。6月16日だっけ」
 ふと静也が話しかけてきた。

「へえ~っ」
 それはまたおいしそうな日である。理沙の目が輝く。

「6月16日に16個の菓子を供えて疫病を祓う行事――嘉祥(かしょう)の儀って言うんだけど、そこから来ているらしい。起源は諸説あるみたいだけど、平安時代からあったようだな」

「歴史あるんだ……」

「江戸時代は、将軍が大名や旗本らに与えるために2万個の菓子を江戸城の大広間に並べたんだとか」

「盛大だねえ。じゃ、16日は思いっきり和菓子を食べようか」

 ケーキなどの洋菓子はもちろん大好きだけど、和菓子もけっこう好きな理沙である。とにかく甘いものに目がない。

「和菓子といえば……京都では6月30日に『水無月』っていう菓子を食べるんだよな」

「そんな和菓子があるんだ」

「三角形のういろに、小豆をまぶしたものだ。小豆は厄除けの意味があるからな」

「ん、6月30日に厄除けをするってこと?」

「ああ、6月30日はちょうど1年の半分だろ。その半年分の穢れを祓う『夏越の祓(なごしのはらえ)』っていう行事があるんだ。京都に限らず日本各地の神社で行われる神事だ」

「じゃあ、うちも半年の穢れを祓うということで、6月30日は小豆づくしといきますか。小豆を使った和菓子は当然として……あとは、お赤飯にでもしようかな」

「いいね」

 お赤飯は静也の大好物でもある。

「ま、菓子の食い過ぎはほどほどにな。糖分の取りすぎは血管、ボロボロにするし」

「分かってるって」

「それに太るしな」

 耳をふさぎたくなることを言う静也に、理沙は言葉をかぶせる。

「とにかくっ、日本の文化や風習を大事にしなきゃ。6月って何にもないと思っていたのに、こんなおいしい行事があっただなんてね」

 太るのを阻止するにはカロリー消費、基礎代謝を上げればいいのである。ドクダミ湯を大いに利用し、新陳代謝を促し、カロリー消費しよう。

 ただの雑草と思っていたマンション裏の空き地に群生しているドクダミ草が今ではありがたく、光り輝いて見える。

 こうして買い物から帰ってきた二人は、お腹も空いてきたことだし、さっそく夕食にした。

 お茶の用意をし、包みを開けて、お稲荷さんと巻き寿司を頬張る。
 甘辛に煮ふくまれた油揚げのコクのある煮汁がじゅわっと口に広がり、中の五目寿司飯がほどける。巻き寿司の海苔の香りもたまらない。

 それらをあっと言う間に平らげ、デザートの和菓子も堪能する。
 小豆が練り込まれた葛餅はほんのりと甘く上品で繊細な味わいだった。

 夕食を終えると、再びドクダミ湯に浸かり、リラックス。

 いつの間にかまた雨が降り始め、窓を濡らしていた。
 今夜は雨の音を子守歌に眠りに就くことになりそうだ。






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