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ネガティブな生き方 [家族・夫婦・子育て・子なし]

作家・三秋縋氏のツイッターより
https://twitter.com/everb1ue/status/766209889752395776

【好かれたり期待されたり褒められたりすることに喜びを見出せなくなったとしても、嫌われたり失望されたり貶されたりするとしっかり悲しい……みたいな人間の心性を、ある哲学者が「苦痛の積極性・幸福の消極性」という言葉で端的に表現していたなあ】

無題.png(←ツイッターで拾った画像)

・・・私もどうしてもネガティブのほうへ引っ張られる。
褒め言葉よりも、批判が気になり、そっちばかりに気を取られてしまう。ポジティブに物事を考えられない。

おそらくこれは私の育ち――子どもの時、褒められた記憶がない。あるいは褒められたとしても心を素通りし、批判や悪口のみ心に残るような性格によるものなのかもしれない。

なので最初から「どうせダメだろう」と予防線を張って自分を守るのだ^^;

記事http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-08-22では「体操の内村航平選手」をネタにしたが、
ああいった本番に強く、自分に自信を持ち、緊張と上手くつきあい、大事なところで自分の能力を出し切るアスリート・オリンピック選手らに敬意を抱くが、まるで別の人種だとも思ってしまう。

おそらく彼らは「自分はできる」と強く思える=ポジティブ思考なのだろう。
ネガティブ思考の自分には決してできないことだ。

「極限までの練習・努力が自信につながるのだ、自信がないのは努力が足りないからだ」と言われても、努力が自信につながらない。根本がネガティブにできている気がする。


そこで高畑裕太容疑者強姦事件について・・・こんなことを思った。

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タグ:子育て
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高校生夫婦 [家族・夫婦・子育て・子なし]

https://news.careerconnection.jp/?p=27180
『16歳で出産、親から自立して生活する高校生夫婦が羨ましい! 学校に通いながらバイトで家計をやり繰り』

※ワシはこのテレビ番組を見ていないので、↑この記事からの感想を述べてみる。

フィクションの世界なら、高校生夫婦でお話を妄想してみるの、楽しいけど・・・
う~ん、現実に考えて、うらやましいと思う人、いるのかな?

自分たちは生活するのに追われているのに、同級生らは遊んだり、春を謳歌しているわけで、ガマンしている部分も多々あるだろうと推測する。

そして、この先ずっと頑張り続けることができるのか、だな。一時の熱い思いだけでは家庭生活は維持できないのではと思う。

普通の高校生が子どもを産み育てるのは、かなり無理がある。しかも親の援助なしで。
まず、乳児は夜中のミルク、おむつ換えもある。この女子高生は本当に夜中、2,3時間置きの授乳をしながら、高校の授業に出席できていたのか?

いや、できないだろう。大人の働く女性も「育休」をとるわけで、ひどい睡眠不足がずっと続くのだ。
勉学はおろそかになるに決まっている。休学しないと無理だろう。

で、子どもはよく熱を出したりする。保育園は預かってくれない。だから「働くママ」も苦労している。結局、実家の自分の親に助けてもらい、おばあちゃんおじいちゃんに面倒をみてもらうことになる。

賞賛されている「自立した高校生夫婦」だが・・・本当に親の助けなしで、学校に通いながら、子どもを育てることができるのか、と思った。

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子育て・過保護で何が悪い [家族・夫婦・子育て・子なし]

高畑淳子さん、また非難されているようだ。
ZAKZAKでこんなことが書かれていた。

【強姦致傷容疑で逮捕された俳優、高畑裕太容疑者(22)の母親で女優の高畑淳子(61)の不用意な発言が波紋を広げている。舞台のけいこに参加した際、「ここが私の“避難所”」と発言したことに非難が殺到しているのだ。バカ息子だけでなく、親バカもここに極まれりといったところか】


今のところ、100パーセント高畑裕太容疑者が悪いということになっており、それに疑問を持つような発言をすると、「女性被害者へのセカンドレイプ」ということで激しく批判されてしまう。

※昔、従軍慰安婦や南京大虐殺に疑問をもつような発言をすると、激しく非難されたのと同じ空気を感じる。

これは裁判にでもならない限り、真相は分からない。
冤罪をつくる警察発表を鵜呑みにするのも危険かもしれない。

・・・と、こういうことをいうと、被害女性へのセカンドレイプ、女性への人権侵害となるのだろうな。

ただ、高畑淳子さんも相当に気の毒だ。
育てた母親が悪い、母親にも責任がある、子どもが犯した罪の重みを受け止めるべきなのに、受け止め方が足りない=被害者への気遣いが足りない、反省が足りないとするなら、親業というのはなんと過酷な仕事なのだろう。

※その後、高畑裕太氏は被害者女性との示談が成立。しかし報道によると、双方の言い分に食い違いが出ており、裁判になれば強姦罪は成立せず、高畑裕太氏が無罪を勝ち取れたかもしれない案件だったようだ。

「高畑裕太の強姦致傷被害女性が「週刊現代」で反論! これに高畑側は再び釈明」
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12122-88519/

被害者女性側の言い分。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50023
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50077


・・・話を元に戻そう。

そういえば東大生らによる女性への強制わいせつ事件で、主犯格の男だけ示談は成立せず、裁判になり、母親が情状酌量を求め、答弁したようだ。

酒癖が悪いらしく、これから母親が監督するとのこと。(父親は何で出てこないんだろう。ただ、息子がこんな事件を起こし、名前も出てしまったから、父親も職場に居辛くなり、退職に追い込まれるかも。社会的制裁を受けるだろう)

いやいや、成人した男性を、母親が見張るのはほぼ不可能だろう。

そして、そんな母親を「過保護」だと人は責める。一方で犯罪を行うような人間に育てた親の責任を追及しながら。

改めて、子育ての過酷さ、厳しさを思う。
子どもはいらない、育てる自信がないという人は増えるだろう。

今、子育てをしている親御さんからこんな声が聞こえてくる。
「明日は我が身」
「犯罪者にさえならなければ、それでいい」

男性差別と言われるかもしれないが、やはりこういった重犯罪を行うのは男性のほうが多い。(女性はどちらかというと被害者になる率が高いように思う)

息子を育てる母親の気苦労は絶えないだろう。

その上、世間が騒ぐのは、俗にいう成功者・勝ち組(売れていた俳優、東大生など)の犯罪だ。
つまり、それ以外の者が犯した事件は話題性がないので、殺人などよほど悪質性がない限りマスメディアが取り上げないだけであり、こういった犯罪はかなり多いのかもしれない。

でも「犯罪者にさえならなければいい」と思いながら育てるのも厳しいものがある。親からそう思われる子どももかわいそうでもあるが。

「男の子はどうなるか分からない」・・・引きこもり、非モテ、ランクが下位、ニート、オタクでなくても、明るい性格で友だちが多くても、犯罪を起こすかも、と心配になる親御さんがいても不思議ではない。

犯罪も犯さず、自立し、つつがなく育ったとしても、息子は家庭をもったら、実家にあまり寄り付かなくなる。
逆に頻繁に寄りつくと「マザコン」と呼ばれ、批判されがち。

子育てはリスクが高い割に、見返りが少ないかも。

親が子どもに見返りなど求めるなんておかしい。
無償の愛が当たり前。子どもの犠牲になるのが当然。
愛情を持ってきちんと育てれば、おかしな道に進むはずがない。

・・・という声も多いだろうが、そういった『正しい人たち』の反応を見ると、絶対的な自信のある者と聖人だけが子育てをすれば、とも思ってしまう。

ああ、そうそう、ヴァイオリニスト五嶋みどり・龍の母親である五嶋節さんは教育論でこんなことを言っていたそうだ。
過保護で何が悪い

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タグ:子育て
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子なしハラスメント [家族・夫婦・子育て・子なし]

前記事「子育て・過保護で何が悪い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-07にて
『親業とは子育てに失敗した時(=子どもが犯罪者になってしまった場合など)、親も責任を問われ、ややもすれば仕事も奪われ、何とリスクの高い過酷な仕事なのだろう』と、書いたが・・・

子育ては本当に大変そうだ。
なので「子どもがいなくてラクでいいね」と言われるのも仕方ないのかもと思う今日この頃だ。

そんな折、こんな記事を見かけた。

https://news.careerconnection.jp/?p=27169
『「子供もいないくせに」というハラスメントに胸を張って反論しよう!』

テレビドラマ、子持ちで働く「営業部長 吉良奈津子」でもやっているけど、フルタイムで「普通」に働きながらの子育てはやっぱり大変。
やはり、面倒を見てくれるおじいちゃんおばあちゃんがいないと成立しない気がする。

現実的に、女性はやはり仕事か家庭かを選ぶことになるのだろう。(男性が選んでもいいけど、ま、レアケースだよな)
両立を選んだとしても、仕事をセーブせざるを得なく、家庭を優先することになる。

世ではワークライフバランスが叫ばれているけど・・・

バランスよく生きましょう、ということで・・・結局、バランス悪い人は家庭は持たないほうがいいのかも、と思ってしまった。
仕事に生きたい人は「バランスが悪い」のだろう。

実際、男性に対しても「家庭を優先できない仕事人間はいかがなものか」「男性も家事と育児に参加を」「仕事人間はよくない」と問題にされている。

となると「偏っている人」は、家庭を運営していくこと(子育て)にも向かないのかもしれない。
それは男も女も。

まあ、何を持って「偏っている」とするのかは分からないけれど・・・
おそらく世間が良しとする価値観にそって、その通りに生きようとしている人を『バランスがいい』というのかもしれない。

ちなみに、世間が良しとする生き方とは、仕事はほどほどに、結婚し、子ども=家庭を持ち、仕事と家庭を両立させることであり・・・
子どものことを優先する生き方が正しく、逆に子どものことを優先できないのは、親として、いや人間としてあるまじきこと、とされている。

「仕事を優先したい・仕事に生きたい人は、家庭=子どもを持つ資格はない」「仕事人間はダメ、バランスが悪い。バランスよく生きることこそが幸せ」「家庭を持つことこそ人間として幸せであり、正しい生き方だ」というのが今の社会の本音だろう。

「家庭あり=子持ちだけど、家庭より仕事優先人間」は、専業主婦(主夫)を配偶者とする高収入の者だけに、かろうじて許される生き方なのかもしれない。

あるいは、企業に求められて仕事人間にならざるを得ない場合、「それは企業が悪いのだ」ということで、仕方ないとされている場合に限るのだろう。

そこでふと、子どもをあえて持たない生き方を選択したという山口智子を思い出した。

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子なし選択した山口智子 [家族・夫婦・子育て・子なし]

「山口智子『産まない人生』宣言で考える」
https://news.careerconnection.jp/?p=20978より一部抜粋、編集転載。

【「産めるうちに産んでおけ」が世間の声。自分の意思で産まない「選択子無し」は少子化に悪影響、エゴイストと囁かれて立場が弱い。
そんな中、子どもを持たない人生を選択した山口智子は、こうキッパリと言い切っている。「私はずっと、子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいました。人それぞれ、いろんな選択を持っていいはず」】

【「産んでからの後悔」については誰も語らない。
産んでから後悔が発生することはあり得ないのだろうか。そして万が一あったとしても、そこは誰も責任を取ってはくれないのである。なぜなら子どもを産むという行為そのものこそが、無条件で「良いこと」とされているからだ。】

転載終わり。

この「産んでからの後悔については誰も語らない」に、たしかにな、と思ってしまった。それは禁句だからだ。

それを表にして語ったら、それはもう酷いバッシングを受け、人間扱いされない。つるし上げを食らう。
けれど、ネットなど匿名性の高い場では、本音が聞けたりする。

ところで・・・
「子どもを持つこと=未来の納税者を育てている=日本の社会のために」と考える人もいるようだが・・・

自分のところには健常児が生まれ、普通に育つと、無邪気に信じているんだろうな・・・。

しかし、障害を抱えた場合も考えてほしいと思う。
障害を抱えた子供を責任もって育てる覚悟があるかどうか、これが一番重要では、と。

覚悟が持てないなら、子どもは産まない、つくらない、持たないほうがいい。
(つくる。持つ。という言葉は使わないほうがいいだろうが、適当な言葉が見つからない)

なので「産めるうちに産んでおけ」には反対。
夫婦ともに覚悟を持たないといけない問題だと思う。

出産前に分かることもあるけれど、出産後に分かる障害もあり・・・まあ、発達障害はその一例。率も多いし。聞くところによると6.2%だ。

もちろん、障害のある子を抱えても、家族一丸となって、協力し合い、家族愛で解決しているお宅も多いだろうけれど、中には、ダンナが逃げて、お母さん一人が抱え込み、辛い思いをするケース、あるいはどうしても子供を愛せないと悩んだりする親御さんとかいるようだ。

結局、育てられず、施設に預けるケース、虐待するケースもある。

そう、児童養護施設にいる子供は、孤児は1割にも満たない。ほとんど両親、片親がいる。
虐待で保護されるケースも多い。

つい、この前、児童養護施設にいる子どもは3万人と聞いたけど、朝日新聞によると4万6千人になっている・・・(ただ、自立支援施設なども含まれるのかな。ちなみに自立支援施設は昔でいう教護院)

で、その中の2割が発達障害など「障害」がある子どもだという。

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ゲスな現実ときれいごと [家族・夫婦・子育て・子なし]

まずは小説「縁」より、番外編読み切り短編のお知らせ。

「蝉――僕のランク」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-05
※あらすじ→学校で下位ランクの『僕』、最下層女子『長山春香』に何を思う。
(学園もの、うむ、ちょい辛め、シリアスで重いけど救いはあるのじゃ)

「あだ名―中秋の名月」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-14-3
※あらすじ→白井月子が自分のランクを守るために犠牲にしたのは・・・
(テーマはイジメ)

「豚草――腐女子の誇り」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-19
※あらすじ→中学時代、下位ランクだった長山春香、白井月子、そしてもう一人「モヤシ」こと八島麗華の話。彼女は、長山春香を犠牲にした中学時代をどう想い、今、どうしているのか。

「お彼岸―アラフォー女子の幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-24-1
※あらすじ→恋愛や結婚を一歩引いて見ている冷静な未婚アラフォー女子が主人公。果たして彼女は勝ち組なのか負け組なのか。お彼岸のプチ知識など情報も入った軽く読める物語です。

「血液型診断―栗の節句」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-07
※あらすじ→若夫婦のほのぼのハートフルなお話。血液型、重陽の節句(栗の節句)の情報ネタ入り。明るい話で軽く読めます。

・・・・・・・・・・

さてさて「これも何かの縁・ハヤシのエッセイ・イラスト物語集」を開設して2か月経ちました。

ずいぶんと「えげつない話題」が続きましたが、ブログの全体の記事数は抑えたいので、エッセイ記事を整理しつつ、短編小説集「縁」本編を更新していきたいと思ってます^^;(番外編のほうはすでに始めてますが)

なお、本編の目次はこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

夫婦愛、家族愛、ほのぼのな日常生活を描きつつ、日本の社会問題を少し織り交ぜながら、ちょっと悪乗りしつつも基本はコメディタッチで描く短編集です。
日本の文化や四季折々の習慣にも触れ、情報・雑学満載でいきます。
IMG_20141224_0004.jpg

なお、この本編では「血液型診断―栗の節句」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-07にも登場した若夫婦・四条静也と理沙が物語を引っ張っていきます。

彼らは・・・おそらく10組中1組か2組くらいはこういった幸せカップルがいるのでは、というようなありふれた夫婦です。

・・・え?
ハヤシは恋愛や結婚に否定的だったのでは? と思ったそこのあなた。それは違うぞ。
今まで語ったエッセイでは「必ずしも幸せになれるわけではない」「辛く嫌な思いをしてまで得るほどのものではないかも」「相応のリスクがある」と言っただけで、「幸せになれない」と断言したわけではない。

そこで、作家の三秋縋氏の言葉を紹介しよう。
https://twitter.com/everb1ue/status/786131477272473601より転載。

【ものすごく捻くれた見方をすれば、フィクションの流行が日常もの寄りになってきているのは、「幸福な日常」がファンタジーになりつつあることの証左なのかもしれない。働きがいのある職場、仲間との心温まる交流、等身大の恋、それらが「フィクションの中でしか味わえないもの」になっているとしたら】

転載終わり。

幸福な日常が、ファンタジーになりつつある・・・というのは分かる気がする。
それだけ、なんというか・・・現実世界のえげつなさ・厳しさを感じてしまう。
今の世の中、ゲスな本音が大手を振って歩いているっていう印象。

いや、殺伐としたえげつない話題や事件だけが、目についてしまうだけなのかもしれないが。

ただ、おそらくそれは昔からあったのかもしれない。
けれど昔は情報が表に出てこず、限られていたため、幻想(建前・倫理・道徳)を信じることができていただけのこと。

今は建前が消し飛んだ。
ネットのおかげで、誰もが匿名で本音を口にすることができ、無責任なきれいごとは疎まれるようになった。

けど、きれいごとや建前の世界はそれはそれで窮屈で息苦しい。
以前は、きれいごとに苦しませられた人も多かったと思う。

たとえば、育児を辛いと、昔の母親はこぼせなかったのでは。
母は無条件で子を愛するものと信じられていたから。

親の介護を辛いと表ではこぼせなかったかも。
子が親の面倒をみるのは当たり前と信じられていたから。

本音が言えるようになり、けっこうスッキリしている人も多いかもしれない。

そして現実には・・・
親が子を虐待して殺してしまったり、その反対もあったりと、家族幻想も崩れつつある。

ただ家族間の虐待などは昔からあっただろう。
単に認知されなかっただけのことで、不幸な子どもは今よりずっとたくさんいたに違いない。

だけど今は施設が預かり、子どもを保護する。

家庭の中も安心ではなく、人によってはそこが戦場となっているかもしれない。

そう、こんな本も話題になっているようだ・・・
「子どもを殺してくださいという親たち」

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蓮舫氏の寒々しい夫婦関係・結婚はビジネス・不倫こそ恋愛だったフランス [家族・夫婦・子育て・子なし]

11月22日は「いい夫婦の日」だったんだな・・・
ま、でも「いい夫婦」なんて奇跡的な存在かもしれん。
これを見て、ますますそう思ってしまった^^;

「蓮舫代表の夫の扱いに批判殺到―ペット以下の存在」
http://news.livedoor.com/article/detail/12313337/

以前、東国原氏の奥さんへの亭主関白ぶりに批判が殺到したこともあったっけ。

(他人の夫婦のことなど放っておけという意見の人もいるだろうけど、テレビでプライベートを晒したのだから、感想・批判を受けるのは仕方ないだろう)

蓮舫さんのところは、夫はペット以下とは・・・もう人間としても見ていないのか。
まあ、こういうの見ると「結婚なんて無理してしなくてもいいか」と思う人、多くなるよな^^;
で、不倫に走るのも仕方ない?

夫婦間で尊重し合うなんて夢物語^^;
対等などありえない。上下関係になるか、あるいは、お互い距離を取り、できるだけ関わらないようにするか・・・。

この世は戦いじゃな。どっちが上になるか、どっちが勝つか。譲り合いなどない。

・・・ところで、ああ、そうじゃった、ワシ、蓮舫さんからブロックされているんじゃった。
旧民主党時代、ツイッター上でちょっと質問しただけなのに。(もちろん礼儀正しく丁寧語を使ったぞ)

同じ質問しても、細野氏、野田氏、ミスター年金など男性議員はそんなことはなかった。答えてもくれなかったけど。

女はダメだね・・・って、つい思ってしまったが・・・ああ、女性差別じゃの。フェミから怒られちゃうね。
しかし国会議員なのに、一国民の質問を受け付けずブロックするとは、政治家の資質を疑う。

つうか、男性議員が「妻はペット以下」と言ったら、辞職とまではいかないけど、相当にバッシングを食らって、改めて公に謝罪するまでに追い込まれるだろうけど、女性議員は「夫はペット以下」と言っても許されるようだな。

四条静也が聞いたら「逆男女差別だ」と騒ぐだろう。

※四条静也って誰? と思ったそこのあなたは、ここをどうぞ。

「聖夜」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-16
※あらすじ→若夫婦の聖夜。性夜になるのはお約束。が、なぜか女性の人権VS男性差別の議論に。

「セクハラ鏡餅」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-24-4
※あらすじ→表現の自由VS女性の人権。下らない戦いが始まった。鏡餅の雑学もあり。

「セクハラ恵方巻き」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-24-5
※あらすじ→静也VSフェミニスト・みすず。またもや下らない戦いが。恵方巻きの驚くべき由来とは。


さて前置きはこれくらいにして、結婚制度と不倫について書かれた面白い記事を紹介しよう。

「不倫は解決できるのか」
http://news.yahoo.co.jp/feature/409

一部編集転載。

【自分の遺伝子を受け継いだ子を残したいと考えるオスは、より多くのメスと交わりたい。一方、より質の高い子孫を残したいと考えるメスも、同一のオスの子だけを持つよりも、複数のオスの子を産みたいと考える。

世界の歴史を眺めてみても、キリスト教が一夫一婦制を浸透させるまで千年もの歳月がかかっています。

力のあるものが多くの子孫を持ち、育てた方がよいとする社会的な観点から考えても、より優秀な遺伝子を持つ子孫を残したいとする生物学的な観点から考えても、一夫一婦制の夫婦の形は決して「自然なもの」ではないんです。むしろ、人工的なシステムと言える。

現代の不倫というのは、そうした「人工的な社会的システムの脆さ」を埋めるものとして存在している。
いわば一夫一婦制であるがゆえに不倫が行われてしまうわけで、一夫一婦制と不倫は共犯関係にあるといえるのです】

【現代のフランスでは、結婚は事実婚がほとんど。多くのカップルは、夫婦でいるのが嫌になったら単純に別れればいいと考えていて、不倫という概念も、あまりありません。

籍を入れるのは遺産相続が絡んでくる資産家だけです】

【結婚というのは「契約」であって、財産と財産のマッチングを図る場。双方がまるでプロ野球の交渉みたいに、財産について細かく議論し、合意したところで結婚承諾となります。条件が合わないと結婚交渉決裂というわけ】

転載終わり。

そう、昔のフランスでは・・・結婚は一つの商行為であり、そこに愛情が入り込む余地はなく・・・

財産のマッチングによる結婚後は、夫婦はお互い、私生活には一切干渉せず・・・

夫は、パトロンとしてオペラの歌姫や高級娼婦を愛人にし、妻は貴族の若い男性と恋仲になり・・・

ダブル不倫は日常茶飯事。
社交界は、既婚者の恋愛=不倫を大前提とした場だったようだ。

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子育てはコストがかかる(保育園と児童養護施設・日本死ね問題) [家族・夫婦・子育て・子なし]

牛乳アレルギーを持つ5歳の娘に、牛乳をわざと飲ませた母親が警察に逮捕された事件があった。

母親は事件を起こす以前、3回も児童相談所に「子どもを預けたい」と電話相談し、警察署にも1回、相談に訪れたようだ。
母子家庭のようでダンナはおらず、周りに助けてくれる人はいなかったのだろう。

アレルギーを持った子どもを一人で育てる母親・・・精神的にも体力的にも辛かったのだろうと推測する。
もちろん母親に加害された子どもはもっとかわいそうだが。

母親がこんな事件を起こしたことで今後、その子どもは児童養護施設に送られるのかもしれない。

児童相談所や児童養護施設のことは、短編小説「これも何かの縁」(本編)でも、主人公の四条静也と理沙の二人が両親を亡くし児童養護施設で育ったという設定から、少し触れてきた。

一番詳しく話題にしたのは・・・
19編目「封印された過去」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-2だ。

まず、児童相談所は一時預かりになるので、子どもは学校に通うことができない。
なので、そう簡単に子どもを預かることはないのだろう。

長期預かりになれば児童養護施設へ送られる。こちらはもちろん学校には通えるが、校区が違えば転校をしなくてはいけない。

子どもは生活する場所も学ぶ場所も環境が変わり、相当なストレスを抱え込むことになる。

で、やっぱり職員は親代わりにはなれないし、子ども同士の集団生活になるからイジメなどいろいろと問題は起きるだろう。

「保育園落ちた日本死ね」で、保育園待機児童問題が取りざたされているが・・・
安く利用できる認可保育園は、シングルマザーや低所得世帯で、どうしても働かないと生活できない人が子どもを預ける福祉としてのシステムである。
恵まれている人は原則、利用できない。

希望する人、全員が認可保育園に入れるようにするには、まあ、けっこうなコストがかかるだろう。
0歳児の場合、一人当たりかかるコストは年間500万円だという。

やはり、まずは『本当の弱者』に税金が投入されるべきでは、とも思う。

児童養護施設、職員の数、全く足りていないという。
同じく児童相談所の預かり施設も。

保育園よりも、こっちの問題の方が先だろう。

そういえば、保育園に落ちた人が自治体(三鷹市)を提訴したニュースもあった。
http://girlschannel.net/topics/990122/

四人の子持ちで、妻のほうは大学の研究職。が、フルタイムではなく、おまけに「学生扱い」されたため、入園優先順位が下がり、落選したようだ。
第三子までは保育園に入園できたそうだが、第四子は二年続けて落ちたという。

自治体を提訴し、裁判を起こす余裕があることから、恵まれた方に入るのでは、と。

税金はやはり恵まれない人、弱い立場の人、弱者へ優先的に投入されるべきでは、と思ってしまった。

「保育園落ちた日本死ね」が話題になったが・・・地方のほうには待機児童問題はないという。東京とその近辺の問題。つまり日本全体の問題ではないので、「日本死ね」というのもおかしいのだ。

まあ、とにかく「日本死ね」のおかげで、保活するママへの目は厳しくなったと思う。
落選した人は、日本全国平均で見れば「恵まれているクラス」に入る場合がけっこうあるだろうから。

本当に困っている低所得家庭やシングルマザーは落選することはない。

ただ、公務員は優先される。
なので短編小説「これも何かの縁」の四条理沙は保育園に入れるかどうかについてはさほど悩んでいない。あくまで仕事と子育ての両立に悩んでいる。
そういうことでは恵まれた方に入るのだろう。(けど助けてくれる実家の両親はいない)

子どもをもつなら、よくよく考えないといけないかも。
周りに助けてくれる人はいるか、配偶者は子育てに責任をもってくれるのか、家庭を築く上で、配偶者はそれにふさわしい人間なのか、子ども優先の生活ができるのか、などなど。

で、子どもが病弱であったり、障碍を抱えていたりすれば、やはりいろんなものをあきらめないといけなくなるかもしれない。

「これも何かの縁」では公務員という比較的恵まれた環境にある四条夫妻だが・・・
それでも、子どもは一人しか持たない、という設定だ。
助けてくれる実家の両親がいなければ、それ以上、子を持つのは無理だ。

四条夫妻、とくに夫の静也は悪く言えば計算高く、良く言えば理性的で現実主義者なので、無理はしない。
自分ができるのはここまで、と冷徹に線引きをする。

また14編目「七夕の願い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-03-1にて・・・
アラフォー独身女性の小林和江も、自分が責任とれないものには手を出さず、自分が欲しいもの・捨てられないものの優先順位をつけ、周囲に迷惑をかけてまで、全てを手に入れようとするのは我ままだと考えている。そう、小林和江も感情に流されず計算する人だ。
※四条静也は小林和江に反目しているが、実は二人は根本的な考え方は似ていたりするのである。

そんなわけで・・・4人も子育てする人は本当に立派だけど、保育園を利用しながら仕事と両立させようというのであれば、もっと考えた方がよかったのでは、と思った。

三鷹市であれば、やはり待機児童問題があっただろう。保育園に入るのに競争率が高いことは分かっていたはずだ。

提訴しても、おそらく負ける。じゃないと自治体がもたない。
けど負けると分かっている提訴する余裕があるなら・・・そりゃ、落ちるのは当然だろうとも思ってしまう。

女性の人権も大切だし、子育てと仕事の両立というのは立派だが、本当の弱者=虐待されている子や養護施設の子どもたちなどに、もっと税金が投入されるべきだろう。
また子どもを持つなら、よくよくの覚悟と計算が必要かもしれない。

保育士の数も足りないが、養護施設の職員の数も足りない。
どちらを優先すべきかというと、養護施設のほうだと思うのだが。

ま、これも権利VS権利だ。権利の奪い合い。
現実問題、全ての人の権利(欲求)を公が保障する余裕はない。

だから女性(働くママ)の権利を最優先に、待機児童問題を最優先に、というとちょっと首をかしげてしまう。
「保育園落ちた日本死ね」と言って、働くママたちの心の叫びだという擁護の声を聞くとなおさら・・・だ。

養護施設の子どもたち、および職員の心の叫びのほうが深刻度が高いように思う。

だって、保育園に落ちるのは、そこそこ恵まれた人だから。
(働かないと生活できないほどの低所得世帯は保育園に入れるはずだ)

ま、残念だけど、結局、女性は、子どもか仕事か選ぶことになるのだろうな。

老人介護施設も足りないし、介護離職する人もいるわけで・・・
子供は成長して手がかからなくなるが、老人は違う。
子育ても辛いだろうが、介護はもっと辛い。終わりがないから。

ということで、保育園問題が最優先課題とは思えなくなってしまった。

「日本死ね」によって、待機児童問題がクローズアップされたと喜んでいるリべサヨもいるが、たぶん、この問題を厳しい目で見る人が増えるだろう。

保育園よりも、介護施設そして児童養護施設のほうが先だ。

ま、「死ね」と叫びたい人は、働くママに限らず、たくさんいるということだな。

そして、子どもがその言葉を口にすることを、大人は注意することができなくなった。
流行などしてないのに、流行語大賞トップテンに入り、その言葉を取り上げた国会議員が表彰されるような社会なのだから。

そう、その言葉を流行らせるために、わざと流行語大賞で話題にしたのではとすら勘繰ってしまった。
(日本の象徴の一つである神社が「日本死ね」と落書きされたり・・・殺伐とした世の中になるだろう)

待機児童問題の解決を最優先にしたいのであれば、保育園開設に反対する地元住民を蹴散らし、住民のサービス(他の福祉施設閉鎖、図書館閉鎖など)を落としてでも自治体のお金を保育園へ回すか、あるいは住民税の値上げをしてもらうしかない? 

ま、削れるもの(地方議員報酬、手当、地方公務員の給料や諸々の手当て、などなど)はたくさんあるだろうから、そういった他の人の権利を奪うしかない。

※関連記事
「『死ね』が流行の兆し」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-26

・・・・・・・・・・
余談。

19編目「封印された過去」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-2にて
無痛分娩について触れた。

フランスなどヨーロッパでは無痛分娩が当たり前だ。
麻酔なしで手術しないだろう? 麻酔なしで抜歯しないだろう? それと一緒だ。
痛みが取り除けるなら、取り除くほうがいいに決まっている。

が、日本ではまだ無痛分娩はポピュラーではないようで、不思議だ。

リスクは自然分娩ととんとん。ならばラクに産める無痛分娩のほうがいいだろう。
局所麻酔だから、赤ちゃんには全く影響ない。

麻酔費用5万円のお金がもったいない、出せない、というのであれば・・・そもそもそこにケチるほどに経済的余裕がない中、子育てをやっていけるのか、とも思う。(もちろん、公から補助があれば一番いいが)

ただ無痛分娩を扱っていない産院もあり、産院そのものも少なく、保育園以前に、産む場所を探すのも苦労するという。
おまけに小児科も少ない。

つまり日本は「子どもにコストをかけない国」であり、実は少子化になるように仕向けている気もしないでもない。

まあ、とにかく、ワシが妊婦だったら、無痛分娩を選ぶ。
それに反対するようなお金にケチなダンナ、または「お腹を痛めてこそ」という迷信を信じ、赤ちゃんに悪影響を及ぼすという昔の古い知識に捉われるような科学的でないダンナだったら・・・妊娠する前に別れることも考えるだろうな。
一緒にやっていけないもの。

妻を大事にするか、家庭を大事にするか、家庭を優先するかどうか、ダンナさんの態度はこういったところにも表れるのかもしれない。

もちろん、無痛を選ぶかどうかは個人の自由。
お腹を痛めてこその自然分娩がいい、と妊婦さん自身が思っているのであれば、それでいいのだけど。

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「逃げ恥」に学ぶ人間関係・情と対価(損得勘定) [家族・夫婦・子育て・子なし]

「逃げ恥」・・・ワシはドラマ最終回しか見てないのだけど、なかなかに考えさせられた。
各著名人も「逃げ恥」について、いろいろ言及しているようだ。

まずは上野千鶴子氏のツイート紹介。
https://twitter.com/ueno_wan/status/811879074675077120

【「逃げ恥」の契約にセックスが含まれないのは不自然。結婚とはセックス契約なのに。一回当たりのセックスコストを誰が誰に支払うのか?家事と同じくセックスも「愛の労働」、しかも「無償労働」だ。こういう議論はほぼ「不払い労働論」で尽くされている。おぞましい議論だが、現実がおぞましいのだ】

ん? 夫婦間のセックスにもコストが発生し、対価を払えというのか。

この文章だと、夫が妻に何かしらの対価を払えと受け取れる。
けど、妻が誘ってきた場合は妻が対価を支払うべきだろう。それが男女平等というものだ。

子づくりの場合も、子どもが欲しい方が対価を支払えということじゃな。

上野さんの理想の夫婦は、なかなかにエグイの。

愛の労働かあ・・・。
まあ、上野さんが心配せずともセックスレス夫婦は多いので、夫に『体』を搾取されている妻は少ないと思うぞ。

乙武君が言うように、妻が母となった時、もう女として見られなくなるという男性は多いらしいから。

それはともかく、上野さんの考えは「セックスをお願いするほうは対価を支払え」「支払わないのは、搾取していることになる」ということなんだよな?

ならば、前記事で話題にしたオタキング・岡田斗司夫氏の愛人問題は、上野さん的にはOK、むしろ推奨したいくらいの行いだよな。
だって、岡田氏はセックスするのにちゃんと交渉し、女性がOKすれば対価を支払っているのだから。

(ただ岡田氏は「若い子は騙して抱いて終わったら捨てろというのが僕の中の法則」と発言しているようで、対価を支払わず、騙すこともあるのかも?)

※関連記事
「女は犬・オタキング岡田斗司夫の愛人騒動」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-28


いやあ、それにしても・・・エッチコストを支払えって、売春買春みたいだね^^;
愛も金次第ってか。


そこで、砂鉄氏のツイートを紹介しよう。
https://twitter.com/satetu4401/status/801210635878969345

【金と言う物は才能や健康を失っても手元に残り続けるものである。つまり「金だけの付き合い」というものは、意外な事に才能や健康を失った後でも続くし、精神を痛めて優しさを失った後でさえ続くのである。正直、愛だとか友情だとかフワフワした得体の知れない関係より遙かに頑丈で信頼できる】


そういえば、平安寿子の小説「グッドラックららばい」でもメインキャラ=立子もこう言い放っていたっけ。

【わたしは幸せになりたいなんて思ったことは一度もない。金持ちになりたいということだけだ。幸せなんてワケの分からないものは要らない】

立子の結婚相手の条件は「金持ちであること」、この一点だけ^^;
あとはどうでもいいのだ。(・・・いや、でも面白かったよ、この小説)

で、たしかに、お金が一番信用できるのかも?

愛はいつの間にか消えるが、お金は・・・まあ、その国の信用がなくなれば紙屑になることはあるけれど、愛よりは、まだ確かなもの・・・かもしれない。

うん、情とか幸せとかって、気の持ちよう。
つまり、とっても不安定なものだ。

えげつない世の中、人間不信の世の中、愛よりもお金と考える人が増えるのは当然かもしれない。

上野さんもそういう考えなのだろうか。

いやね、健常児のいる家庭に較べて、障碍児を持った家庭の離婚率は6倍とか、そういった話を聞くとね・・・
一番の味方であるはずの家族も信用できないケースがあるのだなと。

けど、お金さえあれば、そういった「不幸」も何とかなる?

お金のあるなしは結局、「余裕」が持てるかどうか、であり、お金があれば人もそう簡単に離れないのかもしれない。

うん、ドラマ「逃げ恥」の「好きの搾取」についても考えさせられてしまったよなあ。

これでますますオタキング岡田氏のやったことはそう悪いことではないと思ってしまった。

少なくとも、↓下の記事に書いてあるような・・・結婚を保障と捉え、相手からの搾取しか考えていない男よりは・・・。
(ま、女性も同じく、結婚を人生の保障と捉え、相手からの搾取を考える人もいるだろうからお互い様だけど)

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/12/post-6609_2.phpより一部転載。

【「ブスは3日で慣れる」を信じるか、「どんな女性もどうせ歳を取って劣化する」と割り切るか、「歳を取れば穏やかな性格になるだろう」と楽観視するか、「家事は自分が頑張ればいい」と引き受けるか。どれならできそうなのか、本気で考えてみてほしい。

1つ言っておきたいのは、「そういう女性しかいないなら結婚なんてしなくていい」なんて突っぱねると後悔する、ということ。あなたがこの先の人生で、仕事、人間関係、趣味とお金、健康のいずれかでつまずいたとき、必ずや「結婚しておけばよかった」と思うときが来るからだ】

転載終わり。

・・・ということで、女に若さと容姿に価値を置く男も、そこは何とか妥協し、人生(仕事、人間関係、お金と趣味、健康)でつまずいた時の保険に結婚したほうがいい、とこの筆者は言うのだが・・・

今ではもう結婚は何の保障にもならないかもよ。

だって・・・↓奥さんからこんなふうに思われたりすることもあるようだから。

「ダンナ・デスノート―今すぐ死んでほしい」
http://danna-shine.com/

(もち、奥さん側も・・・こんなことを思いながら続ける結婚生活って・・・不幸に思えてしまうのだが)

ま、人生の保障目的で結婚した男性は、結婚生活で何か大きな問題(子どもが障害を抱えたとか、奥さんが重篤な病に陥ったとか)が起きたら逃げちゃうかも。

うむ、やはり愛(情)なしで人間関係は持続できない気もする。

そこで、この記事を紹介。

「逃げ恥は市場競争的な世界からの逃避のすすめである」
http://globis.jp/article/4946より一部転載。

【結婚と契約結婚の最大の違いは、2人の関係に、市場で取引され得ない「代替不可能な要素」が介在するかどうかの違いということが強調される。それは、相手がどれだけ「利用価値があるか」という要素が取り除かれた、純愛である。

市場競争では、「利用価値」でその人が判断される。だから、恋活や婚活が市場競争にようになってしまうと、相手のことを自分の「手段」として見てしまいがちになる。

例えば、女性が結婚相手の男性を選ぶ際に、相手の収入(自分を養えるか)、学歴や勤務先(将来性や安定性はどうか)、容姿(友達に紹介して恥ずかしくないか)などの項目だけで選ぶとしたら、それは相手をもっぱら自分の生活の手段としてみなしていることになる。

相手を自分の手段としてのみ使おうとしたり、その逆に自分が誰かの手段として使われることのみを受け入れてしまえば、自分の人間性を傷つけることになる。

「逃げ恥」の主人公は、人間が「利用価値」で評価されるような市場競争から身を引いた。しかし、それにはメリットもあった。

逃げたからこそ、市場取引的な恋愛や結婚によって、人間性を喪失せずに済んだ。さらに、心から大切にしたいと思えるパートナーと出会うこともできた】

転載終わり。

なるほど・・・情がない結婚は、人間性を破壊するかもな。

上野千鶴子氏は「逃げ恥」について「結婚による搾取」「コスト(損得勘定)」「契約」に言及したが、この記事は「情=代替不可能なもの」について言及した。

少なくとも「利用してやろう」という人間関係は幸せをもたらさない気がする。

よく言われるのが・・・
「相手にしてもらおうというよりも、自分が相手に何をしてあげられるか」だと。

ま、自分が何かしてあげたいというような相手に巡り会えるかどうかじゃの。

でも、それも難しかったりするよね^^;

金と情、どっちも必要だな。

お金がなくて余裕がなくなれば、情も減るだろうし。
最初から情のない人間関係は、代替可能なので、これまた長続きしない・・・。

本当に難しいのお。

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理想の夫婦って? [家族・夫婦・子育て・子なし]

52編目「それぞれの道・四条カップル」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-29

短編連作小説「これも何かの縁」本編の最終回・・・とりあえず四条夫婦で締めました。

四条夫妻については、こんな夫婦がいたらいいよなあ、という感じで描いてみた「~縁」。
そこで「~縁」あとがきエッセイとして、まずは結婚・夫婦・家族について思うところを語ってみよう。

ホリエモンは「家族など持ちたくない。こんなに豊かな世の中で関係を固定化するのはリスクだ」と考えているそうだ。

また、我らが藤沢数希氏もツイッターでこんな発言をされていた。

https://twitter.com/kazu_fujisawa/status/840905626859446272より転載。
【対等な関係の大人の男女がいっしょに暮らすって、悲惨な状況だよね。対等ってことは、諍いが起こったらいちいち終わりなき紛争が起こるってことでしょ。そして、そうした諍いが結婚生活の至る所に散らばっている。ああ、考えただけで恐ろしい】


なるほどなあ。
人間関係の固定化はリスクがある、という考え、わかる気もする。

たとえば、学校。
ある一定期間、クラスという器に、子どもが閉じ込められ、人間関係が変わらない。固定化される。

うまくいけば、そこで友情が育まれる。
長い時間、共に過ごすのだから。
喧嘩しても、離れるわけにもいかず、強制的に教室の中で一緒にいなくてはいけない。縁を切るのは難しい。
だから仲直りの機会もある。

けど、一方でイジメも起きやすい。

イジメられる側にとっては地獄だ。
クラスという固定化された人間関係から逃げられない。

逃げるとしたら不登校になるしかない。
でも、授業を受ける権利が阻害され、勉強が遅れ、ややもすれば落伍者扱い。

家族間の暴力、虐待、犯罪も同様。

簡単に逃げられないって、リスクが高いことなのだ。

とはいっても、常に流動する人間関係の中で、長い時間をかけて親しくなるのも難しい。
相当に魅力ある人間でないと、相手からすぐに切られてしまう^^; 情を育む間もなく。

流動化する人間関係の中で、相手から早々に切られることと、
合わない人間関係が固定化し、逃げ場を失うこと・・・

どっちがマシか、だな。
運もあるよなあ。

いい人間関係に恵まれたら、固定化した中でその縁を育てていきたいし、あまり恵まれなかったら、早くそこから脱したい、離れたい。

ところで、対等な者同士が一緒に暮らす・・・って、まあ、お互い譲らない同士だと難しいかな。
けど、ある程度、価値観が似ていれば、お互いが感情に走らない性格ならば、話し合いでの歩み寄りで何とかなることもあるかも。

「~縁」の四条静也と理沙は、価値観が似ており、で、学歴、職、収入、年齢と何から何までほぼ対等という稀な間柄の設定だ。

まず育ち・境遇が同じ。
子どもの時は家族に愛されて育ち(虐待は受けてない)、家族を亡くし、孤児となり児童養護施設で育った。
お小遣いの額も同じだし、金銭感覚も似通ってくるだろう。

施設内では家事の指導もあり、二人は同じやり方を学んでいる。(ただし理沙のほうは母親から多少、家事を教わっているので、そっちのやり方も記憶にあるだろうけれど)
よって、家事のやり方で揉めることも少ないだろう。

で、同じ学歴、同じ職場、同じ年齢、同じ収入。

ごく自然に対等でいられるし、価値観が似ているので話し合いで解決できる。

・・・っていう四条夫婦みたいなカップルって、希少かも?
ま、これも縁じゃ。

そうそう、ネット上で誰かがこんなことを言っていた。
【違う価値観を許し合うのが本当の愛。同じ価値観に合わせることではない】

全て自分と同じ価値観という人間はいないので、折り合い付けて、摺合せして、妥協点を見つけられるかどうかなんだろうな。

けれど、まるっきり価値観が違うとそれも難しいのかも。

対等であることは大事だろう。
そうでないと上位の者に下位が合わせることになり、下位の者が我慢を強いられ、相当なストレスを受ける・・・早々に関係が壊れる気がする。

※ワシは高校1~2年まで寮生活を経験しているので、下の立場で生活していくことの息苦しさ、ストレスは分かる。それが数十年続くなんて考えられん。

ま、何はともあれ、婚姻であろうが同棲であろうが、一緒に暮らすなら、相手が信用できるかどうか、だよな。
運命共同体みたいな感じになるんだろうし。家計を共にするって、リスクが高いし、よほどの信用がないとできないよな。金銭感覚の問題もあるだろうけれど、その信用関係を築くことができるのか、これが一番のポイントになりそう?

ところで、四条カップル・・・二人とも公務員だから、夫婦共働きでいけば老後も年金で豊かな暮らしができそう。安泰だよな、日本が破たんしない限り。やっぱ理想のカップルかも^^;

けど、バブル時代だったら・・・彼らは見下されていたかもなあ。
決まりきった地味な仕事、恋愛を楽しまずにすぐに結婚、質素な倹約生活、無趣味、友だちがいない、もう将来が見えてしまっているレールに乗った生き方だとして、つまらない人生だと。

世間の評価なんぞ時代によっても違う、あやふやな代物じゃ。

このツイートを紹介して締めよう。

https://twitter.com/a_n_tokyo/status/851105084381450240より転載。
【カップルはバランスが取れるもの。そうでないなら、破綻する】


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内村航平選手のわき毛にドラマを見る [家族・夫婦・子育て・子なし]

2017年4月9日追記。

「体操・内村母の周子さん 新技「シュウコ8」で全日本マスターズ優勝」
https://www.daily.co.jp/general/2016/09/04/0009454041.shtml?ph=1

去年の話だというけれど、内村選手の母・周子さん、50代にしてすごい。平均台での演技写真カッコイイ。

内村選手のわき毛と、お母様のツインテールが忘れられなかったけど、50代にしてそのプロポーション、体操技術、素晴らしい♪ ただのキャラの立った母ちゃんではなかったのか。

ちなみに全日本10連覇の内村選手、わき毛も健在のようだ。
いや、いいと思うよ。日本は脱毛に気を使い過ぎ。

・・・・・・・・・・
2016年11月1日追記。

内村航平選手、日本体操界で初のプロ転向というニュースを聞いた。

体操選手のプロ転向といっても、あまりよく分からないな。プロの体操選手って何をするんだろう?
フィギュアスケートみたいにショーがあるわけでもないし。
その後の仕事って、結局は解説者、指導者になってしまうのでは、と思った。

まあ、それよりも・・・プロになってもわき毛はそのままなのか気になるところである。

・・・・・・・・・・
8月22日本文。

オリンピック、逆転劇あり、家族愛感動話ありで、なかなかにドラマを感じたのだが、その中でもやはり内村航平選手に注目してしまった。

週刊誌報道http://www.news-postseven.com/archives/20160817_439646.htmlより・・・

体操の内村航平選手の母と妻が上手く行ってないだとか、母親が子離れできないとか、母親が結婚に反対だったとか、内村選手には実は4年付きあっていた彼女がいたが、今の奥さんがもうアタックしてきて、略奪愛、できちゃった婚になってしまったとか・・・

そんな話が流れてくると・・・

「嫁姑問題、大変じゃの。母にしてみれば息子をあそこまで育てたエネルギーは半端ではない。子離れしろと言われたって、簡単にできないよな」

「ワシが母の立場なら、子離れできないかも。子育てに見返りを求めるなとはよく言われるけど、そんな聖人のような人間に、ワシはなれないかもなあ」

「ワシが嫁の立場なら、子離れしてくれない義母は困るよなあ」

と、内村選手の隠されたドラマについて、思いを馳せてしまった。

あまり感情を顕にせず、低体温的なキャラでいつも落ち着いて見えていた内村選手。

あのツインテールのキャラの立っているお母さんを見て、「内村選手、何かすごそうなものを抱えていそうじゃ」と思ってはいたけど、やはりそういうドラマがあったのじゃな。

そして何と言っても、あのわき毛である。
わき毛だけは黒々フサフサと元気じゃの~と、内村選手のわき毛が気になって仕方なかった・・・。

※ちなみに、白井選手はわき毛の処理をしていたようで、わき毛の処理は個々の選手にまかせるようだ。

内村選手の技にも目を奪されたが、白い肌からチラつく黒いわき毛に目を奪われてしまったハヤシである。

低体温キャラに見える内村選手だが、実は熱いドラマを抱えている・・・のかもしれない。

そう、それはまさに『低体温そうな白い肌から見える情熱的な黒いわき毛』だ。

白い肌から見える黒いわき毛。
その意外性・衝撃性こそがドラマなのじゃ。

ワシは「内村選手にドラマ・物語とはなんぞや」を教えてもらった気がする。
もちろん、あの逆転劇もドラマチックであったのだが。

そして今後・・・もしも、もしもだ、大会に出ている内村選手にわき毛がなかったら、「いったい、何があったというのだ?」とこれまた気になることだろう。
何か心境の変化が? と隠れたドラマを思うに違いない。


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