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紡がれる縁 [本編「~縁」(短編小説集)]

短編小説「縁」本編・24編目。
※目次ページはこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

「これも何かの縁」四季をひと巡り。第1部とりあえずの最終回。

でもすぐに2巡目=第2部が始まります。
第1部は四条静也と理沙カップル中心で進んできましたが、第2部からは福田みすずサイド、小林和江サイドの話も、四条カップルを食う勢いで入ってきます。そして番外編で話題になったあの長山春香もいずれ登場します。

と、それはともかく、1巡目の最終話は・・・静也の過去、例の暴行事件から後のお話、理沙に近づいた理由にも触れます。(8500字)

では、以下本文。

   ・・・

 12月。夜が一番深くなるこの季節。
 師走の名のとおり慌ただしく日々が過ぎる。

 静也の勤め先の○○市役所も大忙し。
 育休を取っている理沙も赤ちゃんのお世話と家事で大忙し。
 その上、クリスマスに大晦日・お正月とイベントが目白押し。
 あっという間に時間が流れる。

 振り返ってみれば、お正月はもちろん、節分、桃の節句、お花見、端午の節句、七夕、お盆、重陽の節句など、その季節のお祝い事を自分たちなりに生活に取り入れ、ちょっぴり贅沢したりして楽しんだ。

 ――そう、これらは日常の中のささやかな彩だ。

 ○○市役所総務部広報課にて、ようやく仕事を終わらせた静也は、テンパっていた脳みそがゆるんだせいか、もの思いにふと耽ってしまった。

 亡くなった両親も家族で一緒に祝う行事を大切にしていた。
 特別な飾り付けや料理、いつもと違うハレの日に小さい静也の心は踊った。

 7歳の時、母が亡くなり、家族行事は縮小したけれど、父は母が生きていた時と同じようにしようとがんばってくれた。

 その父も亡くなり、静也の家族行事は8歳で完全に終わりを告げる。

 児童養護施設でもこういった行事はあったが、静也の心は踊ることはなかった。
 かえって家族がいないことを突きつけられているようで苦痛だった。

 小学校高学年から中学生あたりになると行事は単に煩わしいものと化し、参加しないで済むように仮病を装ったりして回避した。

 それから再び――理沙との縁を得て、家族行事が復活した。
 これからは涼也も加わる。

 けど、やがてそういった行事は毎年のことでマンネリ化し、涼也も成長し反抗期に入れば、家族行事から離れていってしまうだろう。

 家族のハレの日は日常に埋没する。

 でもまた、いつか……涼也が新しい家族を持った時、盛り上がるかもしれない。

 昔から受け継がれ、今も暮らしの中に息づいている風習やお祝い事。その多くは健康長寿、豊かな暮らしを願うものだ。

 その願いは先人の努力によって、昔に較べたらずっと確かなものになってきた。
 そして、その変わらない願いは未来へと引き継がれ、続いていく。

 今夜も冷え込み、時折、風が吹き荒び、窓をガタガタと鳴らしていた。
「早く帰らないと……」

 窓の音で静也はもの思いから目覚め、帰り支度を始めたところに黒野が声をかけてきた。

「なあ、忘年会、欠席するんだって? つきあい悪いな」
「すみません。子どもも小さいし、理沙も大変そうだから、できるだけ家にいたいんです」

 ――それに忘年会みたいな宴会は苦手だ。
 静也は頭を下げながら、心の中で本音を吐く。

 忘年会とは『その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会』と広辞苑に載っているが、静也にとっては忘年会そのものが『苦労』なのである。
 会費も勿体ない。こっちは子どももいて、ただでさえ家計が大変なのだ。

 ちなみに『忘年会』は日本ならではの行事だそうで、その起源は鎌倉時代まで遡るらしい。
 ただ、現在のような宴会ではなく、連歌という和歌をつなげて詠う会だったようで、それを『年忘れ』と呼んでいたのが始まりだ。
 江戸時代、庶民の間で一年の労をねぎらい酒を酌み交わすようになり、それが宴会という形となって慣例化したのは明治に入ってからだという。

「じゃ、お先、失礼します」
 これ以上、絡まれないよう早く退散せねばと静也はドアに向かった。

「相変わらず、つれねえなあ。ま、お疲れさん」
 黒野はあっけらかんと言葉を投げかける。

 思えば、黒野は静也とは真逆のタイプ――静也にとって遠い世界の人間だ。
 なのに黒野はおかまいなく、静也の張っているバリアを壊して近づいてくる。ウザいけど、なぜか憎めない、不思議な男である。

 静也が黒野のことをよく話題にするからだろうか、課の違う理沙も、黒野に対してはちょっとした親しみを感じているようだった。

「奥さんのために早く帰るのはいいことよ」
 女性の人権にうるさいみすず先輩がフォローする。

 静也にしてみればウザい女性職員だけど、みすず先輩の言動は、理沙の味方になってくれていることもある。なので思ったほどギスギスした気持ちを引っ張ることもなく、今も何とかやっていけている。

 静也は広報課室を出た。
 ここは意外と居心地のいい職場かもしれない、と今置かれている環境に感謝する。

 しかし途中、エレベーターで運悪く、理沙と同じ生活部市民課に所属する小林主任と一緒になってしまった。
 とりあえず無言で会釈するも、エレベータで二人きり。気づまりな空気が静也を覆った。

 そう、小林主任とは以前、悪阻でよく休んでいた理沙のことでやりあったことがある。正直、このアラフォー独身女の小林主任にいい感情を持っていない。

 ――この人は苦手だ。タイミング最悪。2、3分ずれていたら一緒にならずに済んだのに。
 静也は心の中で舌打ちし、さっき『ここは居心地がいい』と思ったことを取り消す。

 が、その息苦しい空気を破るように小林主任が声をかけてきた。
「奥さん、ご機嫌いかが?」

「……ええ、おかげさまで元気でやってます」
 乾いた声で静也は応える。

 このままだと駅まで一緒に行く羽目になるかも……乗る電車も同じだったらどうしよう――憂鬱な気分になり、静也は小林主任から視線を外し、黙り込んだ。

 静也の気持ちが伝わったのだろうか、小林主任は「そう」と短く返事した後は口を閉じ、静也に背を向ける。
 二人の間に『見えないシャッター』が下ろされた。

 沈黙が重く圧しかかったまま、エレベータは下降していく。
 静也は漏れそうになるため息を堪え、息を殺しながら、表示される数字をただ見つめる。

 ――下に着いたら、トイレに寄っていくことにして、小林主任に先に行ってもらおう……。

 エレベータが1階に到着した。
 が、静也が口を開く前に、「急ぐので、お先に」と小林主任のほうが小走りに離れて行ってくれた。

 重かった空気が軽くなった。
 静也はホッとする。

 小林主任に限らず……基本的に他人と接するのが苦手だ。同じ課の慣れている人ならともかく、そうでない人からはできるだけ離れたい。
 他人が近くにいると心が硬くなってしまい、必要以上に警戒してしまう。

 それは持って生まれた性格か、あるいは育った環境のせいか……駅へゆっくり歩きながら、静也はぼんやりと昔を振り返る。

   ・・・

 8歳で施設へ送られた静也は、その施設の学区内にある学校に転校しなくてはならず、今まで生活してきた環境、全ての縁を手放さなくてはならなかった。

 自分が親しんできた全てのものとのお別れ――その孤独感と心細さと寂寥感は静也の心を蝕んだ。

 そして10歳の時、自分を守ろうとして起こしたあの暴行事件から、ますます周囲の人と距離を置いた。

 そんな静也が小学6年になった時、学校でこんなことがあった。

 昼休み時間――クラスメイトの男子生徒らは昼食後、校庭でドッジボールをして遊んでいた。
 その頃、ドッジボールがクラスのブームだった。しかし静也はその輪には入らず、教室で一人、読書をして過ごしていた。

 それを見かねた担任の教師が、静也を諭しに来た。
「四条さん、皆と一緒に外で遊んだら? そんなんじゃ友だちできないよ」

 予め担任は、ドッジボールをしているクラスメイトたちに静也を誘うように指導したらしい。が、当の静也はそのクラスメイトらの誘いを断った。その話が担任の耳に入ったのだろう。

 ところで――余談になるが、静也のいた小学校ではその頃からジェンダーフリー教育の一環として、教師は名前を呼ぶ時、男子も女子も「さん付け」で統一していた。
 今現在、ほとんどの公立学校はそのようになっているという。

 静也は覚めた目を先生に向けた。
「友だちがいないとダメなんですか?」

「ねえ、四条さん、そういうとこ直したほうがいいよ。友だちがいたほうがいいでしょ?」
 先生は眉をひそめる。

 が、静也は淡々と自分の意見を述べた。
「それは先生がそう思っているだけですよね。先生が良しとする価値観に当てはめて、そこから外れた者を問題視しているだけじゃないですか?」

「四条さん、もう少し素直になったほうがいいよ。友だち欲しいでしょ?」
 先生は静也の質問にきちんと答えず、自分の思いを押し付けるだけだった。

 静也はますます覚めた。
 そもそもドッジボールは好きじゃない。ややもすればイジメのスケープゴートとなる。ボールを思いっきりぶつけられ、皆から嘲られられるのがオチだ。

「自分を守るために、あえて人から距離を取る生き方をせざるを得ない……先生にはそういうこと分からないでしょうね」

 一瞬、先生は虚を突かれたように黙り込んだが――
「……何か寂しい考えだね」
 憐みの目を静也へ向けた。

 ありふれた反応をする先生に、静也はため息をついた。
「そうやって僕みたいな子どもを貶めますか?」

 そんな静也の言動に、優しげだった先生の顔は苦々しいものへと変わっていく。

「……なら……昼休みは自由に過ごしなさい」
 口調に棘を滲ませて、先生は教室から立ち去った。

「逃げたか……」
 一人でいることが、まるで悪いかのように、問題視する先生に、静也の心は乾き切った。

 気遣っているようでいて、実はそういった言動が相手を傷つけるなど想像もしないのだろう。ある意味、幸せな人間だ。

 そう――人の善の部分だけ信じられる運の良かった人間、温かい人たちに守られてきた孤独を知らない人間――自分とは違う世界の人間である。

 静也は冷めた思いで反芻する。

 ――先生は本当に気づいていないのだろうか? オレが自分の席を離れることについて、とても警戒していることを。

 席から離れれば、そこに置いていたモノがなくなってしまうので、静也は学校に何も置いていかずに、自分のモノは全て持ち帰っていた。

 ついこの間まで毎朝、机の中にゴミが入っていた。
 だからできるだけ学校には早く来ている。
 体育や音楽の授業など教室から離れる時は、最後まで教室に残り、授業が終われば、すぐに教室に戻った。

 トイレは休み時間には行かず、いつも授業中に行っていた。
 そう、授業中であれば先生の目があるから、誰も静也の持ち物を隠すことができない。ゴミを机の中に入れることもできない。
 授業中は誰もトイレに来ないから、安心して用を足すことができる。

 先生は「休み時間に済ませるように」と注意するけれど、静也は「生理現象はコントロールできない。それを制限することは体罰に当たる」と反論し、毎回授業中にトイレに行かせてもらっていた。

 もちろん、昼休みも教室から離れるわけにはいかない。
 ドッジボールも嫌だけど……実はこういった理由があることを先生は決して気づかない。

 でも、それでいいのだ。中途半端なやり方で先生が介入すれば、事態を悪化させる可能性がある。ならば、このままでいい。

 一人でいることを良しとしないと考える先生はきっと「静也にも問題がある。静也が皆を遠ざけ、嫌われるような態度をしているからだ」と思っているだろう。

 その考えは口にせずとも、空気として必ずクラスメイトに伝わる。そしてそれは「静也も悪い。だからイジメていい」と曲解されてしまうだろう。

 だから先生には余計な口出しをしてほしくなかった。

 そもそも一人か二人の大人が、様々な問題を抱える40人もの子どもの面倒をきめ細かく見るのは不可能だ。

 児童養護施設もそうだが、学校も人員不足。雑務が多く激務だ。施設の職員も教師も余裕がない。
 そんな環境で、難しいイジメ問題を解決できるはずがない。

 自分の身は自分で守るしかない。

 今程度のイジメなら耐えられるが、もし事態が悪化し、いじめっ子らが暴力をふるってきたら、静也は最後の手段をとることにしていた。

 相手を大怪我させても、まだこの歳なら刑罰に問われない。いつも持ち歩いているカッターで反撃し、躊躇なく相手の目や急所を狙うつもりだった。

 そんな静也の殺気を感じてか、クラスメイトらは直接、静也に手を出すことはなかった。

 その日――
 掃除当番で掃除用具が入っているロッカーを開けた時、乾き切って硬くなったボロ雑巾を見つけた。

 硬くなったボロ雑巾はなかなか水を吸わない――何だかそれが自分の姿のように感じた。

 その頃の静也は、学校の中でも施設の中でも感情をほとんど表さなくなっていた。
 愛情を求めてなのだろうか感情をむき出しにして己の存在感を誇示しようとする施設の子たちに、覚めた目を向けるだけだった。
 感情をむき出しにしたところで、それを受け止めてくれる人間などいない。だから自分は論理的であろうとした。

 大人たちから見れば、そんな静也は子どもらしさがなく、かわいげのない人間に映ったことだろう。あれじゃあ、友だちができないのも無理はない、と。

 中学に上がってからは、こういったイジメはなくなった。
 しかし静也は警戒心を解かず、誰に対しても距離を置き、友だちもいないままだった。

 そんな中、理沙と出会い――理沙とは縁を育むことができた。

 人と距離を置いていた静也にとって、唯一、理沙だけが施設に入ってきた時から気になる存在となり、近づきたいと思った人間だった。

 理沙にとっても、同じ孤児であった静也が一番近い存在であったはずだ。

 ――もしかしたらオレは、無意識にそんな計算をし、理沙に近づいたのかもしれない。理沙ならば自分を受け入れてくれると……。分かってくれると……。

 同じ境遇であるということが、静也の理沙に対する心の壁を低くさせた。

 身近に同じ仲間がいることは慰めにもなり、傷のなめ合いは静也の乾いた心を潤してくれた。
 理沙は、静也が求めていた『水』だった。

 ――そうだ、オレは傷をなめ合う相手が欲しかったんだ。

『傷のなめ合い』は悪い意味で使われるけど、静也にとって一番欲していたことだった。
 人間、そんなに強くない。

『傷のなめ合い』を見下す人間は、とても強い人間か、もしくは不幸を知らない単に運のいい恵まれた人間だ。

 理沙も静也を求めてくれた。頼ってくれた。必要としてくれた。
 だから静也は、理沙にだけ警戒心を解くことができた。

 ――傷のなめ合いは同じ傷を持った者同士でないとできない。

 理沙と交流を始めてから、その場をやり過ごすだけの乾いた毎日が変わり、将来の夢を思い描けるようになった。喜怒哀楽のうち、ずっと欠落していた『喜』『楽』が甦ってきた。

 特に、理沙が施設に入所してきて初めて二人で祝ったクリスマスは、今でも忘れられない思い出だ。

 いつも施設の門限ギリギリまで図書館で過ごす二人は、この日だけ繁華街に繰り出し、門限を破り、街のあちこちにある華やかなイルミネーションやクリスマスツリーを見に行った。

 たったそれだけのことだったけど、静也はワクワクした。こんな気持ちになったのは、家族を失って以来だった。

 帰りの夜道、理沙と見た家々の暖かい灯。いつか自分もあの灯を手に入れたいと思った。両親を亡くしてから、初めて持った希望の光だった。

 こうして今は夢が叶い、静也は理沙と縁を結び、涼也を授かった。

 潤いを取り戻した今の静也の『心の雑巾』は、少し絞ったほうがいいのでは? というほど水浸しだ。

 ――そうだ、今のところ仕事を続ける気でいる理沙のためにも、小林主任と仲良くしていく努力はすべきかもしれない。もうちょっと心をやわらかくしていかないと。

 静也は先ほどの小林主任を思う。
 エレベータで一緒になった時、一見、社交的に見える彼女もどこか覚めていて、感情よりも理性を優先する人間に見えた。

 もしかしたら小林主任と自分は似たところがあるかも?
 そう思ったら、少しだけ小林主任に親近感が湧いた。

 市役所を出ると、鋭いビル風が静也を襲った。刺すような冷たさに思わず身を縮ませる。

「早く帰ろう」
 小林主任と距離をとるために、ゆっくり歩いていた静也は足を早めた。
 家では妻の理沙と息子の涼也、そして『ふっくら』『ぷっくり』が待っていてくれる。

 日中、涼也と二人っきりの理沙も煮詰まっているだろう。
 夜中の授乳も大変そうで、理沙はずっと寝不足が続いている。疲れがたまっているのが傍から見て取れた。

 今こそ静也の『水をたっぷり含んだ雑巾』で、理沙の心に沈殿しているだろう埃を拭きとってあげなくては。

 静也は小走りになった。

 クリスマス・イルミネーションで煌めいている街中を風が吹き荒れる。
 その風を身に受けながら静也は家路を急ぐ。

 どんなに冷たい風が吹こうが、自分を待ってくれる家族を得た静也の心はホッカホカだ。

 月明かりを凌駕する賑やかな街灯の中を、電車が駆け抜けていく。
 中心街から離れるにつれ、灯が疎らになり、とある駅に電車は到着した。

 駅舎から人々が吐き出され、それぞれが帰る場所へ向かう。

 静也は駅の近くのスーパーで理沙から頼まれていた買い物を済ませ、慣れた道を足早に行く。
 電車が通る高架下をくぐり、葉を落とした枝だらけの街路樹の道を抜けた。
 寒空の下で家々の窓の小さな灯りがざわめくように輝く。

 程なく道標のように規則正しく並ぶ数々の窓明かりが見えてきた。あの中のひとつが静也の目指す灯りだ。

 やっと我が家にたどり着く。
「ただいま」
「お帰り」
 家のドアを開けると、理沙の声と共に涼也のミルクっぽい匂いと、玄関脇に置いてある『ふっくら』と『ぷっくり』の鳥籠から漂う草と土が腐ったような臭いが出迎えてくれた。

 涼也はもちろんのこと、『ふっくら』と『ぷっくり』も相変わらず愛らしい。この間、理沙の訓練の賜物か、ついに手に乗ったという。
 これからの休日は、涼也と『ふっくら』と『ぷっくり』三昧になりそうだ。

 静也が帰ると、理沙は心底ホッとしたような顔になる。頼れる人がほかにおらず、ずっと赤ちゃんと二人きりというのは、理沙にとって心細く、ストレスだろう。

 早く帰ってきた時は、静也が涼也のお風呂係を担当する。ベビーバスが窮屈になってきたので、先日お風呂デビューしたばかり。最初は二人でやっていたけど、今は静也一人で何とかできるようになった。

 その間、理沙は夕食の準備に手早くとりかかる。そしてお風呂から上がった涼也にお乳をあげ、寝かしつけ――やっと夫婦の時間となる。

 二人は夕飯を共にする。
 今夜は体をホッカホカにしてくれるアツアツのおでんだ。

 土鍋を食卓の真ん中に置き、蓋を開けると、おでんのほんわかした湯気と旨そうな匂いが立ち上り、グツグツと音を立てていた。

 味が染みた大根、卵、にんじん、厚揚げ、蒟蒻、ジャガイモなど、おでんの具を小皿に分けとり、汁をたっぷりかける。

 意外とおいしいのが玉ねぎだ。理沙がどこかのレシピを見て、お試しにやってみたところ、これは大ヒットだった。鶏の手羽先を入れると、いいダシになり栄養満点だ。

「もう今年も終わるんだね。早いね」
「年末年始の準備しないとな」
「年賀ハガキには、涼也が生まれたことを報告しなくちゃね」

 そう、今年は二人にとって特別な年だった。

「涼也の健康祈願に、初正月は『破魔弓』を飾りたいよなあ」
「男の子のお守りだっけ?」
「ああ、要するに魔除けだな」

 ちなみに女の子のお守りは『羽子板』になる。

「ドアに飾る『しめ飾り』も用意する? うちはマンションだし、この前の正月は鏡餅以外、そういう飾りものは省略しちゃったけど」
「涼也の初正月だから、ちゃんとしたいな」
「あっ……その前にクリスマスもあるよねえ」
「やっぱりツリーもちゃんとしたヤツが欲しいよな」
「でも部屋も狭いし、涼也が3、4歳になってからでいいんじゃない?」
「まあな……けど、涼也の初クリスマスだからなあ」
「涼也の記憶には残らないだろうけど、今年から盛大にいきたい?」
「何しろ『初』だからなあ」

 クリスマスから始まり、これから一年、四条家の家族行事は涼也にとって全て『初』であり、静也と理沙の親バカぶりが満載になりそうな気配である……。

 めぐる季節。
 静也と理沙の縁に、息子の涼也に、文鳥の『ふっくら』『ぷっくり』と新しい縁が加わり、これからも様々な景色を、そして豊かな未来を見せてくれるに違いない。

 ――これからも、この縁が長く長く紡がれていきますように。






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瑠璃色

心温まるお話でした。
特に小林さんを思いやるところ、前回のお話で小林さんが静也を思いやるところとセットになっていて、表明的には見えなくても、心の中でこういう風に人を思いやり合えていたら、世の中素敵な場所に思えるんだろうなぁと感じました。
作家さんの人柄がこういうところに表れるのだなあと思います。
それが作品の美しさに繋がると思いました。
by 瑠璃色 (2016-12-23 19:00) 

ハヤシ

身に余る感想、ありがとうございます。

実は2部では静也君と小林さんは微妙な関係を保ったまま・・・どうなることやら、と言った感じです^^;
せっかくのフィクション、ある程度の理想、救いもあったほうがいいですよね。

自分はわりと冷たいほうだと思います^^;
静也の一部分が、そこに表れているかも^^;

そして反対に、物語には案外、自分にないものを投影させたり、「こうだといいよなあ」という思いが入る場合もあるかもしれません。


by ハヤシ (2016-12-23 21:41) 

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