So-net無料ブログ作成
検索選択
自殺・イジメ・差別・生き方 ブログトップ

日本版カースト ばあさんはしつこいのじゃ [自殺・イジメ・差別・生き方]

「インドの教員、カースト下層の男性を斬首」
http://www.afpbb.com/articles/-/3103660?cx_tag=pc_rankday&cx_position=3#cxrecs_sより一部転載。

【身分制度カーストの最下層ダリット(Dalit)の男性が製粉機を使ったことに腹を立てた教員が、口論の末、ダリットの男性を斬首した。
容疑者の教員は、ダリットのソハン・ラムさん(35)が製粉機を使ったことに腹を立て、製粉機を「不浄」にしたと非難したという。
インドでは「不可触民」という考えが違法化されているものの、今でも一部のヒンズー教徒は、下層カーストの人との接触が不浄をもたらすと信じている。】

転載終わり。

このニュースを見て、思わず椰月美智子氏の「恋愛小説」を思い出した。

そこに登場するジェロさん=デブスオタク女子は、美人主人公・美緒の彼氏サスケともエッチする。
(が、それはずっと昔のこと。美緒とサスケが恋仲になる前の1回きりの何となくしたエッチだ)

だが、美緒はそのことに異常にこだわり、ジェロさんを嫌悪し、気持ち悪がり、ばい菌扱いする。
(ちなみにサスケはジェロさんだけではなく、ほかにもたくさんの女の子ともエッチしている)

醜いジェロさんは「不浄」であり、サスケを「不浄」にした。
というわけで、ジェロさんと接触し不浄になったサスケをも美緒は責める。

そして不浄となったサスケとエッチする美緒は、消毒液に浸かりたくなる。

いや、不浄となったサスケにこそ、消毒液に浸かってほしい。

そんなことをサスケに言いだす美緒。

で、職場でジェロさんと会わざるを得ないサスケを転職させる。
とにかく不浄なジェロさんから、サスケを遠ざけたかった。

そう、主人公・美緒は、ジェロさんをまさに「不浄」をもたらすものとして、嫌悪した。

ちなみにジェロさんは、皆からも陰で馬鹿にされている。
(ジェロさんは気安い人間であり、皆にとってどうでもいい人間だ、と神視点で説明されている。つまり見下されている)

ジェロさんはカースト最下位といっていいだろう。
もちろん美人の美緒はカースト上位だ。

いやあ、インドだったら、カースト下位のジェロさんは、カースト上位の美緒から斬首されていたかもな・・・^^;
彼氏サスケと接触し、サスケを不浄にしたのだから。

で、おそらく日本も・・・カースト下位は、カースト上位からそういうふうに思われているんだろうな、と。

不浄なお前らはこっちにくるな、こっちのものに触るな、とね。

学校内カーストがあるところは、下位の者にとって厳しそうだ。殺されないだけで。
いや、自殺に追い込まれてしまった場合、殺されるのと同じかもしれないが。

そんなところに、こんな記事を見つけた。(炎上したようで話題になっていた)

「社会の底辺の人とは関わってはいけません」
http://ameblo.jp/akky-0829/entry-12188216276.html

・・・いやあ、きれいごとなしで本音を言う人が増えたな。

ザックリいうと、日本にも階層があり、このように分けられているようだ。

第1階層 上級公務員、大企業勤務者、成功した企業家、それらの配偶者

第2階層 二流公務員、中規模企業勤務者、

第3階層 中小企業勤務者、ニート

第4階層 フリーター、非正規、派遣社員、風俗嬢

で、第4階層とは口をきくな、関わるな、と。
おお、まさにカーストだ・・・。

恋愛カーストでは、主に外見と、女性の場合、若さが、ランク付けに関わるけど、こちらはもろ職業。
けど、ニートは第3階層なのか・・・?

このブログ主のアッキ―さんはツイッターで、こういうことを言っている。

https://twitter.com/akky_m/status/781314710884929536より転載。

【日本の牛丼屋とか介護とか世界中で募集しても誰もやらないよ。日本の底辺じゃなくて世界の底辺なんだよ。理由は低賃金高品質を求められるから。外国の底辺職は低賃金でも高品質は求められない。アメリカのマック行けばわかる】

https://twitter.com/akky_m/status/781313164843503617より転載。

【暴力団とニートはブラック企業勤務の非正規社員(飲酒店や介護とか)より社会の階層は上だよ。その点についてたくさんご意見頂いたけとそれが理解できない人は社会を、世界を、わかってないと思うよ】

続きを読む


引きこもり・オタク魂でいけ [自殺・イジメ・差別・生き方]

10月19日追記。

「いじめられる側にも原因がある」に対するはるかぜさんの言葉に頷かされた。
http://togetter.com/li/1038210より転載。

【いじめられる側に原因があるのは いじめる側に「いじめをしたい」という結果があるからです。
原因があって結果があるのではなく 結果があって原因がある。
いじめる人が変わらなければ、いじめられる人がいくら努力しても いじめが無くなることはありません】

【ぼくは人をいじめたいと思ったことはありません!
でも嫌いな人はたくさんいます。むしろ多い方ですw
なぜ嫌いな人がいても、いじめたいと思わないのか。
それは、いじめという行為が 嫌いな人に自ら近づいて関わって行くという奇妙な変態行為だからで、ぼくは変態じゃないからです】

【ブス、デブ、不潔といじめられた子が身綺麗にしてダイエットをしても、だいたいいじめる側は「ブスがキモい事してんじゃねえよw」と、いじめをエスカレートさせます。いじめたい人の視点では、対象がいじめられる理由を取り除こうとする行為自体が、反抗的で生意気で、ムカつく事だからです】

・・・・・・・・・・
10月18日
img_7855d781f2284c76fc77462e7b47f24045328.jpg
ふとこんなことを思ってしまう。
もしも本人の希望があれば自由に安楽死をさせてくれる社会になったら、まあ、問題はあるかもしれないが、救われる部分もあるのではないだろうか。

いつでもラクにこの世から逃げることができるのだ。自殺はやはりハードルが高いし、人に迷惑をかけてしまうこともある。

そう、最終手段が残されているって、精神的にとてもラクになれる気がする。
私個人は安楽死の自由化を求める。とても心が安らぐ。将来の心配もしなくていいのだから。

かといって過激路線がいいかというと、これもやり過ぎると問題。
そういえば長谷川豊氏が人工透析患者について「殺せ」発言し、炎上し、結局、テレビ大阪の番組降板にまで発展したっけ。

「死ね」「殺せ」などの言葉、大人も気軽に使うようになり、ますます殺伐としてくる世の中。
もはや子どもが「死ね」「殺せ」というのは仕方ないことかも。

いや、でもずっと前、世間はオタクに対してだけは殺伐とした言葉を使っていたんだけどね。
B7JTiDhCEAAPDt3.jpg
※ばあさんはしつこいのじゃ。

「キモオタ死ね」もよく聞かれる言葉だ。
気持ち悪いんだから仕方ない、気持ち悪がられないようにしろ、という意見の方もおるじゃろう。

正直、気に入らない人や嫌いな人は遠ざけたいし、気持ち悪いものは気持ち悪い。そう思うのは罪ですか? 嫌う権利はないんですか? と思う人もいるじゃろう。

うむ、ワシも嫌いなものは嫌いじゃ。合わない人っているし、無理して仲よくする必要はない。
要するに強制するなっつうことで、ワシ個人の考えだが、「無視、相手にされない」という行為は仕方ないと、個人的には思っている。

世間の「一人でさびしそう、友だちがいないとかわいそう、ダメ人間、どこか偏っている、人間としておかしい、歪んでいる、犯罪者予備軍」という目さえなければ、独り上等、独りでも平気、っていう人は増えるのでないだろうか。

本当の意味で、独りをネガティブに捉えずに認めてくれる社会になれば、ラクになれる子、多くなるんじゃないだろうか。

ワシは「誰にも邪魔されない一人の時間」が絶対に必要な人間であり、皆から無視される代わりに一人の時間がたくさん得られるのと、皆とつきあう時間のために一人の時間が大幅に削られるのと、どっちがいいかというと、無視されるほうを選ぶ。

オタクもそういう感じではないだろうか。
一人で好きなことに没頭できる。
・・・つまり一人の時間が大切なはずだ。

あれだけ世間から害悪視され、「モテなくなるよ」と脅されても、「気持ち悪い」とけなされても、オタクは減るどころか、逆に認知を得るようにまでなってきて、オタク文化が栄え、海外にも広がった。それだけオタク文化が魅力的ということなのだろう。

それでも未だオタクは負け組扱い、ランクも下位に位置づけられているが、意外と、この厳しい世の中を渡るには、他人が何を言おうが我が道を行くオタク精神が役に立つかもしれん。

無視されたり、仲間外れにされたりして、辛い思いをしている人よ、それだけは耐えるしかないかもしれん。周囲に認められたい気持ちもあるだろうが、まずは一人で好きな道を行くのじゃ。

相手にも嫌う権利があり、どうしてもしゃべりたくない、挨拶もしたくない、顔も見たくない、っていう場合もあるだろう。

だからお互い距離をとるしかない。
こっちも無視すればいいことだ。長山春香のように。

続きを読む


タグ:オタク

本音のトランプが勝利・ゲスな世の中での生き方 [自殺・イジメ・差別・生き方]

まさかのトランプが勝利。

この件について、まずはちきりんさんのツイートを紹介しよう。
https://twitter.com/InsideCHIKIRIN/status/796333545476108288

【トランプ氏は「女なんて金さえあればどうにでもできる」とか、「移民もモスリムもうざいからアメリカに入れるな」とか「日本もサウジも金あるんだから、軍事費くらい自分で払えよ」とか、無茶を言っているようで、実は多くの人が言えずに隠している本音をしゃべってきただけ。とも言える】

【トランプ氏を支持する人達は、「口にしてもいいのは正しいことだけ」というお利口さんが押しつける反論できない正論にうんざりしており、「そういう正論以外の考えは私の頭の中にはそもそも存在しないのよ!」と言う人を嘘つきだと思ってる】


ということで、これからますます本音の社会になるかもしれないな。
それは「息苦しさの解放」とも言えるし、「えげつない社会になる」とも言える。

本音は厳しい。
きれいごとがない社会というのは、本音が言えてスッキリするところもあるが・・・辛くなる場合もある。

そこで・・・
ブスについての本音をきれいごとなしで語るカレー沢薫氏のコラム記事を紹介。

「ブス図鑑」
https://cakes.mu/posts/14454より一部編集転載。

【(ブスは)虐げられたことによって生まれた反骨精神を、自分が這い上がるためでなく、他人が落ちてくるのをひたすら祈るのに使うのである。

当然、自分の幸せよりも他人の不幸を見つけようとするし、むしろ他人の不幸が自身の幸せなのだ。

ブスは卑屈な上、他者も絶対に認めないため、ブスの見る世界は、常に便器に顔をつっこんでいるかのように綺麗なものが一つもない。

「ブスの上に、性格もブスで救いようがない」と思ったかもしれないが、今まで誰も救ってくれなかったからこうなったのである。

それに、自分に優しくない世界に対して優しくする必要がないように、ブスだけど頑張っている姿で他人に勇気を与える必要もないのだ】

転載終わり。

・・・うん、世間が意地悪であれば、優しくなれるはずもなく、そうする義務もない。
こっちも意地悪く立ち振る舞えばいい。

というか、壁を作り、距離を置くのが一番平和に過ごせるけどね。
ワシなら、そうする。

つうか、世間の「美の基準に合わない」ということで、もとから世間の価値観とは相性が悪いのがブス、およびブサメンなのだろう。

そう、女性もブスには厳しい。

こんなツイートがあった。

続きを読む


タグ:オタク ブス

差別大好き [自殺・イジメ・差別・生き方]

本編「これも何かの縁」より・・・6編目「セクハラ鏡餅」アップしましたぞ。
http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-24-4

テーマは、女性の人権VS表現の自由。
堅くてつまらなさそうだな、と思ったそこのあなた、安心されよ。実に下らないお話じゃ。

これって「駅乃みちか」問題など、エッセイでも語ってきたテーマじゃの。

またフェミから嫌われている「恋愛工学」についても、ワシは「まあ、仕方ないのでは」というようなスタンスじゃ。
たしかに女性をモノ扱いし・女性蔑視しているけど、女性も男性を見下していることもあり、お相子だからだ。

聞くところによると、恋愛工学生らも、恋愛工学に目覚める前は女性から酷い目にあわされ、女性不信に陥ったという人がけっこういるようで・・・

もち、だからといって女性全てを蔑視するのはいかがなものか、という意見は当然なんだけど・・・
女性だって、男から酷い目に合わせられたら、男そのものを警戒し、嫌悪することもあるじゃろう。

信用できない者を尊重することはできない。

ならば、本当はそんな者(女)から離れて、関わらないほうがいいとは思うけど・・・
そうすると世間は「引きこもり」「臆病」「非リア」「非モテ」「童貞」と言ってバカにしたり、問題視する。

こうなりゃ世間の価値観に何とか合わせるか、逃げるか、どちらかしかない。

恋愛工学生らはモテを目指し、女の子をナンパで狩って、世間様がお勧めする恋愛=エッチを楽しむ。
オタクは世間に背を向け、3次元の女の子からは離れ、2次元で楽しむ。

それだけのことじゃ。

え? 不健全?
まあ、そうかもしれないけど、そう言える『健全な人間』は幸せじゃの^^

ま、何を持って『健全』とするのか、ワシにはいまひとつ分からないが・・・

けど・・・健全な人間なはずの、恋愛工学を批判するフェミが、ブサメンを差別する発言(=ブサイクがナンパをしたら痴漢行為だ、という内容)をツイートしたりしていた。

イケメンがナンパをする分には問題ないが、ブサメンがやると痴漢=犯罪になるらしい。
つまり、ブサメンは引っ込んでいろ、女に積極的になるな、ということじゃな。

恋愛工学生が女性の容姿をレベル分けし、モノ扱いするのと同様、フェミも男性を顔で差別しているのだ

続きを読む


「オタクは滅びてほしい」上野千鶴子のナチス思想 [自殺・イジメ・差別・生き方]

フェミニスト・上野千鶴子氏は以前、このような発言(著書「バックラッシュ」でのインタビュー)をされていたという。

http://d.hatena.ne.jp/sugitasyunsuke/20060811/p1より一部引用。

【(恋愛弱者系/オタク系の男性について)ギャルゲーでヌキながら、性犯罪を犯さずに、平和に滅びていってくれればいい。そうすれば、ノイズ嫌いでめんどうくさがりやの男を、再生産しないですみますから。

ただし、そうなった場合、彼らの老後が不良債権化するかもしれませんね。ところが、彼らが間違って子どもをつくったらたいへんです。子どもって、コントロールできないノイズだから。ノイズ嫌いの親のもとに生まれてきた子どもにとっては受難ですよ。そう考えてみると、少子化はぜんぜんOKだと思います。(434頁)】

引用終わり。

ということで・・・オタクよ、共に平和に滅びていこうぞ。非出生主義じゃの。
オタク気質のワシも、自分のオタク遺伝子を滅ぼす。上野千鶴子氏の言うとおり、ワシの遺伝子を受け継いだ子は社会の迷惑・害悪となり、きっと不良債権化してしまうだろうから。

いやあ、上野千鶴子氏、見直しましたぞ。
そこいらの「きれいごと」を並べるリべサヨとは違う、本音と現実をズバッと言ってくれた。

社会にとってマイナスな人間は子孫を残さず平和に滅びてほしい、と。
優生思想を打ち出してくれました♪

ところで、これって・・・まさかオタクだけに限らないよね?
「社会のお荷物・不良債権化」するのはオタクだけじゃないよね???

「生活保護受給者や障碍者を含め、子孫を残さず、平和に滅びてほしい」と受け取っていいんだよね?

オタクだけ滅んでほしい、というのは差別ですよ♪

という疑問を持つワシが差別主義者ですかね?

それにオタクの多くはとりあえず、国や公の支援は受けずに生活している。
対して生活保護受給者や障碍者は?

ちなみに性犯罪者は、オタクに限らず、大学生たちの集団強姦事件を見ても分かるように、リアル充実を求めるヤリチン肉食系のほうが多いように見受けらる。

それとも、オタクだけが性犯罪者予備軍ですかあ???

・・・って、一般の日本社会って、上野千鶴子氏と同じことを思っていそうだね。
気持ち悪くて嫌いなオタクだけ目障りなので滅んでほしい、同じような子孫を再生産しないでほしいけど、その他の「不良債権」は助けるべきで、滅んでほしいなどと言うのは言語道断、許されないことだと。

皆から嫌われているオタクに対しては「子どもを持つな」「滅びてほしい」と言い、堂々と差別をしつつ・・・
しかし生活保護受給者や障碍者へそんなことを言ったら大変だ、それこそナチス扱い、極悪人扱いされる。
だから決してそんな言葉を彼らには吐かないし、「子どもを持つな」とも言わない。

でも、そうだとしたら・・・
偽善者・・・も甚だしい。

「日本死ね」がいいなら、こう言いたいですね。

偽善者死ね

B7JTiDhCEAAPDt3.jpg

ま、結局、みんな、差別が大好きってこと。
嫌いな者、気に食わない者に対しては平気で差別するし、暴言を吐く。

そして滅んでほしいと本音を堂々と公に発言し、それが訂正されることなく著書となり、出版されるのだ。

アイドルがナチス軍服風衣装を着ただけであれだけ大騒ぎした世間は・・・
上野千鶴子氏のこのナチス風優生思想発言「社会の役に立ちそうにない・迷惑な人間は滅んでほしい」については、何も批判しなかったようだ。

米軍基地反対派の過激な運動に、つい「土人」と口走ってしまった機動隊の若者について、あれだけ大騒ぎした世間は・・・
直にオタクから被害を受けたわけではないだろう上野千鶴子氏のこの「オタクは滅んでほしい」発言はスルーする。

それどころか、上野千鶴子氏を平和や女性の権利を訴えるフェミニストとして朝日新聞など大手リべサヨメディアはもてはやしている。

上野千鶴子氏はもちろんだけど、世間・リべサヨも差別主義者ですね^^;

嫌いなやつは滅んでいってほしい。

それが、ヒトラーにとってはユダヤ人であり、上野千鶴子氏はオタクだ、ということだ。
で、女性の価値は若さと美だとする恋愛工学生などの男性ら、石原元都知事などは、ブスとババアか・・・^^;

みんな、ヒトラーを毛嫌いするけど、心の中にヒトラーを飼っている。
それ認めようね。
きれいごとを言う資格はないし、ナチス・ヒトラーを批判する資格もない。

ま、現実はそんなもんかもしれない。
(とはいえ、昔よりは相当マシになったんだけどね^^;)


あ、誤解なきよう・・・
上野千鶴子氏も「オタクは滅んでほしい」と口にしただけで、ヒトラーのように実行したわけではない。
思想は同じでも、そこには天と地の開きがある。
そう、表現の自由があるのだから、「オタクは滅んでほしい」と言ってもいいのだ。

けど、ヘイトスピーチも認めなきゃね。

在特会などを批判している連中(主にリべサヨ)も、上野千鶴子氏のように、『自分たちが気に入らない人間が所属するグループ・カテゴリー』に対しては、堂々とヘイトスピーチしたりしている。

それともオタクにだけならヘイトしていいんですか?

・・・と突っ込むと、リべサヨやフェミは、ヘイトスピーチの小難しい定義を言い、それが理解できない者を小バカにしながら、「オタクになら何を言ってもヘイトスピーチにならない、差別にもならない」という都合の良い理由を並べ立てたりするのだ・・・。

自分たちが差別を行っている自覚はなく、もちろん反省することなく、自分たちの行いを正当化する。

障碍者や生活保護受給者は、なりたくてなったんじゃない。でもオタクは違う。皆から嫌われないように、迷惑がられないように努力すべきだと・・・皆、内心、思っているだろう。

けど、それは「いじめられる奴が悪い」と同じ論理。

その上、オタクは、まだ上野千鶴子氏のような一部の人に性犯罪者予備軍扱いされているようだ。

上野千鶴子氏のような者がいる限り、「オタクを害悪視しようぜ、哂いものにしようぜ、見下そうぜ」「オタクに限り、いじめていい。だって彼らは害悪なのだから、彼らは消えたほうがいい人間なのだから」という空気はずっと生き続ける。

その所為で虐められ、中には自殺する子も出てくるだろう。

上野千鶴子氏と本音の部分では同調しているだろう世間様。
正義ぶるだけに虫唾が走る。「ヘイトスピーチを批判する資格はないんじゃないですか? 自分もやっているでしょ?」と言いたい。

だからさ、もう、この際、堂々と本音を言っちゃえば?
「自分たちの権利だけが大切であり、自分たちと敵対する者や、価値観の違う者、気に入らない者、嫌いな者の権利はどうでもいい。嫌いなヤツの権利は踏みにじります」と。

キモオタ死ね。
これが世間の本音であることを、オタクは肝に銘じた方がいいかもしれない。

ワシも考えが甘かったようじゃ。
せめて虐めてくれるな、哂ってくれるな、と思ったが、それは高望みだったようじゃ。

(ちなみに無視されるのは仕方ないと思っている。嫌いなヤツに関わりたくないのは誰もが同じ。ワシも関わりたくない)

どうしても世間が良しとする価値観に合わないオタクはとりあえず架空の幻想の世界に逃げよう。
それでもダメなら、この世から逃げるため、自殺も仕方ないのかもしれない。

せめて遺伝子は残すな。滅びろ・・・それが上野千鶴子氏と世間の願いだ。

リべサヨは、安倍総理をヒトラーに例えたりするけど、上野千鶴子のほうがよほどふさわしいぞ。

てかさあ、頭の悪いハヤシさんは本当に分からないのだ。オタクや非モテには罵詈雑言を浴びせ、見下し、差別してもよくて、他(=在日外国人、障碍者、生活保護受給者など)はいけない、その理由が。

※上野千鶴子氏の「滅んでほしい」のは恋愛弱者も入っているようで、すごい恋愛主義至上主義者ですね。なるほど素人童貞、童貞、処女、恋愛しない者が見下される空気はこういったところからも生まれるのだな・・・。

※関連記事
「差別大好き」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-17
「『死ね』が流行の兆し」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-26
「引きこもり、オタク魂で行け」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-29

・・・・・・・・・・
余談。

オタクには一部、発達障害が多いように見受けられる。
コミュ障というやつだ。

発達障害も軽いのから重いのまであるだろうし、グレーゾーンが幅広い。
ここからが発達障害という線引きは難しい。

そう、発達障害は「なりたくてなったのではない」のだから、努力して何とかしろというのも筋違いになる。

親御さんも、自分の子どもの発達が遅れていたりすると不安が大きいだろうな。
で、たいていは母親にその責任がのしかかってくる。

出生数百万を割ったというニュース・・・当然だろうな、と思った。
子どもを持つリスクは相当に重い。

子どもが発達障害だったり、オタク、引きこもり、ニートになってしまったら、上野千鶴子のような人から害悪視され見下さるのだ。

で、実際、犯罪者になってしまったら、それこそ親の責任が問われる。

先の「高畑裕太氏、強姦疑惑事件」を思う。
一部に高畑裕太氏は発達障害では、という噂も流れた。
そして、母の高畑淳子氏を叩いた世間。

あれを見て「明日は我が身」と思った親御さんもけっこういるのでは。

私の周りにはいた。
男の子を持つお母さんは日々ストレスに苛まれている。

子どもが犯罪者にならないように、オタクや引きこもり、ニートにならないように、自立できるように・・・
そんなことを思いながら子育てしていたりする。

親がしっかりしていれば、まともに育つはずだ、と子どもを『まとも』に育てる自信がある親御さんはどれくらいいるのだろう?(『まとも』の定義は置いておく)

逆に『まとも』に育てる自信がない人は子どもは持たないほうがいいのかもしれない。

だから、上野千鶴子氏の言うことも理解はできる。
親御さん達も「自分の子どもがオタクになったらどうしよう」と心配しているのだから。

これほどにオタクは社会から嫌われている。
それはオタクも分かっている。

なので、子孫を残さないサイレント・テロに参加しているオタクも多いと思うよ。
上野千鶴子氏の願いは叶えられているのである。

・・・・・・・・・・
余談その2。

弱者側だとする人や正義を掲げる人の攻撃性に辟易したことがある。
ワシはたまに発達障害について話題にする。きれいごとなしで。

が、それが気に食わない、障碍者に対する差別だ、障害をネガティブに捉えるなんて失礼だ、と思う人もいるのだろう。

実際「気分が悪い」と某コミュニティでメッセを受けたこともある。

それだけではなく、こちらの人格攻撃、「これを言えば凹むだろう」というような容赦ない罵詈雑言もあった^^;
まるで攻撃する権利があるかのように。

そう、フェミやリべサヨの姿と重なるのだ。
相手を悪に仕立て、正義を掲げて思う存分に攻撃する。
あるいは、きれいごとを延々と並べ立てる者もいる。

ネットでは本当によく見かける。
ま、皆、自分が気に入らない者は悪に仕立て攻撃し、自分の考えを正当化し、正義だとしたいのだろう。

※関連記事
「きれいごととえげつない現実に押しつぶされる人々」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-22-1

・・・・・・・・・・
余談その3。

差別について、なるほどと思った砂鉄氏・説教おじさんのツイート発言を紹介。

https://twitter.com/satetu4401より転載。

【多くの人間が「他人を差別せずに暮らせる」のは「上の人間が代わりに差別してくれている」からだよ。差別や偏見なしにこの世界を生きる事は不可能だ。差別と偏見は命を守る鎧であり、これを捨てるようなバカは死ぬしかない】

【つまり何が言いたいかっつーと「上からの庇護を受けられない立場」の人間って言うのは「あらゆる集団にレッテルを張って差別することで比較的安全なルートを進むことで生き延びてる」わけよ。これを止めて、下々の人間のように差別反対みたいな事をやると、一瞬で食われて死ぬ】

【つまりね、差別を無くそうだとか、偏見を捨てようなんてのは「強い人間に守られた状態でのみ許された贅沢」なんだよ。自分で自分を守る必要が無いからこそ、そういう贅沢を楽しめるんだ。アホのヨーロッパ人は移民に身の安全を脅かされてようやく極右政党に投票してるが、ああはなるなよ】


https://twitter.com/partyhike/status/762855468762935296より転載。

【差別意識のない人間なんていないんだよ。それに自覚的な人と無自覚な人がいるだけだね。自身の差別意識に無自覚な人は、他人の差別的な言動を強烈に批判するけど、そういう奴に限ってより大きな差別を平然とやらかすんだよ。自分が正義だと盲信している人ほど、手加減のない暴力を振るうものだからね】

転載終わり。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


自殺願望・若年層女性に多い [自殺・イジメ・差別・生き方]

2017年1月31日追記。

興味深いデータ。
https://twitter.com/mobany_com/status/825869698956812289

↑男女それぞれ魅力的だと感じる異性の年齢表が載っている。

女性は自身の年齢が上がっていけば、魅力的だと思う男性の年齢も上がるが・・・
男性はどんなに自身の年齢が上がろうが、魅力的だと思う女性の年齢は20代前半まで。

ネット界では30代以上の女性はBBAと呼ばれる所以が分かった気がする^^;
男性だけではなく、女性(若い子)までもが気に入らない年上の女性をBBAと呼んでいる。当然、そこには嘲笑・蔑視の色が混ざっている^^;

(また、ワシのように自身のことをババアと呼んだりする場合もある。いわゆる相手からの攻撃を回避するため、自分から先に「私はババア・ブス・キモオタ・バカ・頭が悪い・最下層・ゴキブリ・細菌・有害です」と卑下しておくのだ。で「生きていてごめんなさい。早く死ねるといいんだけど」と謝りながら、毒舌を振るうのである^^;)

昔、よく言われていた女はクリスマスケーキ=25過ぎたらどんどん価値が下がり、30になったら価値はゼロという価値観が復活してきたの~。

石原都知事がお示しになったババアの定義=出産可能年齢が過ぎた女性よりも厳しいかも?

女性に将来の希望はなし。価値はどんどん落ちていくのだから。
とはいっても、それは男性に気に入られる価値=恋愛・結婚。

なので恋愛や結婚に重きを置かなければ、そう絶望するほどのことでもないのだが、世間の呪いは強固だからな。呪われている女性はたくさんいるだろう。自殺したくなるのも仕方ない。

で、男性は自身の年齢が上がっても、とにかく若い女がいい・・・ということは、女性に対し若さと美以外の価値は見い出せないということでもある。

普通、年齢が10も20も違ったら、話合わない。世代が違うと考え方もかい離するし。
男性にとって女性はトロフィーであるということか。

そんな男性と真剣につきあい、果てに生活を共にすることになっても、女性はあまり幸せになれない気もする^^;
いや、男性はATMだと割り切れれば、それはそれでいいのかもしれないけれど。

と、そんなことを思ってしまった。
まあ、こんな呪いで、将来に希望尾が持てなくなり、自殺願望を抱くのはもったいない気もするが・・・きっとBBAの僻みと言われてしまうのだろう^^;

・・・・・・・・・・
2016年9月8日本文。

産経新聞にこんな記事が出ていた。
「4人に一人が本気で自殺したい」

・・・全国20歳以上の男女の意識調査の結果だという。また全体の6・8%が過去に自殺未遂をしたことがあると回答。過去1年以内に自殺未遂をした人は推計53万5000人いるとした。

本気で自殺したいと考えたことがあると回答した人、内訳。
女性28・4% 男性22・6%

20代 34・9%
30代 34・2%

若年層が高い数字を示した。
ほぼ3人に1人。

自信をもち、物おじせずにチャレンジを重ね、成功をものにし、ランクが上がっていく強者にとっては、この変化の激しい競争社会・ランク付け社会は刺激的でおもしろく、ワクワクしながら、強くたくましくパワフルに生きていけるんだろうな。

一方で、それができない者もいる。そういった社会にどうしてもなじめない。
自分も「生きていてごめんなさい」タイプだ。

ところで・・・自殺願望者は女性のほうが多いのか。
年齢が上がっていくと価値が落ちていく、若ければ若いほどいい、という世間の『本音の価値観』も関係しているのではないか。

そう、将来は価値がゼロになるのだ。
そんな価値観の社会で暮らすのだから、未来に希望・夢などもてるはずがない。

続きを読む


タグ:自殺

己を守りたいなら自尊心・あえて恋愛工学を擁護してみる [自殺・イジメ・差別・生き方]

短編小説「これも何かの縁」より34編目アップ。
「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02

やっとオタク漫画家・沢田文雄が登場。

番外編「蝉」に出てくる一人称・僕のイメージと重なりますね^^;
でも、沢田は「僕」じゃありません。
ただ、長山春香とは深く関わっていくキャラです。

長山春香は、これより36編目で登場。
長山春香視点の彼女を語った話は37編目から。

縁がどんどんつながっていきます。

※番外編「蝉―僕のランク」はこちら。
http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-05
あらすじ→学校で下位ランクの『僕』、最下層女子『長山春香』に何を思う。


さて、当ブログでよく話題にしてしまう「恋愛工学」だが、ついに早稲田大学の教授・森岡正博氏が言及し、恋愛工学批判をしたことで、この界隈が盛り上がっている。

森岡氏のツイートより、批判記事がリンクされている。
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/827089554771365888

「恋愛工学はなぜ危険なのか・女性蔑視と愛の砂漠」
http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20170202/1486027602

これに対するみんなのコメント集
http://b.hatena.ne.jp/entry/ta-nishi.hatenablog.com/entry/2017/02/03/164734#tw?u=kennoshin

ちなみに藤沢数希氏は今のところ、ノーコメント。他の人のコメントをRTしているだけ。

んで、こんな記事も出てきた。
「森岡先生の『正しい』言葉が、恋愛工学生に届かない理由」
http://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2017/02/03/164734?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

「中年男性が恋愛工学のメルマガを読んで思った賛成と違和感と疑問」
http://takmon-pv.hateblo.jp/entry/%E4%B8%AD%E5%B9%B4%E7%94%B7%E6%80%A7%E3%81%8C%E6%81%8B%E6%84%9B%E5%B7%A5%E5%AD%A6

ついでに、これも紹介しておこう。
「セックス中毒とうつで苦しんでいた、あの頃の僕・伝説的ナンパの神様が懺悔の告白」
https://courrier.jp/translation/43966/

・・・と前置きはこれくらいにして・・・

森岡氏が言われている通り、恋愛工学(藤沢数希氏のメルマガの内容・相談者に対する答え)は、ま、確かに女性蔑視だろう。

なのにハヤシよ、まだ恋愛工学を擁護するのか~?

そうじゃ、ワシは今をときめく恋愛工学のブランド力にあやかりたく、遠くから応援する最下層のキモオタなのじゃ♪

(そんなハヤシに応援されるなんて、恋愛工学生たちにははた迷惑かもしれんの)

擁護というか、なぜ恋愛工学のような教えが男性の間に広まり、盛り上がってしまったのか・・・

そこには社会の童貞や非モテ男性に対する嘲笑、侮蔑、そして「恋愛しないといけない、エッチしないといけない」という呪いがあるからではないか、とワシは思うのじゃ。

その呪いに男性もかかってしまい、中には劣等感をこじらせてしまった人もいるのでは、と。

「女性蔑視」だけ世間は騒ぐが・・・
男性だって恋愛偏差値が低い者(オタク、コミュ障害、ブサメンなど)は蔑視されているだろう・・・。

そう、ワシのキャラ「沢田文雄」のように。

森岡先生のツイートにもリプしたが・・・
おそらく恋愛工学生は、今まで女性に無視されたり、ATM扱いされ搾取されたりして、被害者意識も強いのではないだろうか。

バブル時代あたりまでは、男性が女性に被害者意識を持つなどあまりなかった・・・それは「男らしくあれ」という社会の圧力があったからだろう。
で、実際にまだ男性上位の社会でもあった。

女子は短大に行くのが普通であり、男性の補助的な仕事をし、寿退社をし、専業主婦になる生き方をするのが大半で、経済力がない女性は弱者として扱われることが多く、その分、若い女の子は多少の我儘は許されていた気がする。
バブル時代、男女機会均等法が設立されても、そういう空気がまだ残っていた。

大の男が、女の子に被害者意識を持つなど恥ずかしい、カッコ悪い、奢るのは当たり前であり、奢ってその見返りがなかったとしても我慢するのが当然だと、男性自身も思わさせられていた。

けど、今はそれがなくなってきている。
本当の意味で男女平等になってきたのだ。

だから男性だって、女性に搾取されるのは嫌だし、女性から散々搾取されたあげく無視されたり振られたりすれば、バカにされたとして劣等感を刺激されるだろう。

そのため、明け透けな女性蔑視にまみれた恋愛工学が一部男性に受けているのかもしれない。

はまっている男性は、たぶん女性不信に陥っているのだと思う。
信頼関係など築けるはずもなく、女性と関わるなら利用されないようにこちらから利用してやるくらいの気持ちでいるだろう。

女性嫌悪・不信感があるなら、女性と関わるなと言いたいだろうが・・・
社会が「恋愛しろ、エッチしろ、それができない者は惨め、童貞は恥ずかしい」と圧力をかけ、「モテ男を目指せ」「非モテ・モテない奴は負け」という空気を作る。

エッチしたいという男性ならではの欲望もあるだろうが、世間の「エッチしないなんておかしい」「中年童貞なんて恥ずかしい」との圧力も後押ししているだろう。

これはもう仕方ないことなのだ。
恋愛工学生にひっかかりたくなければ、女性が自衛するしかない。
彼らは別に違法行為を犯しているわけではないのだから。

というか、ナンパされ、知らない男についていくのだから、女性だってやり捨てられるのは覚悟の上だろう。
そこから恋愛に発展するのかは、本人次第。

「ヤリ捨てられた、酷いわ~」と女性が言っても、「いやいや、それ覚悟の上だよね?」と誰もが思う。

昔は、男性もエッチした女性には責任を感じ、エッチ=「正式につきあっている・結婚も視野に入れている」という覚悟もあった。

けど、女性の方が性の解放を望み、「エッチしたくらいでオレの女扱いしないでよ」「女が複数の男とエッチを楽しんで何が悪い」と言うようになり、むしろ、そういう女はカッコイイという空気も生まれ始め、自由奔放な性を謳歌するようになった。

が、それは男からやり捨てられて被害者面する資格を失った、ということでもあるのだ。

性犯罪を行うとしてもごくごく一部だろう。
性犯罪を行う者は、恋愛工学がなくても行う。

キモオタのワシは、宮崎勤事件を思う。
宮崎勤がオタク趣味だったと言って「オタクは気持ち悪い、オタクはけしからん」という風潮になり、オタクが毛嫌いされ、上野千鶴子氏が「オタクは滅んでいってほしい」とナチス的発言を許すほどに有害視され、今もなおその空気は残っている。

が、宮崎勤は、アニメやマンガがなくても幼女に対する犯罪を行っていただろう。
B7JTiDhCEAAPDt3.jpg

世間を騒がせた大学生たちの集団暴行事件も・・・今だけの問題ではなく、おそらく昔からあったのでは?
今は明るみになり、報道されるようになっただけのこと。

女性蔑視は、あきらかに昔の方が酷かった。
昔は、女の方に隙があった、女も悪かった、とよく言われていたし、女性の方も被害届を出しづらい状況にあっただろう。

自尊心を護るために、他者を蔑視する、よくあることだし、女もやっていることだ。
恋愛工学生に限らない。

メルマガの内容含め恋愛工学は、一般の人から見て、あまりに明け透けで眉をひそめる内容なのは確かだが・・・

一般の人が眉をひそめることなく哂うことができてしまう『非モテやオタク、ブサメンをバカにするような恋愛指南記事、漫画や小説作品』のほうがタチが悪いと、個人的に思う。

漫画「タラレバ娘」でも、主人公が恋愛戦闘力を計り、ブサメンとイケメンの数値の差を「哂い」にしている。

今の時代なら・・・男女逆にして、ブスと美人の数値の差を哂いにすることも、さほど罪悪感なくできてしまう。

椰月美智子氏の小説「恋愛小説」では、美人主人公が、オタクデブス女子をあからさまに嫌悪し、ばい菌扱いするが、読み手はその主人公の行為に眉をひそめることはない。そういう描き方がされている。
デブスオタク女子はばい菌扱いされても仕方ない、そういう空気を作ってしまう、とても自然に・・・。

恋愛工学が、罪悪感なく女性蔑視できるような内容になっているとして批判するなら・・・

オタク、非モテ・童貞、ブサメン、ブス、デブなどなどいわゆる「恋愛偏差値が低くなってしまう要素を持った者たち」を罪悪感なく蔑視できてしまう空気、彼らをバカにし嘲笑しイジメを誘発する空気を作りだしている社会のほうがずっと問題のように思うのだが。

ま、いずれにせよ、この世から蔑視はなくならない。
女性蔑視に限らず、いろんな蔑視がある。

なので、女も男も自尊心を持つために、まずは世間の呪いから解放されようぜ。

蔑視したい奴にはさせておけ。

大多数が蔑視してくるなら、それはもうそういうものだとしてあきらめるしかない。
他者を蔑視して優越感を持ちたいのが人間じゃ。

どうしても辛ければ、えげつない社会から早くおさらばできることを願おう。
なので自殺も仕方ない。安楽死が自由化するといいよね。
偽善者たちは反対するかもしれないが、偽善者たちも二枚舌を使い、自覚なく差別をする生き物である。

モテなくても恋愛しなくても結婚しなくても別にいいじゃん。

同様に、愛なしのエッチ目的のみで生きてもいいじゃん。

ナンパは何の問題もない。嫌がる女性を無理やりに拉致し、犯すわけじゃないんだから。やり捨ては違法行為ではない。性の解放は女性も望んだことだ。

愛のない単なるエッチゲーム・・・どの程度の容姿のレベルの女とどれくらいエッチできたか、その成果を競うのが楽しいんだとしたら、それはそれでいいと思う。

そういう価値観もありだ。
傷つくと思うなら、身を守りたきゃ、関わらなきゃいいだけの話。

本当の意味での価値観の多様化により、恋愛や結婚にこだわらない人がもっと増えれば、女性も男性も劣等感を刺激されなくなり、呪いが解けていくのでは、と思う。

呪いが解ければ、劣等感をこじらせる人も減り、よって蔑視することもされることも少なくなり、不幸になる人も減っていくのではと。

そこでこの記事を紹介しておこう。

「君たちにとって真の脅威は恋愛工学徒などではない」
http://oreno-yuigon.hatenablog.com/entry/2015/09/23/151054より一部転載。

【軽んじられる女に共通するのは、なぜか異常に自己評価が低いということだ。
「私なんてブスだから・・・」なんて言葉を吐く女がいたら、その瞬間男は「あ、こいつチョロいな」と感じる。
チョロいだけでなく、軽んじるようになる】

【恋に恋してる女は軽んじられる傾向がある。「男がいないとダメ」みたいな自立心のない奴は、なんとなくチョロい印象を与えてしまうだろう】

転載終わり。

男も女も自尊心を高く持ったほうが、不幸を回避し、己の身を守ることにもつながるのだろうな。

男も女も、他者から蔑にされたら、軽んじられたら、逃げよう。
他者の見下しは不幸の入り口じゃ。その人物から離れよう。

相手に「ちょろい」と思われた時点で、その関係は切ったほうがいい。

気持ちはそう簡単に割り切れない、と反論する人もいるだろうけど・・・
そこを切り替え、感情支配から何とか抜け出すのが理性の力じゃ。不幸回避の道じゃ。

理性の力を得たいなら、DJあおいさんのサイトが一番参考になるかもしれん。
http://djaoi.blog.jp/archives/cat_116456.html


反対に、ちょろいと思う人間とも、つき合わないほうがいい、己が見下している人間からも離れたほうがいい。

支配欲は満たされるかもしれないが、「こいつには何をしてもいい」と相手を傷つけ、最悪、触法行為にまで発展するかも。
あるいは相手から恨まれ、復讐されるかも。

見下した相手を利用して関わるなら、合わせ鏡となり、己に返ってくるだろう。


なので短編小説「これも何かの縁」に出てきた「郷田浩」も、「福田みすず」から離れて正解なのだ。
彼は福田みすずを軽んじ、見下していた。結婚したとしても上手くいかなかっただろう。

ま、みすずはちょろい女ではないし、蔑にされれば怒り、闘える女だけど。

「沢田文雄」も「福田みすず」も恋愛からは離れたキャラだが、自分なりの道を見つけ、幸せになることじゃろう。

相手を思いやった恋愛し結婚し家庭を持った四条静也・理沙や小林和彦・真理子が、彼らより上位、幸せである、という話にはしたくない。
よって、沢田文雄や福田みすずに、彼らを理解し合いしてくれる異性が現れ、恋愛し結婚する、という話は考えてない。

世間一般の大多数の人は、「家庭と持つこと」を最高の幸せとし、「だから結婚しよう」と導くが、それは「違う生き方をしている者は下位」という価値観ができてしまい、それができない者への蔑視へとつながる気がする。

※ちなみに「お見合い編・福田みすずVS郷田浩」の話はこちら。全4編。
「苦い縁談」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-03
「ドライなお見合い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-10
「出しっぱなしの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18
「桜の葉」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-25


・・・ということで、相変わらず長くて、つまらん文章だな^^; 

おまけに自分の小説を宣伝しようとしているところが実にあざといが・・・人権を重んじ差別を許さないと言う上野千鶴子総統からでさえ「滅んでほしい」と言われている最下層のかわいそうなオタクの一人ということでお許しを。

ただ、愛すべき女性を見つけ結婚したい恋愛工学生もいるようで、そこは「?」である。
女性蔑視しているのに、女性を愛することなどさすがにできないだろう。単に支配できる女性を見つけたいのだろうな。

いや、恋愛工学生は独身を貫いてエッチ道にまい進してほしいと個人的には思うぞ。

教祖の藤沢数希氏も結婚の怖さを説いているようではないか。
https://twitter.com/kazu_fujisawa/status/827778954945667073

目指せ、伝説のスーパーナンパ師、亀仙人・エロ爺さん♪

ところで、もしも数多くの一般の人が恋愛工学を支持したら、ワシは反旗を翻し、恋愛工学批判へ走るじゃろう^^; だって昔のような女性蔑視社会になるとワシも困るもの。
批判や擁護の理由などこんなもんである。

数多くの人が恋愛工学に批判的だからこそ、ワシは安心して擁護できるのだ。

あと、前にも書いたけど、これも言っておこう。

恋愛工学がダメなら、同じことを言っている水野敬也の「LOVE理論」もダメだよな。
けれど「夢をかなえるゾウ」で有名な水野氏は批判されてない。今でもご活躍。

そんな水野氏は容姿にコンプレックスをもっているようで、男なのに一重瞼の目が気に入らないようじゃ・・・いやあ、今の時代、ほんと容姿が重要みたいね。

ま、日本人離れした容姿の人間が増えるといいよね。白人系・アラブ系の移民受け入れれば、容姿がマシになるかも^^; 容姿が劣ると見られている人は淘汰され、容姿に優れた人のみが子孫を残せばいいと思うよ。容姿がいかに重要かを知っている女子も、相手の男性の容姿は無視しないだろう^^;

いずれにせよ、誠実で健全な正しい恋愛ができている人ってどれくらいいるんだろう???

※関連記事
「女子力も呪い化?婚活女のステータス」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-28-1
「差別大好き」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-17
「見下しエッチゲーム?恋愛工学について」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-21
「キモい攻撃・どうなる恋愛工学・モテるって大変」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-31-1
「厄介な男の友情と恋愛工学とフェミ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-04
「えげつないのは?LOVE理論VS恋愛工学」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-07

「オタクは滅びてほしい・上野千鶴子のナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24
「エッチしない若者を揶揄する毎日新聞系マンガ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-16-1
「オタク女子を悪しざまに描いた作品について物申す」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-20-3

続きを読む


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(2) 
共通テーマ:恋愛・結婚

フェミよどうする? 女性の権利VSイスラム教 [自殺・イジメ・差別・生き方]

2月13日追記。

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/ueno.chizuko

お? 我らがフェミの星・上野千鶴子氏、移民難民受け入れに慎重な態度を示したか?
そりゃ、ドイツ見たら、そう思うよな。

イスラム教徒に女性の権利を説くのは不可能だし、彼らから見れば、日本の女性の姿は娼婦に見えてしまうかも。特にパンツ見えそうなミニスカ女子高生。彼らからすればそういう格好をしている女が悪いという感覚だろうな。

労働力不足については・・・これからAIが伸してくるだろうし。
ま、どっちを選んでもプラス面マイナス面があるわけで、どれを優先させ、どれを我慢させるか(犠牲にさせるか)だよな。

https://twitter.com/mobirufosugang2/status/830659093601804288
↑けど・・・上野千鶴子氏、さっそく一部リべサヨ界隈から攻撃されている?

・・・・・・・・・・
1月15日本文。

少子化がとまらん日本。
労働力も不足するし・・・すると移民に頼るしかなくなる?

あるいは「正義」のために、難民を大量受け入れするか。
リべサヨも難民大量受け入れを支持している様だ。

フェミはリべサヨ的考えの人がとても多いが、やはり難民大量受け入れに賛成なのだろうか?

そこでこれを紹介。(移民と難民は違うが・・・)

「助けてください―ドイツの難民問題・ドイツ人少女が訴えるドイツの悲惨な現状」
https://www.youtube.com/watch?v=g8eeb6a6oiA

「ついに「難民批判」を解禁したドイツ政府の驚くべき変わり身・きっかけはベルリン・クリスマステロ」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50646


・・・何かドイツも大変そうじゃの。

そこで、ふと思った。フェミは、イスラムの教えをどう思っているんだろう?
フェミであれば、女性蔑視、男女差別と受け取るのが当然だよな?

さて、そこでもしも難民としてイスラム教徒が大量に入ってきたら、女性蔑視的な彼らの考え、価値観を、フェミは批判せずに、そのまま見て見ぬ振りをするのか???

※イスラム教徒は女性蔑視しているつもりはなく、女性を保護しているという考えだ。よって女性に自由を与えると、女性を護る(監視する)のが難しくなるので、女性に対し様々な制限を加えているのである。

イスラム教徒の多くの男性はこう思っているだろう。
「女が肌をあらわにした格好・ミニスカ太もも丸出しで歩いているのは、襲ってくださいと言っているようなもの」

女性が自由に一人で夜出歩くのも、イスラム教徒にとっては「?」だろう。
それも「襲ってください」と言っているようなものだから。

で、イスラム教徒の男性の中には、やはり実際に襲ってしまう人も出てくるだろう。
けど彼らはたぶん「女が挑発したから」と受け取り、反省しないかもしれない。

そう、彼らの価値観では「そういう格好をしている女性が悪い」となるのだ。

フェミはそんなイスラム教徒を批判できる?

日本人男性が、モテを目指すナンパ師、非モテを脱却したい男たちが、イスラム的考えを支持したらどうする?

襲われたくなきゃ肌を出すな、夜に出歩くな、外出するなら保護者である父か兄弟、夫に付き添ってもらえ、と言ってきたら?

「イスラム教徒はいいけど、日本人男性のみ、そういう考えをするのはけしからん」というのは通らない。
それこそ差別だ。

と、うちの四条静也も言うだろう。

うむ、四条静也って誰? と思ったそこのあなた、こちらをどうぞ。

※短編小説「これも何かの縁」より
「聖夜」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-16
あらすじ→若夫婦の聖夜。性夜になるのはお約束。が、なぜか女性の人権VS男性差別の議論に。

「セクハラ鏡餅」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-24-4
※あらすじ→表現の自由VS女性の人権。下らない戦いが始まった。鏡餅の雑学もあり。

「セクハラ恵方巻き」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-24-5
※あらすじ→静也VSフェミニスト・みすず。またもや下らない戦いが。恵方巻きの驚くべき由来とは。


おっと、話を元に戻そう。

フェミはイスラム系難民、大量受け入れを支持する? それともしない?

もちろん、イスラム教徒のごくごく一部が女性を襲うことがある、ということだ。全員ではない。
日本人だって強姦事件を起こしているのだから、大量に受け入れれば、そういうことをするイスラム教徒も出てくるだろう。

けれど、考え方や価値観がまるで違う彼らを教育するのは難しい。

女性の方が、服装を考え、夜は出歩かず、一人の外出を控え、注意するしかない。

難民を助けるのは人道上、当たり前のこと、できるだけ受け入れるべきと考えるのならば・・・
日本女性の権利が阻害されることは覚悟しないといけないかも。

どちらかを優先することになる。

難民のほうが悲惨な暮らしをしているのだから、日本女性は多少のガマンはすべきと言うなら、それはそれで一つの考えだろう。

が、日本女性の権利をしっかり守りつつ、しかしドイツのようにイスラム教徒大量受け入れもする、というのは難しい気がする。

イスラム教徒は大量に子どもを産む。
その子どもは当然イスラム教徒になるだろう。

将来、イスラム的価値観は日本社会にかなりの影響を与えることになるかも?

イスラムの教えは「女性を護る」ということで女性の自由を制限するものだ。
女性の自由は奪われ、女性の権利は後退する方向へ行くかもしれない。

何かを得るなら、何かを捨てるしかない。
パーフェクトはありえない。

・・・と、小林和江も言っておる。

小林和江って誰? と思ったそこのあなたはここをどうぞ。

※短編小説「これも何かの縁」より。

「七夕の願い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-03-1
あらすじ→アラフォー独身女・小林主任の話。妊娠した理沙へマタハラを行ったとして静也からも嫌悪されているが、彼女には彼女なりの考え方があるのだった。

「厄落としの忘年会」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-6
※あらすじ→アラフォー独身女子・小林和江の人生哲学とは。


ということで何を優先し何を犠牲にするか(捨てるか)、個人も社会も問われているのかもしれんの。
正義を行うには、それなりの犠牲も伴う。

その犠牲を受け入れることができるかどうか、じゃの。

女性にとって目障りであるオタクは滅びっていってほしい、と公言できる上野千鶴子も、女性の自由を奪うイスラム教徒は滅びっていってほしい、とは、たぶん言えないだろう^^;

オタクには何を言っても許されるが、イスラム教徒や移民、あるいは難民に対して滅びてほしいなどと言ったら、それはもう差別だとつるし上げられてしまう。

イスラム教を信仰する彼らが女性へ暴行し、性犯罪を行ったとしても、それはごくごく一部の人がやっていることで、分けて考えないといけない、としたり顔でいうんだろうな。

が、性犯罪者が日本人でオタク趣味だったとなると、なぜかオタク全体を性犯罪者予備軍扱いする。
上野千鶴子は「オタクは平和に滅びていってほしい」と発言した。

あるいはナンパ師や恋愛工学生なども、一部フェミは性犯罪者予備軍扱いしている。

だけど、本当に女性の自由と権利を護りたいなら、イスラム的価値観を否定し、難民といえどイスラム教徒の大量受け入れは反対しなければ筋が通らない。

でも、おそらくそういうことはスルーするのだろう。
だからフェミはいまいち信用されないのかもしれない。

そーいや、日本社会でも、イスラム教徒に限り、奥さんは4人まで持っていい、ということになるのかしら?
法律的にどうなるのかしら???

「イスラム教徒に限り許す」となると、それも差別かも。

あと難民に生活保護支給など社会保障もきちんとしてあげなければならないので、保育園のことなどは後回しになるかも。

ゼロ歳児一人につき年間500万のコストがかかるのだから・・・
それよりも難民を救おう、というのであれば、それもまた一つの考えじゃの。

生きるか死ぬかの難民の苦労に較べたら、日本女性は我儘???

ま、自分の権利をどこまで譲れるか・・・リべサヨやフェミはきれいごとなしで語ってほしいものじゃ。

※そ~いや、共謀罪についてもリべサヨは反対。テロを事前に防げなくても仕方ない、というのがリべサヨの考えらしいの。国家権力を増大させてはならない、そのためなら国民がテロで殺されても仕方ない、ということで、結局、何を選び何を犠牲にするか、だよな~。

※関連記事
「差別大好き」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-17
「オタクは滅びてほしい・上野千鶴子ナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


家族崩壊・秋葉原通り魔事件の犯人の弟、自殺 [自殺・イジメ・差別・生き方]

知らなかった・・・。

「秋葉原連続通り魔事件・犯人(加藤智大)の弟は自殺した」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39034

一部転載。

【「兄が母のコピーなら、僕はコピー2号。でも、僕は兄と同じことはしない」—。弟は悲痛な叫びを残して、みずから死を選んだ。大事件のあと、加害者家族を待っていたのは、拷問に近い日々だった。

「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。

死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」

そう語った青年は、その1週間後、みずから命を絶った。彼の名前は加藤優次(享年28・仮名)。日本の犯罪史上稀にみる惨劇となった、秋葉原連続通り魔事件の犯人・加藤智大(31歳)の実弟だった】

転載終わり。

そういえば、宮崎勤の父親も自殺、高校1年の同級生を殺害した元女子生徒の父親も自殺したっけ。
宮崎勤事件の後は、オタクが性犯罪者予備軍扱い・異常者扱いされ、未だ、オタクは世間から嫌悪される存在となった。

同じ趣味を持っているだけで犯罪者予備軍に見られてしまうのだから、その家族となったらそれはもう差別されまくるだろう。

いや、でもそれが世間というものだよな。
きれいごとは言うまい。自殺するしかなかったのだろう。この世から逃げる最後の手段だ。

ところで、犯人の母親は、こういった虐待をしていたらしい。

以下転載。

【事件直後、加藤は「両親は他人だ」などと供述。テレビでは母親の虐待に関する近隣住民の証言が取り上げられた。そして事件から1週間後、優次は本誌で告白をした。それは次のような内容だった。

〈小学校時代から友人を家に呼ぶことは禁じられていた〉

〈テレビで見られるのは『ドラえもん』と『まんが日本昔ばなし』だけ〉

〈作文や読書感想文は母親が検閲して教師受けする内容を無理やり書かされた〉

〈兄は廊下の新聞紙にばらまいた食事を食べさせられていた〉】

転載終わり。

そして、弟は自殺し・・・両親のほうは・・・
以下転載。

【地元の信用金庫の要職にあった父親は、事件から数ヵ月後に、退職を余儀なくされる。自宅には脅迫や嫌がらせの電話が相次ぎ、電話回線を解約した。記者の訪問も後を絶たず、マスコミの姿に怯えながら身を潜めて暮らした。

一方、罪の意識にさいなまれた母親は、心のバランスを崩して精神科に入院】

転載終わり。

ああいった事件を起こしたのは、母親の虐待のせいだけではないだろう。
犯人は非正規で絶望的な未来しか描けなかった、とも言われている。
非正規となった犯人は、親からどういう扱いを受けていたのだろう。

うちの沢田文雄も就職に失敗し、親はため息ものだった。
それでも沢田は最初から出来が悪かったので、両親は過剰な期待は抱かなかったものの、敗北感を味わっていただろう。
沢田もそれを感じつつ、それでも好きな漫画があったからこそ救われた面もあるかもしれない。

情熱を注げるものがあったかどうか・・・これは大きいかもしれない。

※沢田文雄って誰? と思ったそこのあなた、短編小説「これも何かの縁」より34編目をどうぞ♪
「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02


これからはAIが伸してくるらしいから、将来はほんと仕事がなくなるかも。
2045年あたりには今、人間が行っている仕事の50パーセントはAIにとってかわられるんだとか。

世間は少子化を問題にするけど、むやみに増やしても仕方ない気がする。

前記事で話題にした「生活保護手取り月30万円せしめ、子殺しした翌日は家族でディズニーランド」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-29のような夫婦に子どもをたくさん産んでもらっても、社会問題になるだけでは・・・?(この夫婦は一人子を殺した後、6番目を産んだ)

おっと、そんなことを言うと、人権侵害、差別主義者だとリベラルな人たちから攻撃されてしまいますね。

「オタクは滅んでいってほしい、再生産しないでほしい、彼らはいずれ不良債権になるとしても・・・」と発言する上野千鶴子は許されるらしいけれどね^^;

まあ、オタクに限らず、この社会で子を持つことは考えものだ。

そこで、↓この記事を紹介。

「家族の弱体化によって介護や子育てといった次世代再生産機能を担う人間がいなくなってしまったのは、ぜんぶ個人主義が悪い!」
http://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2016/03/04/131851


日本の少子化による労働力不足もAIで充分補える。

というか、AIに勝てる人、AIにできないことができる人じゃないと、仕事にあぶれるってことで・・・
「自分に似てもいい」という自信のある者だけが子どもを持つんじゃないかな。

結婚を躊躇する人、慎重になる人は増えていき、品定めもさらに厳しくなるだろう。

ま、その厳しい恋愛市場・婚活市場で勝ち抜き、激しい競争の中で選び選ばれた者だけがカップルとなり、そういう人たちが子孫を残す、というほうが社会のためにもいいのではとも思う。

そういった人たちの遺伝子は、きっとコミュニケーション能力が高く、容姿も良く、物おじせず積極的で明るく、頭も良く(=順応力、情報処理能力が高く、努力するだけではなくきちんと結果を出せる力がある)、仕事もでき、人間関係を構築する力も長け、なにもかもがハイレベルに違いないっ^^;
AIに負けることもない能力を持っているだろう。

自分の遺伝子は残す価値があるのかどうか、自分の性質を引き継ぐ子孫がこの日本社会でやっていけるのかどうか・・・見極めが必要のよう。

けど労働力不足はAIで補えるようになるし、便利な世の中になるだろう。
つまらない仕事はAIにお任せ。
プラス面のほうがずっと大きいとも思う。

何にせよ、少子化はどんどん進むだろう。
そして家族がいるからと言って幸せになれるとは限らず、最悪な形で崩壊するケースもあり、地獄を見るリスクもはらんでいるわけで・・・気楽な独身を選ぶ人が増える気もする。

この秋葉原無差別殺人事件のケース・・・親は責任の取りようがなく、絶望しながら、ただただ死ぬのを待つだけの人生をこれから歩むのだろうな・・・。
子を育てるというのは本当に責任重大だな。

※関連記事
「オタクは滅んでいってほしい・上野千鶴子のナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24

・・・・・・・・・・
余談。

短編小説「~縁」の四条理沙も子育てでは苦労しているが、もちろんいいこともあるし、幸せを運んできてくれる・・・けど、たぶん、仮に子どもがいなくても四条カップルは幸せな人生を歩んでいたとも思う。

対して、小林真理子は、ピアノが上手い才能豊かな娘・恵美子のために意気揚々と尽くし、子育てに生きがいを感じ、この上ない幸せをかみしめている。母・真理子にあるのは「将来への夢と希望」だ。こういうケースもあるんだろうな。

ご興味持った方、こちらをどうぞ。

※短編小説「これも何かの縁」より。

39編目「孤独と幸福の狭間で」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-23
あらすじ→近所の主婦に子への虐待疑惑のウワサが。理沙も近所の目が気になり育児に心が疲弊する。

40編目「地蔵盆・子どもを見守るお地蔵さん」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-24
あらすじ→虐待主婦の話に進展が。地蔵盆の雑学あり。

32編目「満開の桜に夢を見る」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-24
あらすじ→才能豊かな娘に恵まれ、専業主婦として誇りを持ちながら子育てをする真理子。

続きを読む


タグ:家族

差別やむなし [自殺・イジメ・差別・生き方]

短編小説「これも何かの縁」より・・・
44編目「マイノリティ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-10をアップしたので、それに因んだテーマで語ってみる。

この回の話では・・・
自分の娘を、児童養護施設の子どもたちが通う一緒の学校に行かせたくないと考える和彦のことを描いたけど・・・

ワシは和彦の気持ちも分かるのである。

ある人が言っていた。
「差別とは、自分と異質なものを排除し、自分から遠ざけようとする感情でもあり、それは自分と自分が属するコミュニティを守るために必要なものである」と。

上層に位置する者は「守るべきもの」が多く、そのため警戒心が必要だという。
なので差別は当然の感情であると。

和彦の場合、守りたいのは娘の恵美子。恵美子にとってマイナスになる要素はできるだけ排除したい。で、プラスになるようないい環境を与えたい。それだけなのだ。

和彦のように考える親は意外と多いのでは。
なので「お受験」もあったりするのだろう。

やっぱ学校の環境って大切だ。

ワシは鈍くてトロかったし「いじめられっこ」体質だったんで、ガラの悪い学校に入れられていたら、まあ、いじめられただろうな、と思う。

ワシは親の仕事の関係で、転校することが多かった。
なので、2つの中学を経験している。

中1から3年の2学期終わりまでは、国立大付属中学校に通った。

国立大付附属はご存じのように、入試はさほど難しくはない。どっちかというと「抽選」で、つまり運で決まる。

が、それでも国立大付属を受ける子の親は教育熱心であり、勉強が全くできない子は受験しないだろうし、受けたとしても試験で落とされるため入ってこない。ある程度、粒がそろっているのだ。

で、生徒は皆、基本的に真面目。授業中、騒ぎ立てるなんでことはまずなかった。

当時は、先生も非常に熱心で、補習授業などもあった。
自分たちの学年の生徒らをいかに多く、偏差値トップの県立高校に入れるか・・・それが先生たちの目標でもあったようだ。

「偏差値の高い高校を目指すこと」を最上とした価値観を持つ中学校だった。

ワシにとっては・・・「友だちをたくさん作れ」「人気者になれ」「活発になれ」と言われるよりは、シコシコと勉強し、いい成績をとるほうが、はるかにラクであり、居心地の良い学校だった。

勉強さえできれば、優位に立てる。
性格的にちょっと変わっていても、勉強ができれば決して虐められない。

今の時代のようにカーストがあって、お友だちや彼氏彼女がいること、おしゃれでセンスが良くイケていること、コミュニケーション能力が高いこと、ダサいのはダメでオタクもダメ、などなど、そういったことが求められていたら、劣等感に苛まれ、ストレスで辛い学校生活を送ることになっていただろう。

だが、3年の3学期で転校となり、別の県の普通の市立中学校に通うことになった。

そこは・・・授業中、走り回る生徒がいたり、先生に対し蹴ったりする生徒もいたり・・・
授業中、騒がしいのが当たり前。私語をする生徒だらけ。

先生は、騒がしい生徒や走り回っている生徒は無視し、そのまま授業を進めている。

そんな学校だった。

もしも、その学校に中1からずっといたら、たぶんワシのような人間はお勉強することなく、高校入試で非常に困ったことになったはずだ。塾に行くハメになっただろう。

その上、ワシは愚鈍だったし、一般女子が興味を持つことに全く興味が持てない変わり者だったんで、ハブられ、おそらくイジメられたかもしれない。

ただ、そこは3年の3学期しかいなかったし、高校入試で休んだりしたので、そこの中学校との縁は非常にうすかった。なのでそういった害は受けてない。

学校選びはかなり重要だ。

いや、しっかりした、強くてたくましく、周りに感化されずに勉学に励み、ガラの悪い連中に目をつけられないように、虐められないように人間関係をそつなくこなし、己の身を守れる強くて頭のいい子どもならばやっていけるだろう。

けど、そういうことが苦手な、弱い子どももいるのだ。

自分の身を守るため、自分とは合わない人間・自分にとってマイナスになりそうな人間・害になりそうな人間を遠ざける・・・誰でもやっていることだろう。

それが自分の子どものこととなれば、なおさらだ。

なので、和彦の考えは『当然』とも思っている。

とまあ、そんな考えになったのも、わりとごく最近。
それまでは単純に「差別はいけない」と思っていた。甘いきれいごとでしたね^^;

いつもネタにして申し訳ないけど・・・
女性の人権向上のために働いている上野千鶴子氏も「恋愛弱者やオタクは、性犯罪を起こさず、再生産されずに、平和に滅びて行ってほしい=淘汰されてほしい」と、ナチスな考えを堂々と発言されていたそうだ。

人間は差別するのが当たり前なのだ、とここにきてワシも思い知った。

自分にとって気に入らない人、価値観が合わない人、理解できない人、生理的に受け付けられない人、気味悪い人・気持ち悪い人・・・そういう人は遠ざけたいし、関わりたくない。

で、そういう人はつい悪者=「犯罪者予備軍」に見えてしまうこともあるのだろう。
人間のサガなのかもしれぬ。

なので「オタクのような気持ち悪い者はこの世からいなくなってほしい」という上野千鶴子氏の気持ちも理解できるようになった^^;

この世からなくすには、殺すか自殺してもらうしかないだろうけれど、上野氏もそこまでは望んでいないようで、ただ再生産されずに淘汰されることを願っているようだ。

なので、お互い、関わらない、距離を置く、これくらいしか解決方法はない。
理解し合うなんてことは不可能。

ということで・・・
いじめ問題については一つだけ、「無視される」「仲間外れにされる」というのだけは仕方ないと思っている。

その代り、友だちがいないヤツはダメ、独りぼっちは恥ずかしい・寂しい・哀れ・かわいそう、という価値観がなくなればいいと。

友だちなんていなくていいじゃん、価値観の違う者が仲よくなれるはずもなく、無理してつきあうこともない。

ただ・・・友だちがいないことでも問題視し、ややもすると犯罪者予備軍扱いする大人がいるからなあ。

世間は何かと「普通ではない人」「基準外の人」「平均から外れた人」など、自分と違う者を問題視したがり、見下し、ややもすれば悪に見立て有害視したがる。

だから児童養護施設の子どもも問題児扱いされるのも仕方ないのかもしれない。

学校=クラスは、ある期間、人間関係が固定し、流動しない。
どんな育ちの、どんな子が集まって来るのか・・・教育熱心な親ほど気になるだろう。

子どもはもろに周囲の影響を受ける。

自分の子を守るために必死になるだろう。
それが今の和彦の姿なのだ。

児童養護施設の子どもたちを問題児扱いする和彦は間違っているかもしれない。
でも、これも仕方ないのだ。

だって上野千鶴子氏のように、オタクを性犯罪者予備軍扱いし、有害視する人もいるのだ。

ほかには・・・中年童貞、自衛隊員や米兵、恋愛工学生を性犯罪者予備軍扱いする人もいる。

その一方で、イスラム系難民や移民、在日外国人を、性犯罪者予備軍扱いし、有害視したら、「差別だ、偏見だ」と言って怒り、正義面したりする。

結局、自分が守りたい者だけを守りたいのだ。
そして印象だけで『害を及ぼす可能性がありそうなカテゴリーに属する人間たち』を差別する。

守りたい思いが強ければ強いほど、差別主義者になる気がする。
フェミニストが、男性差別に走り、男性の人権など考えなくなるように。

ま、女性を人間扱いしない男性もいるので仕方ないとも思う^^;

だから、それぞれ差別やむなし。

ひとくくりにするな、偏見をやめろ、というのは実は難しい。
オタクや恋愛工学生の一人が性犯罪を起こせば、そのカテゴリーに属する者すべてが警戒され、犯罪者予備軍となる。米兵、在日外国人、移民難民も同様。

でも・・・医師・医学生らの集団婦女強姦事件が続いたけど、医師を性犯罪者予備軍扱いする人はあまりいないよな。

うん、結局、好き嫌いの問題かも。

オタクや恋愛工学生は嫌悪されているので、犯罪者予備軍に見立てられる。
自衛隊や米兵が嫌いなリべサヨも、彼らを悪に仕立て犯罪者予備軍にしたがる。

一方で、医師が嫌いな人は、まあ、あまりいない。医師がいないと困るし。
だから医師というカテゴリーが悪に仕立てられることはない。

人は、自分が嫌いなカテゴリーを差別したい。

で、自分を守るために、自分たちを敵視している者(または自分たちが敵視している者)、そしてその者が所属するカテゴリーを攻撃する。

相手を悪に仕立て、自分の価値観を正義としたい。
なので仲良くなることなどありえない。

異なった経験を積んだ価値観の違う者同士が話し合って理解し合うのは難しい。
よって、和彦と和江が分かり合うということもないだろう。

誤解なきよう。
和江や文雄が「差別しない人間」「偏見を持たない人間」ということではないのだ。

和江や文雄はたまたま施設出身の人間とのつきあいがあり、施設育ちの四条夫妻や長山春香がルールを守り、問題など起こさない真面目な人間であることを知っているので、和彦の考えに違和感を持てただけのことだ。

和江は和江で、専業主婦の真理子とはウマが合わず、そのことでどこか専業主婦に偏見を持ってしまいがち・・・。
文雄は、郷田浩のような人間=郷田と同じようなカテゴリーにいる人間が苦手であり、郷田に似たタイプの人間に対し、警戒するはずだ。

そして、もし四条夫妻や長山春香が粗暴で問題を起こす人間だったら、和江も文雄も、和彦と同じ考えを持ってしまっただろう。

差別や偏見は誰の心の中にもあるもの。
なくすのは難しい。


※ほか、和江VS真理子、文雄VS郷田浩の話はこちら。
「お金が縁を左右する」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-02
あらすじ→小林家のお正月。アラフォー独身女子・和江と弟夫婦との確執が始まる。

「満開の桜に夢を見る」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-24
あらすじ→小林和江の義妹・真理子の思い。和江とは相性が悪い真理子。その専業主婦としての誇りとは。

「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02
あらすじ→小林和江の従弟・オタク漫画家沢田文雄登場。自身に劣等感を抱く彼の過去とは。

「同窓会」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-01
あらすじ→オタク漫画家・文雄、高校の同窓会へ。いじめっ子元同級生と会う。沢田のとった行動とは。


※関連記事
「オタクは滅びてほしい・上野千鶴子のナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24
「フェミよどうする? 女性の人権VSイスラム教」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-06


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


タグ:オタク 差別

ブス弄りする底意地悪い人 [自殺・イジメ・差別・生き方]

3月27日追記。

「各方面からフルボッコの茂木健一郎氏」
http://npn.co.jp/article/detail/27468333/より一部転載。

【自身のツイッターで、「日本のお笑い芸人たちは、上下関係や空気を読んだ笑いに終始し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無。後者が支配する地上波テレビはオワコン」と発言し、お笑い芸人やテレビ業界を批判した脳科学者の茂木健一郎氏。このつぶやきは大きな騒動に発展したが、茂木氏の意見に大御所芸能人たちが続々と反論した】

・・・とのこと。

茂木さんはあまり好きじゃないが・・・確かに後輩への虐めのように見える弄り、あるいは女性へのブス弄りで哂いを取ろうとするお笑い芸人、いや、お哂い芸人が支配するテレビ界はもうオワコンでいいんじゃね?

人を哂いものにする芸人さんたちによって、イジメ空気が作られるし。

・・・・・・・・・・
3月7日追記。

「日本版『アナと雪の女王』現象とは何だったのか―英語版とまったく違う物語の秘密」
https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20170306-00068399/

一部編集転載。

【この歌が「ありのままで」「このままでいいんだ」というメッセージを与え、多くの女性たちが励まされた。
しかし実際には、この歌を「ありのままで」と訳すことによって、映画のストーリー自体もまったく作りあげられしまうという、ある種「日本版『アナと雪の女王』」になっていることはあまり知られていない。日本語版は、英語版とは全くの別物になっているのだ。
本来の英語版では、「ありのままで」ではいけないというストーリーである】

【あるテレビ番組では、アラフォーのタレントさんと女性アナウンサーが、「このままでいいんだ」というメッセージを受け取って、励まされたと熱く語り合っていた。

たいして爆笑問題の太田光さんは、「変な不細工な女が、松たか子の歌、歌っちゃってさ。『ありの~ままの~♪』なんて言っちゃってさ、お前ありのままじゃダメだろ! ブスと雪の女王」と、そういった現象を揶揄していた。
他にも男性タレントは、総じてアナ雪現象を「気持ち悪い」と揶揄し、女性たちの熱狂と対照的であったと記憶している。】

転載終わり。

キレイであること、キレイになろうと努力することを求められる日本の女性は疲れているのかも。
だから「ありのままでいい」という歌詞に救われたところもあるのかも。

けれど男性はそれを許さないようだ^^;

ブスはほんと生きづらい^^;

痩せなきゃダメ、おしゃれでないとダメ、化粧で何とか「見られる顔」にする・・・いやあ、女性が美にかけるエネルギーってすごいけど、それを本当に楽しんでやっている人ってどれくらいいるんだろう。

化粧しないと見られる顔とならず・・・いやあ、ありのままの素顔ってそんなに醜いですかね。
まあ、きっとみんなを不愉快にさせてしまうのだろう、とくに日本人(東洋人)の顔は。

ありのままでいいじゃん、もちろん、認められることはあきらめなきゃいけないんだろうけど、そんなに認められたいのか? とも思う。この底意地悪い社会に、底意地悪い人間たちに。

もう認められなくてもいいじゃん。自分が快適に過ごせる程度の生活さえできれば。(って、これが難しいのかもしれないが・・・)
醜い素顔に醜い人間、醜い社会、ありのままに醜くいこうぜ^^;

そう、ブスブス言っている日本の男性陣も貧相というか、けっこう醜いぜ^^;
世界基準でいけば、日本人の男性も相当にブサイクでみっともない。体も貧弱だし。
女性を哂う資格はないのだ。

貧弱、貧弱、貧弱~♪(おっとジョジョを思い出すぜ)

海外の女性から見ると、貧弱な肉体の日本人男性など、男としての魅力ゼロかもしれないな^^;
肉体も貧弱だから、その劣等感から心も貧弱になるのかもな。

東洋人の中でも、端っこに位置する島国・日本はほんとうに醜い人種らしいよ。大陸系と違い、混血がほとんど入り込まなかったのが原因のようだ。

もち「醜いか美しいか」は、白人至上の社会が決めているんだけどね。
白人からみれば、日本人は「土人」に見えるようじゃ^^; ま、醜い黄色い猿ね。

ま、日本の場合は少子化がすごい速度で進んでいるっていうし、醜い日本人が減って、いいんじゃないですかね。
上野千鶴子氏は「オタクは再生産されずに滅びていってほしい」と発言していたが、醜い日本人そのものが再生産されずに滅びっていくのが「美」のためかも~。(おっとサヨクが大喜びしそうな考えじゃの。ナチス思想じゃ)・・・

うむ、ワシも喜んで淘汰されようぞ。醜い遺伝子は再生産しないようにしなくては。おまけに世間の嫌われ者のオタクだし。皆を不愉快にさせないように、できるだけ閉じこもるっちゃ。

ということで・・・英語版では「ありのままではいけない」「閉じこもってはいけない」「心の扉を開いて」というメッセージらしいが、底意地悪い日本では「閉じこもって、世間と距離を置いて、自分の心を守れ」となるしかない^^;

なので、ワシは「長山春香」をあのように描いているのじゃ。

※短編小説「これも何かの縁」より、長山春香の話はこちらをどうぞ。
「醜い世界」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18
「梅雨明け・孤独な幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
「秋の夜長・読書週間」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-06

※関連記事
「愛子さま、激やせ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-01-1
「えげつない本音・美容整形の果ていあるもの」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-28
「オタクは滅びてほしい・上野千鶴子のナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24
「ミスワールド日本代表はハーフ・世界基準では日本人はブス?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-14-1
「合唱する中学生の容姿をバカにした某社会学者の不快な発言」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-09-26

・・・・・・・・・・
3月1日追記。

短編小説「これも何かの縁」より40編目「同窓会」更新。http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-01

ここの話でも「ブス」という言葉が結構出てきてますね^^;

小説に限らずブログ記事エッセイでも、今現在の美の価値基準から外れた容姿をしていることを指すに当たり、とりあえず「ブス・ブサメン」という言葉を使用しているけれど・・・

「美しさとは社会の中での価値観」ということで、この記事を紹介。
https://note.mu/keisakusato/n/n7d80747e0947

この記事によると、ブス、不細工、世界的に見ると・・・日本人女性は他の人種の男性たちから、さほどブスとは見られていないらしい? 一方、日本人男性はブサイクらしい^^;

まあ、何にせよルッキズムの人って・・・厳しい~
https://twitter.com/a_n_tokyo/status/835412430431768577

子育て中、家の中で、そんな美容とかおしゃれとかやってられないって。
上から目線でかわいそう扱いのマウンティング・・・いやあ、えげつない世の中です。

・・・・・・・・・・
2月21日本文。

「おぎやはぎ小木、ブスが飲まされる理由を分析 ・みんなお前から逃げたいから」
http://news.livedoor.com/article/detail/12673778/

・・・というようなテレビ番組があったらしいの。ワシはテレビをあんまり見ないので、こういった情報には疎いのだけど・・・

それについて、↓このような記事が目に留まった。

「女性は自分のことをブスだというべきではない」
https://cakes.mu/posts/15423

一部転載。
【こういう人の見た目をネタにこき下ろしたり笑う番組というのは、日本の地上波テレビでは「普通」に放送されています。

男性評論家やお笑い芸人は、女性や目下の人対してブスだ、生きる資格がないなどと、いいたい放題です。反撃されないと思いこんでいるので、それほどひどくはない顔の造形を否定し、体型を否定し、人格を否定し、お茶の入れかた一つを笑い者にします。

まるで相手が泥人形か何かのように、です。

しかしそんな男達の顔は、正直いって平均以下で、頭髪は寂しく、金とテレビに出ているという事実がなかったら、誰も寝たいと思わないようなゲスな人間にすぎません。

しかし、私が嫌だなと思うのは、こううい番組が当たり前のように放送されることで、見た目を笑うことは社会的に当然のことだと思いこんでいる人が大勢いることです。

他人を笑う側の人間だけではなく、笑いものにされる方の人も、当然だと思いこんでしまっています】

転載終わり。

ということで、この記事では・・・自分はブスだと思い、結果、自信をなくし、積極性をなくし、活動の自主規制にはまり、人生そのものを委縮させる危険性を説いているようです。

なるほどなあ・・・でもつい「ブスですみません、生きていてごめんなさい、できるだけ引っ込みますね」って思っちゃうよなあ。そうしておけば、それ以上は攻撃されないしね。一種の予防線ってヤツだ。

日本のようなイジメ社会で生きるには、とりあえず卑下して謝っておけばいいや、と安易に考えてしまう。

もち、あまり自尊心が低いことを示せば、相手はさらに増長し、こちらを虐めてくる、無礼な態度をとり、軽く見て、侮辱し、悪けりゃイジメてくるだろうけれど。

何にせよ、こちらを蔑んでくる人とは関わらないことである。
ワシも予防線張ったあとは逃げる。

ただ・・・男性だけでなく女性も「調子に乗った(積極的な)ブスは嫌い」「ブスが調子にのっているとムカつく」という意見をツイッターなどで見かける。

椰月美智子の「恋愛小説」でも、調子にのったブスキャラをこき下ろしているし、辻村深月の「ゼロハチゼロナナ」「盲目的な恋と友情」でも身の丈に合わぬ夢を抱いたブスの末路は周囲を巻き込んで不幸になる、という結末だった。

世間全体「ブスの自覚を持ち、ブスは調子にのるな、美人以外は分をわきまえろ」という空気に包まれているような・・・^^;

でも、日本のように明け透けに容姿や若さが求められる先進国はやはりめずらしいようで・・・
まあ、人の見た目を哂う社会って、教養がないというか、文化度が低いというか、頭悪そうで品はないよな。(なんて言うとブスの僻みと批判されちゃうかな^^;)

ワシの物語「~縁」キャラ・長山春香のような目に遭っている女子はわりといるのかもしれない。

※短編小説「~縁」より悲惨なイジメを受ける長山春香の話はこちらをどうぞ。
「醜い世界」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18
「梅雨明け・孤独な幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20


それにしても、お笑い界ってレベルが低いの。
イジメや蔑視、侮蔑で哂いを取ろうとする最低の行為に、ワシは笑うどころか、嫌悪感しか持てないのだけど。

今は無き島田紳介、松本人志もそうだったけど、この手の男性って意地悪さが顔ににじみ出て、ほんと醜いの~。

※島田紳介は過去、フィギュアスケートの伊藤みどり選手の容姿をあげつらい、バカにした。さすがにスタジオはシーンとなってしまい、微妙な空気が流れ、島田紳介もばつが悪そうだったが。それとは別に、スピードスケートの女子選手の太ももがかなり太いということで、からかったこともあったっけ。とにかく女性の容姿を哂う芸人という印象。やめてくれてよかったと思っている。

いや、お笑い界だけではない。
作家の林真理子がエッセイにも書いていたが・・・女優の吉行和子も相当に意地悪かった。

林真理子が結婚した時の事。
当時、ワイドショーでコメンテーターでもしていた吉行和子は、林真理子の花嫁姿を「馬子にも衣装」と言って哂ったのだ。
その時の意地悪そうな顔・・・いやあ、上から目線の美人を気取っているだろう女の醜い部分を見せてもらいましたって感じ^^;

林真理子は吉行和子を「意地悪そうな顔」「忘れない」と言い、かなりご立腹の様子だった。
私も同じ感想を抱いた。
女優・吉行和子は作家・林真理子をかなり下に見ていたのだろう。

これで女優・吉行和子がどんなに名演技をしても、ワシは「意地悪い女」としてしか見られなくなった。

もちろん意地悪な役柄の時には「おお、ぴったりじゃん」と思うが、優しい役を演じても全てウソっぽく見える。

ということで、この世の中、男も女も意地悪い奴は相当に意地悪いで~。

だから、長山春香を描いたのだ。
現実にああいう目に遭っている子はいるだろう。

だって、大人社会がこうなのだから。

ま、これが日本社会のレベルだということで、この醜悪な社会の下位層に属するからといって、本当は卑下することはないのかもしれない。

マウンティング意地悪見下し社会に疲れているそこのあなた、オタクの世界は楽しいぞ。

さてさて・・・
そんなワシは気に入っている人&興味ある人の発言やツイートはまめにチェックする。
真の勝ち組女性の忌憚ない発言にも注目している。

その本音トークを紹介しよう。

https://twitter.com/a_n_tokyo/status/828166971363463168
【弱く格好悪い男ほど無礼で、強く格好良い男ほど優しい】

https://twitter.com/a_n_tokyo/status/828162796898578433
【私が見てきた限りでは、男で東大京大卒のような学歴があっても無職やワーキングプアになるのは圧倒的に苛められっ子気質の人。ひ弱なのに、学校名を根拠に苛められっ子が図に乗った感じの人。苛められっ子は空気読めないから、一線を越える。そして、ブン殴られる(比喩です)】

https://twitter.com/a_n_tokyo/status/828161609033871360
【ヒトも所詮は動物だから、ひ弱なのが偉そうだと本能的に受け入れられない。人によってはムカつくものなのよね。苛められっ子が図に乗る感じ、それがダメな人は多い。
群れを率いるリーダーには動物としての強さ、そういう資質が必須だと思う】

現実は・・・そうかも・・・だよなあ。
だから、「これも何かの縁」では、「福田みすず」「沢田文雄」のことを考えてしまう。

で、これは男女逆にしても言える話。
というか、そういう風に思っている人は割と多い気がする。

世間の価値観により「負け組」とジャッジされた人は人に見下され、こうして嫌われる。

ひ弱そうなのがエラそうだとムカつく・・・か。
「ブスが調子に乗っているとむかつく」と通じるものを感じる^^;

けれど【弱く格好悪い男ほど無礼】は当たっているかも。
かの小木さんというお笑いの人も、そうだろう^^;

というか、育ちが悪そう。育ちのいい人間は無礼な態度をとらないし、意地悪くないもの。

そう、このツイート主の言うことは当たっているのだ。

なので、意地悪い人間=育ちの悪い人間からは離れた方がいい。

ちなみに育ちがいいって「お金がある・裕福である」ってことじゃないからね。愛されて育ったか否か、周囲の人間関係、人間環境の良し悪しのことを言うのだ。

意地悪い人自身、さほど愛されず、周りの意地悪な人たちが多かったのだろう。
確かに「周囲から見下され虐められて育ったけど、性格はいい」なんて人というのは、ま、いないだろう。人間、そんなに強くないもの。
どうしても性格が歪む。これは仕方ないことだ。

そういうことでは気の毒かもしれないけど、意地悪な気を周囲に振りまき、イジメ社会を作っていくので害悪だと思う。

※そーいや、この小木さんって、容姿を弄られるのが嫌になって辞めた女性芸人のことも、批判していたっけ。プロ根性が足りないって。
・・・いやいや、プロなら、安易に人の容姿を貶して哂いをとろうとすることこそ恥ずかしい気がするのだが。

いや、別にブスが嫌いでいいんですよ。
女もブサメンが嫌いだろうから。

お互いに貶し合いましょう。
ま、容姿が劣っている人間をバカにしていいという空気は作られてしまうけれど。

オタクよりも、こういった人たちのほうがよほど有害なのでは、と・・・産業廃棄物・負け組・最下層キモオタのハヤシは思ったのでした。ま、負け犬の遠吠えということでお許しを。生きていてごめんなさいね~。安楽死の自由化を求めます。イジメ世界からは退散、退散。

小木さんという人(45歳だって? いやあ、なんだかね・・・)、娘がいるそうだけど、娘さんがブスブスと虐められても、それを批判する資格はなくなっちゃったね。

ま、もっとブスやブサメンが嫌悪されるのはごもっとも。
つうか日本人(東洋人)は白人から見ればほぼすべてブスとブサメンだろうから、日本人そのものができるだけ少なくなっていったほうがいいよね♪ 少子化万歳。まさに「日本死ね」だね。
ブスとブサメンの日本人同士が容姿を貶し合う醜い世界・・・実に香ばしいですな。上野千鶴子じゃないけど、平和に滅んでいきましょう。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
余談。

ワシのブスキャラといえば、長山春香のほか、福田みすずもいるのだが・・・彼女についての物語を紹介します。

「嫁き遅れの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-25-2
※ここで福田みすずは、容姿が劣る従姉の花嫁姿を哂った親せきたちを見て、自分は結婚式は絶対に挙げないと誓うシーンがある。女優の吉行和子のような人はけっこういるのだろう。

「クリスマス・コンプレックス」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-5
※福田みすずの学生時代、痛い過去の話。容姿コンプレックスは厄介じゃの。

そして、そのコンプレックスを受け入れ克服する。福田みすずのお見合い編・全4編は↓こちら。
「苦い縁談」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-03
「ドライなお見合い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-10
「出しっぱなしの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18
「桜の葉」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-25

続きを読む


タグ:イジメ ブス

安楽死とオタクヘイト [自殺・イジメ・差別・生き方]

まずは「なるほど~」と思った記事を紹介しよう。

「政治を5分で理解するための教義」
http://www.tsukasa-h.com/entry/2017/03/29/203351

リバタリアン(自由主義)ほか、リベラル(平等主義)、コミュタリアン(保守派・共同体を大切にする派=いわゆる普通の人)と、3つに分けて説明されている。

確かに。
「自由=リバタリアン」が多様な価値観を示す、社会の変革者になるかもしれぬの~。

※ちなみにこれは『恋愛工学生』の記事だ。藤沢数希氏を敬愛しているのだろう恋愛工学生は論理的思考に優れた人が多そう。世間でいう『ナンパ師』というイメージからはかけはなれている^^; うん、その論理的なところ=説得力を武器にすれば、本当に変革が可能になるんじゃないだろうか。

ワシの小説「これも何かの縁」では・・・
コミュタリアンは、小林和彦・真理子、小林敏子、郷田浩がここに入るかな。
リバタリアンは、小林和江、福田みすず、沢田文雄、長山春香だ。

四条夫妻は家族主義・家庭第一のコミュタリアンでもあるけれど、他者から距離を取り、ほかのコミュニティから距離をとり、自分たちの世界を築き、マイペースに生きているリバタリアンでもある。

明確に分けられるものではないが、このキャラはどっち寄りだろう? と考えると面白いかも。

※短編連作小説「これも何かの縁」の目次はこちらです。
http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28


もちろん・・・リバタリアンだからといって、共同体=コミュニティを100%否定しているわけではないのだ。
ただ、そのコミュニティの風通しを良くしようよ、ということなのだと思う。

入るのも出ていくのも自由。
流動性のあるものにしよう、ということなのかも。

もちろん、無責任であっては困るので・・・責任をとる上での自由ってことね。

どの程度の責任を負わせるのかは、また別問題だけど。

固定した人間関係は、安定をもたらす一方で、上手く行かなかった場合、地獄を見ることもあるからなあ。


さてさて・・・前置きはこれくらいにして・・・

前記事でSAPIOに載った藤沢数希氏の一夫多妻制の話をネタにしたが・・・
実は、ワシが気になったのはSAPIO「安楽死サークル」の記事じゃった。

本当にラクに死なせてくれるなら、ワシも入りたいなあ。
そのためならがんばって金を貯めるぜ♪

けど、スイスは遠い。条件厳しそう。なかなか認められないんだろうな。現実問題、言葉の壁が大きいし。
「もう、ここいらでそろそろ」と思ったとき、快適に死なせてくれることが望みだよなあ。若者にも迷惑かけたくないしね。

別にガンなどの病気でなくても、いつでも本人の自由意思で安楽死が認められるようになると最高だよな。

まず世間様の「老後はどうするの~」という脅しが一切、効かなくなる。
なので老後を考えて委縮したり心配する必要もなくなる。
本当に自由に生きられる気がする。
いろいろと冒険もできそう。安定を考えなくていいのだから。

で、こうしたら、どうだろうか。

安楽死を望む者は100万円を国に納めないと、安楽死させてもらえないというルールをつけてみては、と。
そして、そのお金は自身のお金であることが条件だ。

要するに、ラクに死ぬために100万はかかるということだ。

そうすれば、リべサヨも安心だろ?
貧乏人・恵まれない人は安楽死したくてもできないのだ。

よって貧乏だから、恵まれないから安楽死に追い込まれるということはない。
誰かに安楽死を強制させられることもない。

それとも100万円じゃ足りない?
300万? 500万?

「ラクに死ねるなら、それくらいがんばって資金を作る」と言う人、けっこういるのでは。
ワシも作ろうぞ。

安楽死は恵まれた一部の人たちのものとすればいい。

けれど、たぶん「安楽死する権利を、金持ちだけじゃなく、私たち皆によこせ。貧乏人を差別するな」となるんじゃないだろうか。

続きを読む


オタクとサイコパス [自殺・イジメ・差別・生き方]

追記。

NHKで「雪崩で亡くなった高校生の、オタクグッズがたくさん並べられた部屋」が報道されたようで・・・
http://blog.esuteru.com/archives/20011932.html

「死者を辱めている」など他の人のコメントを見ても分かる通り、「オタク趣味は恥ずかしい」「オタク趣味は隠しておきたい」という「オタクは恥」という感覚がほとんど。

※ただ、この高校生の親は、息子の趣味を恥ずかしいとは思っていなかったということだろう。だから公開した。

それでも・・・徐々に変わりつつあるかもしれないけれど、未だ「オタク趣味は隠しておきたい、表にできない、公にするのは憚れる」=世間から見下され馬鹿にされる趣味、気持ち悪い趣味というのが一般の認識のようだ。

オタク趣味だった死者に対し「気持ち悪い」「恥ずかしい趣味を全国放送であばかれてかわいそう」というようなコメントも並び、オタクは侮蔑の対象にされている。たとえ高校生の死者でも、世間は容赦ない。心の中で見下して哂う。それが現実。

なんて醜く底意地悪い。
って・・・あ、いえ、ごめんなさい。皆さんにとって醜いのはオタクのほうでしたね。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
本文。

まずはブサメン蔑視ツイートを紹介。

https://twitter.com/psalm0909/status/785022674749632512より転載。
【美人からしたら、恋愛対象外のブサイクな男が告白してきたらほぼ犯罪予告みたいなもんなのかもな… 「あなたにちんこをいれたいと考えております!」って言ってきてるのと同じだもんな 断っても逆恨みやストーカーしてくる可能性あるし】

https://twitter.com/butaille/status/785027124000415744より転載。
【告白が「あなたにちんこを入れたいと考えております!」の意思表明だと考えると、仲良くもない相手にいきなり告白することの何が不気味なのかよく分かると思う】

ブスも辛いけど、ブサメンも辛そう。告白だけで犯罪者予備軍扱い。

恋愛ごとに関わると、ブスは見下され哂われるだけだけど、ブサメンは気持ち悪がられ、もはや有害。

けれど非モテや童貞をバカにし、恋愛しろ、エッチしろとうるさい世間様。
一部男性が、ナンパに精を出し、女の子をモノ扱いして狩るゲームをするのも仕方ない気もする。

ナンパは不法行為ではない。嫌なら女の子のほうは誘いに乗らなければいいだけの話。
イケメン=好みのタイプであれば乗るのも、女の子の自由だしね。

けれど女の子に迷惑をかけないオタクが一番かもしれない。

え? オタクは存在そのものが迷惑?
まあまあナチスのようなことは言うな。

それに男からしたらブスも存在そのものが迷惑だろう。東洋人である日本人のほとんどは世界基準からしたらブスがほとんど。だからお互い様だ。

というわけで、えげつない世界から退散して、君もオタクの世界にこないか♪
ま、上野千鶴子氏や椰月美智子氏など、オタクが大っ嫌いな人たちで占められる日本社会ではあるが。

キモオタのワシもできるだけ『真っ当な普通の価値観を持つ一般人』に接触しないように気をつけている。
オタクには近寄ってほしくないだろう『世間が良しとする価値観を持つごく一般の普通の人たち』には迷惑をかけたくはない。それくらいの気遣いはあるつもりじゃ^^

独りでも充分楽しいぜ。

そう、オタクになるもよし、恋愛工学などナンパ道にはまるのもよし、もちろん世間様が推奨する正しい恋愛を求めるのもよし、法に触れなければ生き方は自由。

体の健康はもちろんだけど、心の健康が一番大事。
心が壊れたり歪んだりすると厄介だぜ。
そうならずに済む道を行くのじゃ。

だって・・・↓こういうのを読むと・・・
https://twitter.com/Aglaia_as7

なんかさ、世間の価値観から離れないと不幸になる気がする。
いや、合っている人はいいけれど、合わない人は。

ただただ劣等感を募らせるだけ。

ワシも世間からの外れ者じゃが、若い時は夢中になれるものがあって幸いだったと思う。
劣等感はあったけど、そいつを忘れされてくれるくらいに夢中になれるものがあった。なのでとても楽しかった。

ワシにとって、それは漫画であり、ピアノであった。
漫画もピアノも基本独りでつきつめていく性質のものだったから、より救われたかもしれん。

※ショパンと対話しながらピアノを弾くことと、架空のキャラと対話しながら漫画を描くことは、ワシの中では同じ行為だが、世間様は、前者を「素敵」と思い、後者を「気持ち悪い」と思うようじゃ。

そう、オタク道のいいところって、独りで楽しめるところ。

ま、世間は独りでいることを良しとせず、かわいそう、寂しそう、不幸だ、と言い、あげくのはてに「サイコパス」扱いするけれど。

世間様の言うことも分からないではない。たしかに世間から外れているから、『世間に共感する』ってことは少ないかも。

で、ワシはオタクを嫌悪する世間を嫌悪している。
うん、たしかに反社会的ですね♪

だから、いつまでもねちねちとオタク蔑視した上野千鶴子氏をネタにする。

※関連記事
「オタクは滅んでいってほしい・上野千鶴子のナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24

なので心が歪んだサイコパス認定でいいです♪
とても愛にあふれ温かい世間からオタクが一掃されるといいですね♪

ちなみにサイコパスとは・・・反社会性人格障害(APD)。サイコパスの特徴は極端に自己中心的で、慢性的な嘘つきで後悔や罪悪感が 無く、冷淡で共感が無い・・・とのことです。

そーいや、恋愛工学の藤沢数希氏への批判に「サイコパスだ」との言葉もよく聞くっけ^^;

オタクと恋愛工学って『普通の真っ当な人』から嫌われているという点で一緒だね^^;

(だからワシはつい恋愛工学に肩入れしてしまうのかもしれぬ。もち、女性蔑視の点は共感できないが、それについては一部女性も男性蔑視しているところもあるので、どっちもどっちでお互い様だろうという認識じゃ)

そんなオタクは、過去、サイコパスだったのだろう宮崎勤と同一視され、有害視されてきたっけ。
世間の価値観に合せようとしないことから反社会的・自己中心的と思われ、協調性に欠いていることから冷淡で共感がないと受け取られるのかもしれないな。

B7JTiDhCEAAPDt3.jpg

いやあ、ほんと、生きていてごめんなさい。自殺できるといいのだけど。
ま、再生産はしませんので許してください。安楽死自由化よろしく♪

そんなキモオタ・サイコパスの有害なハヤシは、「~縁」の中の沢田文雄と長山春香の思考に一番近い^^;

というわけで、世間の普通の人たちと距離を置く沢田文雄と長山春香のお話はこちら。
連作短編小説「これも何かの縁」より。興味を持った方はぜひ。

「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02
※あらすじ→小林和江の従弟・オタク漫画家沢田文雄登場。自身に劣等感を抱く彼の過去とは。

「醜い世界」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18
※あらすじ→壮絶なイジメを経験した漫画家の卵・長山春香の話。四条静也と理沙との接点も明らかになる。

「梅雨明け・孤独な幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
※あらすじ→社会からの爪弾き者の沢田文雄と長山春香、それぞれの視点から。海の日の雑学あり。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


親からも嫌われるオタク [自殺・イジメ・差別・生き方]

オタキングこと岡田斗司夫氏:「オタクの息子をもつ母親の相談に対する答え」
http://blog.freeex.jp/archives/51227624.html

↑2010年の記事。
「29歳のオタクである息子」について、母親からしたら「子育てに失敗した」というのだけど。

それに対する岡田氏の答え。
一部転載。

【あなたは息子が嫌いなんです。気持ち悪いオタクなんて、我が息子でもイヤだ。
かまわないと思いますよ、息子が嫌いでも。もうお互い、嫌いでも困る年じゃないし】

【子育ては、子供を幸せにすることではありません。一人前の社会人にすることです。一人の人間が一人前になるには30年~35年かかるという覚悟が必要です。

それを三段階に分けて説明してみましょう。
i. 育児期間 15歳まで
ii. 教育期間 25歳まで
iii. 社会貢献期間 35歳まで

でもここで問題なのは、そんな気持ち悪い男と、なぜ一緒に住んでいるのか、ということです。
A. 育児期間において、互いが嫌いなのは大問題です。
B. 教育期間において、互いが嫌いなのは不幸です。
C. 社会貢献期間において、互いが嫌いなのはバカです】

転載終わり。

さすが岡田氏。
愛人騒動問題はあったけど、頭はいい人なんだろうな。

ああ、頭がいいからこそ、ちょっと頭の悪い人を下に見てしまい、特に女なんてバカに見えてしまうのかもなあ。
まあ、この答えは、たくさんスタッフがいて、岡田氏一人だけではなくスタッフたちの考えも含まれているようだけど。

そして、その愛人騒動については「岡田氏はそんなに悪いことをしたのか?」と今では思っている。ほかの人たちのゲスい恋愛事案を知ったからというのもあるけれど。それについては別に改めて語ろう。

まあ、それはともかく。
オタク趣味に理解がある親もいらっしゃるだろうけど、たぶんレアケース。
気持ち悪い、情けないと思う親御さんのほうが大半だろう。

親御さんの気持ちもわからなくはない。
「立派でなくていい、普通に育ってほしい」と思いながら、お金と時間をかけ、子育てに莫大なエネルギーを使う。

が、その結果、育ったのは、世間から蔑まれ嫌われ気持ち悪がられるオタクだとしたら・・・

親はもうガッカリだろう。

おっと、きれいごとはなしね。
親だって人間だ。聖人ではない。欲もあるし、自分なりの希望や夢もある。

子どもに期待するな、夢を持つな、というのも酷だ。

あんな大変な思いをして育てたのに・・・ただただ後悔。
親によっては「産まなきゃよかった」と思うかも。表にして言ってはいけないから、言わないだけかも。

だって、オタクのワシでさえ「自分の子どもはオタクであってほしくない」と思ってしまうんだもの。
(うむ、いつもネタにしている上野千鶴子を批判する資格ないよな^^;)

それだけ世間の価値観って大きい。なかなか無視できない。
オタクのネガティブイメージは強力だ。オタクの闇は深い。

自分はオタクだけど、子どもはオタクであってほしくない。
そう考えるオタク、意外といるのでは。

そして、実はオタクである自分も心の底ではオタクを嫌っているのかもしれない。

オタクはみんなの嫌われ者。

なので、キモオタのワシもかつて『普通の人』になろうと努力はしてみた。

もうピアノは伸びない20歳過ぎ、大学3年の時じゃった。
一般大学のスキーサークルに入ったりして、自分を矯正しようとしたけど無理であった。(当時、スキーとテニスが流行りで一般大学生に人気であった)
浮きまくり、全く馴染めなかった。世間様が良しとする価値観からの落伍者であることを自覚^^;

短編連作小説「これも何かの縁」に登場する沢田文雄と一緒。
つうか、沢田文雄に自分を投影させているということなのだけど。

※沢田文雄についてはここをどうぞ。
34編目「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02


あ~あ、普通の人になるだなんて無駄な努力せず、本当に興味があった漫画サークルに入るべきだった。
世間一般の人たちがオタクに眉をひそめていたので、ワシも世間様に倣ってしまったのだ。これはほんと後悔。

そして、この時代にもっと絵を描くべきだった。(そしたら「音吉」はもっとマシな絵になっていただろう)
漫画を始めるの遅すぎた・・・。

けど、ま、ここからはオタク道、まっしぐら。
自分の欲望に忠実になった。

世間でいうところの「普通ではない偏った、おかしな人間」「上野千鶴子氏から滅んで行ってほしいという気持ち悪いオタク」「社会の害悪らしいオタク」「サイコパスにも見えるらしいオタク」になった。

いや、でもワシのようなオタクはけっこう多い・・・かも。
いやあ、恐ろしいですね♪

オタクが嫌いなそこのあなた、子どもがオタクにならないよう、せいぜいがんばってくだされ。

ま、未婚の方は、結婚相手を吟味し、ちょっとでもオタク要素があればやめなはれ。

反対にご自分にちょっとでもオタク要素(ひとつのものにこだわる、世間の価値観に馴染めない、普通の友だちが少ない、学生時代に友だち作るの苦労した、いじめられっこである、普通の人たちの輪に入るのが苦手などなど)があれば、子どもを持つことはあきらめたほうがいいかもよ♪

苦労して育てたあげく、オタクに育ってしまったとしたら・・・ああ、悲劇。
ハズレを引いてしまった~ってか。

「オタクは滅んでいってほしい」・・・上野千鶴子のこの言葉は世間の本音だろう。
で、オタクは、親からも眉をひそめられる存在。(全部が全部とは言わないけれど)

親だって普通の人間なのだから、これは仕方ないと思う。
嫌いなものは嫌い。この感覚はどうしようもないものだ。

そーいや、ある種の人を見下す時、「オタク」「キモオタ」という言葉を付けるよね。

例えば、ネトウヨに対して、あるいは恋愛工学生に対して。

「彼らはオタクだ」と言って、劣った存在だとしたい。
つまりそれだけ「オタクは劣っている、恥ずかしい存在だ」という価値観が浸透しているということだ。

同じナンパなのに、昔からいるヤンチャなウエイ系・ヤンキー系はさほど問題にされなかったのに、高学歴理系人間が多いらしい恋愛工学生を問題にするのは、「オタクにくせに」という見下しがあるのかも。(何となく、理系って「オタクっぽい」というイメージがあるよね)

そうそうジャイアンが言う「のび太のくせに、生意気だぞ」っていう蔑視と同じ。

ただし・・・のび太だって、ジャイ子を毛嫌いし、蔑視していた気がする。ジャイ子が傍に近づいてくるだけで、疫病神扱いし、「近づいてくるな」空気を醸し出していた。

少なくとも私はそういう空気をのび太の言動から感じた。いや、漫画そのものから感じた。

そして、ジャイ子が出てくると、ドラえもんの読者または視聴者であった私も、のび太と同じ感覚でもって、ジャイ子を見ていた。「ジャイ子、近寄ってくるな、あっちいけ」と。子どもながらにジャイ子をばい菌扱いし、なんとなく忌み嫌っていた。ジャイアンやスネ夫には、そういう感覚は持たなかったのに・・・だ。

読者のワシは、主人公のび太とシンクロして見ていたのだろうな。
で、ジャイ子みたいな自信家のブスをウザく思い、「おとなしく引っ込んでいろ」と子どもながらに思ってしまっていたのだ。

今考えれば、立派な差別であり、イジメ思考だよな。

ただ、ジャイ子がのび太に好意を寄せるとか、迫るようなシーンはどこにもなかった気がする。
ジャイアンはのび太によく絡むが、ジャイ子はなかったのでは?

なのに、のび太から毛嫌いされるジャイ子。(だからこそ・・・ドラえもんが来る前、のび太の将来がジャイ子と結婚することになっていたのも、不思議だ)

けど、ジャイ子からしてみれば、のび太など願い下げだろう。

のび太もオタクイメージだけど、ジャイ子も漫画家を目指していたので、オタク要素バッチリだよなあ。
オタク同士だからって合うわけでもないのだな^^;

で、ドラえもんを見て分かる通り、のび太もジャイ子も「ああいうふうにはなりたくないよな」というキャラだ^^;
「のび太みたいになりたい」「ジャイ子みたいになりたい」っていう子どもは少ないのでは、と。

やっぱ基本、オタクはカッコ悪く、普通の人からは「ああはなりたくない」と思われてしまう人種なのだ、残念だけど。

おっと、話を元に戻そう。

ま、嫌う嫌われ、は仕方ない。
嫌う自由は、皆にあるのだ。

ジャイ子を嫌うのは、のび太の自由。

のび太の罪は、ドラえもんが来る前の未来、嫌いなジャイ子と『惨め婚』してしまったことだ。
ジャイ子が嫌いなのに、なぜか、人生において一番深く関わる結婚という契約を結んでしまったこと。これが最大の罪。

イジメも蔑視もそこいらじゅうに転がっている。あるのが当然。
でも、それは関わり合わなければ済む話。

だからこそ、嫌われ者のオタクはもう自己完結でいくっきゃない。
周りの目など気にせず、好きなように生きようぜ。

無視も上等。ウザイ挨拶もしなくて済む。
煩わしいものから解放。これは我が道を進むのに、けっこうラッキーなことかもよ。

いやあ、ちょっと前まで「オタクは世間に認められるようになった」と大いなる勘違いをしていたことが、実に恥ずかしい。

自分の心の中を覗いてみれば「子どもはオタクに育ってほしくない」と思い、「オタクな息子が嫌だ」という相談に寄せられた親の気持ちも分かるんだものね。

オタクは眉をひそめられる存在であることを自覚せねば。本当にごめんなさい。せめて上野千鶴子氏が望むように、淘汰されなくてはね。少なくともワシは再生産はしません。ご安心を。

ま、間違って生まれてしまったが、有害人種としてガス室に送られないだけ、ずっといい、とワシは思うぞ。

IMG_20141127_0004.jpg

※関連記事
「漫画におけるブスの存在」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-29
「オタクは滅びてほしい・上野千鶴子ナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24
「女は犬―オタキング・岡田斗司夫の愛人騒動」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-28


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


ぼっち上等・友だちはいなくてもいいのでは? [自殺・イジメ・差別・生き方]

5月25日追記。

ツイッターで見つけた漫画。「友だち?・・・3人グループだけど・・・」
https://twitter.com/heoi_bikuni/status/860695095204433921

※内容はこうだ。『靴紐が解けても、立ち止まるわけにはいかない』→友だち2人の後ろについていく『私』。靴紐が解けても立ち止まるわけにはいかない。靴紐を結び直すために立ち止まったら、前にいる2人は『私』にかまうことなく先に行ってしまい、置いていかれてしまうから、というもの。

そうそう、高3のワシって、こんな感じだったっけ。3人グループっていうほど仲が良かったわけではなく、ワシが2人についていくという感じで、割と置いてけぼりを食らった。

今のワシなら全く独りで平気なんだけど、中学や高校って一人で居づらい空間だよね。
けど、そういった空気が変わるといいよねえ。

うん、友だちいなくても別にいいじゃん。

リンクした漫画の『私の前を歩くお友だち2人』は、後ろからついていく私を気遣わない=どうでもいいと思っている=軽く見ている=見下している、ということ。

見下し人間とのつきあいなんぞ無駄以外何物でもない。つうか、マイナス。早く離れたほうがいい。
・・・と今なら思う。

自分の時間を、そんな他人に合わせるの、もったいない。
自分の時間を大切にしようぜ。

で、一人で気楽に、行きたいところに行こう。別に友だち一緒じゃなくていいじゃん。
リンク先の漫画のように・・・靴紐も結びたいからと、前を歩くお友だちを呼び止めなくて済むしの。それは気遣わなくて済むということであり、マイペースで歩けるということだ。

もちろん、友だちから「どうでもいい人」と思われている自分は「価値がない人」であるわけだけど、「価値のある人」になるのもこれまた難しい。

言っておくけど、あくまでも「価値がある人」だからね。
他者から「いいように利用される人・使われる人・搾取される人」じゃないからね。

ワシもハッキリ言って「価値がない人間」である。(卑下しているわけじゃないよ)
他者から認められるっていうのは、本当に難しいことだ。

あなたは「世界に一つの花・オンリーワン」かもしれないけど、その花は踏みつけられるかも。あるいは花が咲いていることさえ気づかれない。無視されるかも。
と、そっちのほうがデフォだと思っておけばいい。

まあ、ワシは「踏みつけられる」よりは、「気づかれない」ほうがいいけれど^^;

いやあ、なんかさ、世間って独りでいることを「かわいそう、不幸、人間として寂しい」とマイナスに捉えるけど、その価値観ってうざくね?

つうか、本当の友だち・恋人って、まあ、そんな簡単に作れないし、見つかるもんじゃない。
特に中学高校なんて発展途上だし・・・その場限りっていう場合、多い気がする。クラス替え、あるいは卒業したら、ほとんどは疎遠になっていくんじゃないか?

その場限りのつきあいなんだから、どうでもいい。そんなことを気にして劣等感を持って自信をなくしたり、心を歪ませたり病んだりするのは損。

あちらも、どうでもいい、と思っているわけだから、あなたに気を遣わないのだ。
どうでもいいつきあいなんぞに時間やお金をかけるなんて、本当に勿体ない。

靴紐は結ぼう。置いていかれても、追いかける必要もない。行きたければ一人で行けばいいし、さほど行きたいところじゃなければ帰ればいい。

『とりあえず、友だちや恋人を見つける』よりも、自分が夢中になれることを見つけて、それに邁進したほうがいい気がする。
その過程で運が良ければ、縁があれば、友だちや仲間、あるいは恋人ができるかもしれない。もち、できないかもしれないが。
それならそれで別によし。世間様の価値観に惑わされるほうが『寂しい』ぜ。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
5月6日本文。

まずは、我らが藤沢数希氏のツイート、紹介。
https://twitter.com/kazu_fujisawa/status/855759678382276608より転載。

【僕は昔からうすうす友だちは少ないほどいい、いなくてもいい、と思っていたけど、最近、自分の考えがまったく正しかったとますます思うようになったな。友だちとの交友コストは、ほとんどの場合、期待リターンより高いからな】

一般の人は、こういった人間関係を「コスパで計るなんて」と批判的に見るんだろうな。
そしてこういう考えの人を「寂しい人、かわいそうな人、孤独、不幸」とネガティブに捉える。

ただ、この藤沢氏の「友だちは別にいなくてもいい」という考え方に救われる人、意外と多いのではないだろうか。

なので・・・当ブログにてアップしている連作短編小説「これも何かの縁」では、主人公の四条静也と理沙には友だちがいないし、長山春香もそういう設定だ。

特に、長山春香は友だちに裏切られてからは、自分を守るために完全に人と距離を置いている。

簡単に「人を信じる勇気を持て」「傷つくことを恐れるな」とは言えないよな。そう言える人はきっと手痛い裏切りにあったこともなく、人間関係に恵まれた幸運な人なのだ。

そして友だちがいないメリットは・・・四条家でいえば・・・四条静也には友だちがいないからこそ、お付き合いもしなくて済み、家庭最優先という生き方ができるのである。
交際費もいらない。余計なお金を使わなくて済む。なので四条家の経済状況はわりと良かったりするのだ。

高校時代、ハブられていたオタク漫画家の沢田文雄も友人とつきあうよりも我が道を行くこと(漫画道)を優先させた。

それにより沢田はやっと劣等感に苛まれる苦しみから脱したわけだけど・・・もしも、世間の価値観にすり寄り、何とか友達を作ろうと無駄な交際に時間やお金をかけ、漫画道に没頭できなかったから、きっと漫画家にはなれなかっただろう。

※ちなみに連作短編小説「これも何かの縁」の目次はこちらです。
http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28
IMG_20141224_0004.jpg

ということで・・・ワシもこう思っておるぞ。

クラスで弾かれても、ハブされても、浮いていても、全然、恥ずかしいことではない。恋人と同じく、真の友人はそう簡単に見つかるものではない。独りでいいのだ。

きっと世間一般の人は「そんなの間違っている、不幸に決まっている、さびしい、かわいそうな人、人間として偏っている、問題だ、人間失格」と蔑むのだろうけれど。

さて、そんな中・・・
『我が道を行くオタク』は自己完結型が多いので、彼氏彼女どころか友だちいなくても、けっこう楽しく過ごせたりする。

ああ、だからオタクは忌み嫌われているのかもしれない。(前にも言ったことあるけれど)
世間が良しとする価値観に背を向けるからね。

かく言うワシも、独りで漫画を描く、ピアノを練習するという生活をしていたし、ゲームではドラクエやクロノにはまり、とにかく独りで遊ぶことが楽しかった。

今はこうして文章を書くことで時間があっという間に過ぎてしまう。自由時間は貴重だ。

友だちがいない、ぼっちだと劣等感に苦しんでいるそこのあなたよ、
彼氏彼女がいないと心配する世間様は、友だちがいないとなるとこれはもう人間として問題だとし、不幸だ、人間失格扱いするが、気にすることはない。

沢田文雄も長山春香も孤独の中で幸せを感じておる。

※短編連作小説「これも何かの縁」より、沢田文雄、長山春香が登場する話はこちら。

「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02
あらすじ→小林和江の従弟・オタク漫画家沢田文雄登場。自身に劣等感を抱く彼の過去とは。

「醜い世界」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18
あらすじ→壮絶なイジメを経験した漫画家の卵・長山春香の話。四条静也と理沙との接点も明らかになる。

「梅雨明け・孤独な幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
あらすじ→社会からの爪弾き者の沢田文雄と長山春香、それぞれの視点から。海の日の雑学あり。

「秋の夜長・読書週間」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-06
あらすじ→孤独死、上等。死は安らぎ。長山春香にとって遠ざけたいのは人であり世間だった。

「それぞれの道・沢田文雄」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25
あらすじ→元いじめっ子のヤンチャな郷田浩に思いを馳せる沢田。そして高校時代とは縁を切る。


つくづく思う。世間の価値観に合わせて恋人や友だちを探すよりよりも、夢中になる何かを探したほうがいいと。

友だちがいない、ぼっち・・・それは自由時間が人よりもあるということじゃ。
その時間を自分のために使うのじゃ。時間を人に遣わなくて済むのだから。

そーいや、ワシは何となく浮いていた音高3年時、長い昼休みは誰も来ない特別教室でピアノの練習をしまくっていた。(全ての教室にピアノがある。たいていは縦型だが、グランドを置いている教室もあった)

休みの日、友だちとどこかへ遊びに出かけるということもなかった。うん、3年の時は1度もなかった気がする。
ひたすらピアノの練習である。

ちなみに1、2年の時はそこそこ学校は楽しかったけど・・・
寮では浮いていて、同室の先輩とも上手く行ってなかったので、学校が終わると、ひたすら寮の練習室にこもってピアノを弾くのみの生活じゃった。

そうそう、同級の寮生からこんなことを言われたっけ。
芸能界にまるで興味なく、漫画やアニメが好きなワシに・・・
「漫画とかアニメじゃなくて、もっちトシちゃん(田原俊彦)とか聖子ちゃんに興味持ちなよ」と。

皆と同じ趣味を持て、興味を持て、という今で言う同調圧力。
ま、今の時代でも「皆と会話を合わせる努力をしろ、空気を乱すな」という圧力はあるよね。

けど、ワシの場合、逃げ場が練習室しかなかったことから・・・ピアノの練習をせざるを得ない状況となった。
テレビはないし、PCやスマフォもない時代、やることはピアノの練習しかなかったわけだ。

もしも友だちや先輩と楽しく過ごす寮生活・学校生活を送っていたら、あんなにピアノを練習することはなかっただろう。

音高に入るまで、ピアノの進み具合は相当に遅れていたが、すぐに取り戻せた。

今、考えればラッキーじゃった。環境がそう仕向けてくれた。

10代20代の時間は貴重じゃ。一番、伸びしろがある時代。
無理して、恋人や友だちを探して、さほど楽しくもないのに妥協してつきあったりすることはないのでは?

本当に好きなことや夢中になれることを見つけて、それに取り組んでみたほうがいいかも。
もちろん、それが将来の何かにつながるかは分からないけれど。途中で挫折したり、やっぱり自分に合わなかったりするかもしれないけれど。

自分の場合、ピアノはそこそこ弾けるようにはなっても、お金儲けはできず、マネタイズするのは難しかった^^;

だって、弾ける人は星の数ほどいるから。
ピアノほどコスパが悪いものは、そうない。
基本、自己満足の世界。
経済に重きを置く価値観で測れば、不良債権になる可能性が高く、いわば負け組になる確率が高い^^;

で、練習をよくやる人ほど、変人率が高いかも^^;
プロの演奏家になるわけでもなく、目標は大学を卒業すればいいわけで・・・ならば、ほどほどの練習で充分である。

ワシの場合も・・・遊びもせずに、独り引き籠ってピアノを練習することにエネルギーを費やすなんて、ちょっとおかしい、広い社会を知るべき、視野が狭く世間知らずになってしまう、人間として偏る、とマイナスに見られることが多くなっていった。

(・・・まあ、実際、そうなのだろう。だから音大はお勧めしない)

当時、世間の言う『普通の真っ当な大学生』とは、学業は程ほどに、それよりもバイトに勤しんで社会勉強をし、サークル活動で友だちをたくさん作り、人脈を広げ、授業は要領よくサボり、真面目な子からノートを借りて、試験を潜り抜け・・・先輩との人間関係を大切にし、ためになる情報を得て、効率よく学生生活をこなすこと・・・が良しとされていた気がする。

真面目に授業に出ている者は『要領が悪い=頭が悪い、面白味のない、つまらない人間』とマイナスイメージで見られていた。(ただし理系は別)

真面目に勉強する地味な人は、派手に遊んでいる大学生から単に利用され、陰でバカにされる存在。

真面目という言葉は悪い意味で使われていた。

今だって・・・外に出ずインドア派、友だちも少なく、もちろん彼氏彼女もいない、となれば、それは非リアと呼ばれ、負け扱い。

ま、他者(世間・社会)に自分の価値や意味を求めると、こじらせるよなあ。

だから、世間が良しとする価値観は関係なし。
自分が面白いか面白くないか、快感か不快か、楽しいか楽しくないか・・・自分基準でいくのじゃ。

人にどう見えようが、どう思われようが、気にしないほうがいい・・・と、まあ、これが難しいわけだけど^^;

ただし、世間=他者を完全無視すると、生活できないから、そこは程ほどに。

生活できる程度には他者に気を遣い、あとは基本、他人は関係なし、自己完結しようぜ。(オタクは得意だよね。こういうの)

自己承認欲は、何も恋人や友だちの存在で満たさなくてもいい。
逆に、恋人や友だちで自己承認欲を満たそうとするほうが、不幸への入り口となってしまう危険性があるかも。

つうわけで友人はいてもいなくてもどちらでもいい、ということじゃ。
仲間がいれば儲けもの、ラッキー、そのくらいに思っておけばいいのでは、と。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


タグ:オタク

「ぼっちは嫌」・・・ピアノが超上手な茨城中3女子生徒が自殺 [自殺・イジメ・差別・生き方]

6月5日追記。

「ピティナ」「中島菜保子」の検索ワードで、当ブログへ訪問される方が割といたので・・・
「中島さんとピティナ、関係あるのか?」と私もさっそく調べてみた。

ちなみに、ピティナとは『全日本ピアノ指導者協会』のことで、アマチュア含めレベル別に分けたピアノコンクールをよく開催している。

私はそのピティナのサイトで、2003年から2011年までショパンの漫画「ショパン物語」を連載していた。
ピティナとはそんなつながりがある。

※「ショパン物語」はこちら。http://www.piano.or.jp/report/01cmp/c_chopin/archive.html

で、中島さんのことだが・・・ああ、あった、あった・・・そうかあ、ピティナっ子だったのか・・・。ピアノ、幼いころから本当にがんばっていたんだな。
http://www.piano.or.jp/compe/result/2013/honsen/mozart18.html
http://www.piano.or.jp/compe/result/archive/2007.html
http://www.piano.or.jp/compe/result/2012/honsen/7101.html

だとしたら、ショパン物語、読んでくれたこともあったのかもなあ、そんなことを思ってしまった。

・・・・・・・・・・
6月4日追記その2。

ちょっと気になったこと。

2016年3月にも、すでにこの中島さんのいじめ自殺問題はネットで取り沙汰されていたようだ。
https://www.logsoku.com/r/2ch.sc/newsplus/1458171711/

この時点では、中島さんはご両親含め名前も顔写真も公にはされていなかった。日記の内容も差し障りのないごくごく一部分しか公表されてなかったようだ。

なので当時の掲示板の皆の意見を読んでみると・・・今の雰囲気とはまるで違う。

「自殺したほうも弱すぎ」「自殺したほうに同情してはいけない」「いじめで自殺とは情けない」といった感想も見られる。

でも、すでに「ガラス破損事件」のことは出てきていたんだな。この書き込みから、掲示板の空気が少し変わる。が、自殺したほうもいかがなものか、という空気は残ったままだ。今ほどに、いじめっ子への攻撃、中島さんへの同情はない。

やはり、実名公表、写真公表、日記の内容公表は大きいものがあったのだな。
学校側はあくまで隠そうとしていたようだし。当初、自殺ということも知らされてなかったみたい。

実情を知っている者とされる書き込みを転載しておこう。

以下転載。

【事件後、イジメはなかったとし、生徒にも自殺の事実を隠していた。
当然保護者会などひらかれず。

そのうち、実は自殺だと広まった。

女の子の親は教育熱心だった。また、ピアノを習わせていて、かなり上手だったらしい。

周囲は、こんなことを噂した。
「母親の躾が厳しく、親子関係もうまくいっていなかったせいで自殺したらしい」

女の子の両親は、学校に何度も調査と保護者会の開催をお願いした。
ただ学校側は、調査したがイジメはなかった、の一点張り。

そんな中、両親は女の子の日記を見つけた。
イジメの事実が、実名で書いてあった。

両親は再度学校に説明会の開催を迫るが、学校側は、3年生を静かに卒業させてあげたいと拒否。

両親は、個人で署名活動を行った。
かなりの数を集めた。

結果、やむなく学校側は保護者会を開くことを決め、生徒を通じ、保護者会のお知らせを出した。
保護者会の開催は翌日だった。
学校側の、なるべく出席者の数を減らしたいという目論見だった。

実際にはやってない女の子をガラス割りの犯人と決めつけた女教師は体調を理由に休んでおり、保護者会にももちろん出席しなかった】

転載終わり。

今、加害者へのバッシングがすごいが、これは中島さんのご両親の所為ではない。
イジメのことを隠そうとし、認めなかった学校側が今の事態を招いたのだ。

この2016年3月の時点できちんと調査し、イジメを認め、加害者たちに中島さんのご両親へ謝罪させていれば、ここまで公にならなかっただろう。

中島さんのご両親、地元でどのような空気に晒されているんだろうか。
嫌がらせ、誹謗中傷、脅迫もあるかもしれない。けれど応援する人たちもたくさんいることだろう。

加害者たちはまだ謝罪していないんだろう?


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
6月4日追記。

なぜ、中島さんはその素行が悪いとされる加害者たちと同じグループに入ってしまったのか、ほかに友だちがいなかったのか・・・この年頃の女子の『グループ』の呪縛について語ってみたい。

学校のクラス内で一度、グループを形成してしまうと、そこから抜けることは厳しい。他のグループへ移ることは、まあほとんどないと言っていい。

そしてグループ外の子が、関わりを持つこともなくなる。たとえ中島さんの様子に異変を感じても、中島さんに積極的に関わろうとする子はいなかったと思われる。
中島さんもほかのグループの子たちとは関わらない、そういう暗黙のルールみたいなものが出来上がってしまうのが、この年頃の女子の習性かもしれない。

グループを抜けて、別のグループに入るというのは、本当に難しい。

では中島さんがなぜそんな『自分に合わない、抜けたほうがいいようなグループ』に入ることになったのか・・・。

別の『元同級生らしき人』(こちらはクラスが同じのようだ)の話は以下の通り。

以下、編集転載。

【被害者(中島さん)が加害者たちと関わらなければいけなかった理由は、いじめ加害者のうちの一人が一時期仲良くしていた友人達と仲が良かったから。被害者だけがクラス替えで2年の時に仲の良かった人達と離され、孤立は嫌だとつるむようになった】

そして、イジメが始まったきっかけは・・・
教室内で中島さんが加害者の彼氏と隣の席になり、その彼氏が中島さんに親切だったことから嫌がらせが始まったという。

グループ内での孤立は耐え難かったのだろう。それはクラス中からハブられるのと同じこと、つまり「ぼっち」になってしまうということだ。

今の世間の価値観・・・「ぼっちは恥ずかしい、ぼっちは寂しい、ぼっちはかわいそう」という呪いが蔓延している。
女子中学生にとって、ぼっちは耐え難い、死に値するほどに恥ずかしく、避けたいことだったのかもしれない。

その感覚は分かる気がする。

ワシもクラス替えの度に、必死こいて、友だちをつくり、とりあえずどこかのグループに入らなければ、とストレスを感じていた。4月に勝負。その期間を外すと大変なことになる。出来上がってしまったグループに後から入ることは難しい。

中島さんもクラス替えによって2年生の時の友だちと引き離され、心細かっただろう。早くどこかのグループに入って落ち着きたい・・・なので、その縁を頼り、中島さんに合わない『素行が良くない者がいるグループ』に入ってしまった・・・あり得る話だと思った。

そういえば、漫画家・コラムニストのカレー沢薫氏も・・・いつも教室で一人でいただけで、担任教師がカレー沢さんに友だちがいないことを心配し、家庭訪問されてしまったとエッセイで書かれていた。

それくらい「つるむ友だちがいないこと」「独りでいること」というのは問題視される。「あってはいけないこと」のようだ。

が、その考え・その価値観こそ子どもを追い詰める、とワシは思う。

社会が「ぼっちは恥ずかしい、友だちがいない奴はダメ人間」という価値観をなくしていかないと、こういった悲劇はまた起きるだろう。

しかし・・・
産経新聞(6月4日)では『万引き高齢者6割が独身』とタイトルをつけた記事を載せ、「独身=独り=悪」という印象操作を行っていた。
そう、よくよく記事を読んでみると、都内で摘発された65歳以上のたった【56人】を調査しただけだ。たったの56人だ。しかも6割が独身(死別、離婚、未婚者)ということは、4割は独身者ではないということ。独身であることと万引きは関係なさそうだ。なのに、独身=孤独であることが万引き=犯罪を誘発させるかのような内容だった。

そう、社会は独りであることを【悪・不幸】としたい。
こうして「ぼっち=悪・不幸・=避けるべきこと」という価値観はずっと強固に世間を支配し続ける。

ぼっちにならないように・・・クラス替えの度にストレスを感じながら友だちをさがし、グループを形成するものの・・・合わなくてもガマンしてそこに居続けなくてはならない・・・こうして一度入ってしまったグループからはじかれないように、虐められても我慢する子どもはたくさんいるのだろうな。

そして、その我慢が限界に達し、心を病んだり、最悪、死へ追い込まれる。

独り=ぼっち=悪。
それは、ピアニストになりたいという夢をも凌駕する呪いとなり、中島さんの命を奪った・・・。

学校のシステムを変えると共に、この価値観を変えないと、いつまでもこういった悲劇は続く・・・そう思った。

※関連記事
「ぼっち上等・友だちはいなくてもいいのでは?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-23


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
6月3日追記その2。

クラスは違うけど中島さんと元同級生だという人の意見を聞いた。

その元同級生の話によると、中島さんはその加害者たちと同じグループに入っており、特にクラス全体から弾かれていたというわけではなさそうだ。
ただ、その元同級生は中島さんと同じクラスではなかったので詳細は分からないとのこと。担任教師についても同様。
だが、学校全体の雰囲気についてはこう述べている。

以下、中島さんの元同級生のコメント、編集転載。

『学校環境自体も、不良生徒をろくに指導せずむしろ特別扱いしていて、無法地帯だったと思います』
『ここで悪いのは不良生徒ではなく、変に特別扱いしていた教師だと思います。それが学校の雰囲気につながっていたと思います』

転載終わり。

私の勝手な憶測だが、不良生徒の親はモンペでもあり、教師は面倒を回避するため、不良生徒を厳しく指導することができなかったのでは・・・。
話し合い不可なヤクザのような親御さんもいるだろう。ただでさえ、過重労働を強いられる教師には大きな負担だ。

この中学校、2012年にも男子生徒の自殺者を出しているそうだ。

学校運営、システムを根本的に見直すべきだろう。
まずはクラス編成をもっと考えるべきだ。おとなしい子を、素行が悪い子と一緒のクラスにするべきではない。
お互いをできるだけ離すようにすること。おとなしい子を守るための現実的手段だ。

いろんな人たちとの交流が大事、話し合えば分かり合える、素行の悪い子への差別につながる、そんなの教育ではない、などという『理想論・きれいごと』が、おとなしい子を死に追いやるのだ。

きれいごとこそ不幸を招く。
『理想』に、おとなしい子を犠牲にするほどの価値があるとは思えない。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
6月3日追記。

憶測・ウワサの域を出ていないが、気になったことを記しておこう。

ネットでは、「加害者らがガラスを割ったのに、それを中島さんがやったということにされて、担任がそれを鵜呑みにし、やっていないと言う中島さんに割ったガラスの清掃をさせ、両親に通報した」「その晩、中島さんは自殺した」という話が流れている。

そんなところに、こういった記事を見つけた。

http://blogos.com/article/216355/より転載。
【学校でガラスを破損するトラブルがあり、教員たちは菜保子さんと、いじめの加害者2人を同列に叱責した。母親に「本当のことが言えるわけがない」と言っていた。その後、ピアノ教室に出かけ、午後9時45分ごろ、帰宅して、自室に入った。午後11時ごろ、母親が菜保子さんが首を吊っているのを発見した】

http://girlschannel.net/topics/1203449/2/より987番、転載。
【被害者が自分の絵が飾ってある4階の廊下へ加害者2人を誘い見に行く。
絵を見た帰りに加害者2人がふざけあう 壁ドン!!
ガラスが割れる (被害者は見ていない)
担任には加害者の1人が白状をし後日弁償。
しかし、担任は連帯責任とし3人に掃除をさせ保護者への連絡をするという。
被害者は連絡しないでほしいと懇願するも聞き入れず。
被害者はかなり動揺し泣きながら帰宅したという】

転載終わり。

中島さんは連帯責任を取らされてしまったようだ。そして担任には、中島さんと加害者は「友だち」「つるんでいる」と見えていたのかもしれない。

加害者も後日、自分がやったとして弁償したそうなので、加害者3人のうち、素行が悪い者、そうではない者、両方いるようだ。(もちろん、これも憶測だが)

しかし「両親へ連絡しないでほしいと懇願」「動揺し泣きながら帰宅した」というところに、あたかも両親はとても厳しかった=家庭に問題があるかのような印象を与える。そんな話が地元では流されてしまっているよう?

でも、ガラス破損の件で、中島さんは母親に「本当のことがいえるわけがない」と語っていたようだ。とすると「自分はガラスを割っていない」と担任に言うことができなかったと、そう受け取れる。

この点は食い違いを見せている。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
6月2日追記。

中島さんが通っていた中学校の情報。
https://www.minkou.jp/junior/school/review/9740/

県内でもいじめが多い学校のようだ。
卒業生の話によると、いじめで自殺者(中島さんのことかな?)が、その次の年は逮捕者が出たとか。
「おすすめしない」「先生は親身になってくれない」という人もいるし。
ただし人によっては「平和で穏やかな学校」「礼儀正しく真面目な生徒がいっぱい」という感想もあり。
なので、酷いイジメを行うのはごくごく一部だろう。評価は人それぞれだ。

ということで・・・
やはり、この話題は多くの人が気になるのか、当ブログでも今までにないアクセス数だ。

私も未だに「なぜ中島さんは自殺するまでに追い込まれたのか」分からず、どんなイジメがあったのか気になっている。ピアノという共通項があるからか、中島さんに肩入れしてしまっているところもある。

教室の空気はどんな感じだったのか? クラス全員にハブられていたのか?
それとも巷で言われている3人の同級生のみに虐められ、ほかの同級生はそうでもなかったのか、友だちが本当にいなかったのか? などなど。

自殺した中島さんは、ピアニストになりたいという夢・希望を持ち、圧倒的な誇れる特技を持ち、おまけに美人。スクールカーストの上位に入る要素を持っている。本来ならクラスから一目置かれる存在だったはず。

そこでこんな記事を見つけた。
http://hisasuke.com/post-8269-8269
http://girlschannel.net/topics/1203449/

中島さんが遺した日記の内容を見る限り、よくある「いじめ」であり、暴力など明らかに常軌を逸した犯罪行為という感じの虐めではなかったようだ。

そこで、この問題を扱った掲示板などで、ほかの人の意見や考えを調べた。
加害者とされる女子同級生がどんな感じの子なのか、邪推の域を出てないし、不確かな情報ではあるが・・・いわゆるヤンキー・不良系・・・素行が良くなさそうな空気を感じた。3人のうち、1人はすでに高校を中退しているとか。

中島さんは2年生までは楽しく学校生活を送られていたようだ。

3年になり、その3人と一緒のクラスになり、お嬢様的な感じがする中島さんは標的にされてしまった・・・のかもしれない。

で、ほかのクラスメイトも、素行が悪そうな連中が怖くて、中島さんを助けることもできず、見て見ぬふりをするしかなかった・・・と、こんな想像をしてしまった。

例え暴力行為がなくても、素行の悪そうな同級生から標的にされ、中島さんにとっては恐ろしかったことだろう。

※教師はどうしていたのか・・・素行の悪い生徒の親はモンペであることも多いだろうから、見て見ぬふりをしてしまった可能性もあるかも? あくまでもイジメ加害者が「素行が悪い生徒」と仮定してのことだが。

素行が悪い生徒が集まる教室・・・そんな学校、休んでしまえばよかったのに、家でピアノの練習して過ごせばよかったのに・・・と無責任に思う一方で、あのブラック企業・電通で過労自殺に追い込まれた「高橋まつりさん」を思い出す。自殺するくらいなら会社を辞めればいいのに、というけれど、それができれば誰も過労死・自殺なんてしない。

それでもとりあえずの解決策は「逃げる」しかない。授業を受ける権利がなくなるのは悔しいけど仕方ない。

が、まだ世間の空気は「不登校=負け組、落ちこぼれ、弱い人(学校生活に耐えられない人が社会で耐えられるはずがない)」であり、親も自分の子が不登校になったら不安で仕方ないだろう。

なので社会が「学校は休んでいい」というメッセージをひたすら送り続けるしかない。

で、暴力行為など明らかな犯罪行為があったら、警察へ行こう。

本当は加害者を登校停止処分にさせられればいいのだけど、それはそれで難しいものがあるのだろう。

ワシは思う。
公立学校のいくつかを、学力別クラス分けにしたほうがいいのではと。

そして、親が公立学校を選べるようにすればいい。

学力別クラス分けによって、成績上位の生徒らが集まる教室は小さなイジメはあるかもしれないが、そこそこ平和かもしれない。多くのクラスメイトは真面目に勉学に励み、素行も悪くはないだろう。
教師も、授業がやりやすい。粒がそろっているから。

これは差別ではなく区別。
真面目な子を守るためだ。

学力別クラス分けは・・・格差が拡大すると反対する人もいるだろうが、勉強できる真面目な子の権利が阻害されないための現実的手段はこれくらいしかない。

あるいはトイレ含め、学校のあらゆるところ死角がないように監視カメラをたくさん設置するか?

いつもイジメ加害者の権利ばかり守られているけど、イジメられる子・真面目な子の権利だって、少しくらい優先してくれてもいいんじゃない?

イジメは決してなくならないのだから。理想論、きれいごとはやめて、現実的に考えないといけないと思う。加害者を優先するのか、被害者を優先するのか、どちらかだ。

教師にはイジメを止める力はない。
中学教師も過重労働が問題になっているし、教師の立場も弱く、教師自身が鬱病になるご時世である。

ちなみに、中島さんが通っていた中学校、3年前にも自殺者を出しているんだって?
これが本当なら異常だ。

親が子どもを守るしかない。

ここでふと短編連作小説「これも何かの縁」に登場した小林和彦・真理子夫妻を思う。

劇中、まさにこれと同じ問題が出てくる。

娘の恵美子はピアノの才能に恵まれ、ピアニストを目指している。
真理子は恵美子の教育に熱心であり、和彦も協力している。

レベルの高い私立小学校に入るつもりだったが、恵美子の病気でお受験が失敗に終わり、近所の公立小学校に行かざるを得なくなるが・・・

そこの学区は児童養護施設があり、問題児もいる学校だったがため、引越しを決意し、別の学区の学校へ娘を通わせようとする。

こういった考えは差別的なのか?
いや・・・この中島さんの件を思うと、小林夫妻の考えも仕方なしである。

多くの教育熱心な親御さんの本音は・・・できれば、素行の悪い子どもとは一緒にさせたくないはずだ。
自分の子どもを守り切れないもの。問題児がいそうな学校に通わせたくない。当然である。

標的にされ、虐められ、自殺に追い込まれたり、あるいは暴行を受け、障害を負わせられたり、最悪、殺されるかもしれない・・・命を取られるかもしれないのである。

小林夫妻がやったことは、娘を守るための当然の考え・リスク回避かもしれない、と今さらながらに思ってしまった。

※「これも何かの縁」より小林和彦・真理子が登場する話はこちらです。

「満開の桜に夢を見る」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-24
※あらすじ→小林和江の義妹・真理子の思い。和江とは相性が悪い真理子。その専業主婦としての誇りとは。娘の恵美子に抱く夢とは。

「マイノリティ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-10
※あらすじ→和彦VS和江。文雄も無関係でいられなくなり・・・参戦。養護施設の子どもたちを問題視する和彦の考えは差別なのか?


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・・
6月1日本文。

いじめ自殺問題が後を絶たないが・・・
茨城中3女子生徒・中島菜保子さんのいじめ自殺について、思うところを語ってみたい。

まずテレビでちょっと聴いただけだが・・・中島さんがピアノの発表会で弾いたという映像が流れ、その腕に「わあ、すごい、中3でショパンエチュードをあそこまで弾けるのか」とびっくりした。音大生並みだ。

※中島さんが弾いていたのは「革命」「大洋」「10-4」

いや、ワシの時代の話じゃが・・・当時、ワシが行っていた東京音楽大学ピアノ専攻の学生で、ショパンエチュードをあの速さで弾ける人はそう多くなかった気がする。(今の東京音楽大学はレベルが上がっていると聞くが)

もちろん、速く弾けるからいいってもんじゃないことは重々承知。
けれどエチュード=練習曲なのだから、求められている速さで弾けることが最低条件となる。

因みに、ワシが中3の頃は・・・モーツアルトのソナタ、チェルニー40番の中盤辺りを、たらたらと弾いていた。
もちろん、求められている速度で弾けない。その程度で音楽専門の道へ行くのか? と今なら笑われてしまうだろう。

ちなみに記事「ぼっち上等、友だちいなくてもいいのでは」でも触れたが、ワシは音高時代から練習室に籠る寮生活となり、チェルニー50番を経て、高2で何とかショパンエチュードに入ることができた。

んが、当時も、中島さんが弾いている速度では弾けず、中島さんの腕に遠く及ばなかった。
音大1年でようやくあの速さで弾けるようになったかな、う~ん・・・という感じだ。

とにかく中島さんのピアノの腕は、そんじょそこいらのピアノを習っている子とはレベルが違う。

当時のうちの音高ならば、ピアノ演奏家コースに入れたはずだ。(ちなみにあの盲目のピアニスト・辻井伸行氏もうちの音高のピアノ演奏家コース出身だ)

ワシはきっと、中島さんに憧れただろうな。

寮生活は暗黒だったが、音高1年の学校生活はそこそこ楽しかった。クラスにピアノ演奏家コースの子がいて、すごく憧れた。彼女たちは、中島さんのようにショパンやリストをバリバリ弾いていたっけ。

当時、やっとベートーベンのソナタを弾かせてもらえていたワシにとって、ショパンやリストの難曲を弾いている『彼女』は崇拝の対象であった。恋にも似た気持ちを抱いた。

彼女と話せるだけで感激。一緒にいてもらえるだけで感激。

もちろん、ピアノ演奏家コースの人たちはクラスの皆からも一目置かれる存在だ。イジメとは無縁。

というわけで、中島さんは容姿もカワイイし(ネットで話題になっている)、今の世間の価値観でいえば超勝ち組だ。ピアノがあそこまで弾けるということは、それなりの教育を受けていた=経済的にも豊かであったはず。

なので、そんな子が自殺に追い込まれるほどにイジメられていたということにびっくり。

小学校や中学校で「イジメられる子」というのは、どちらかというと今の世間の価値観から見て「負け組」=カースト下位に属する子という認識でいたから。

ピアノがあれだけ弾けるという特技を持っていた中島さん(しかも突出している)・・・
私ならぜひぜひ友だちになりたい、いや今だってもし生きていてくれたら、年齢は相当に違うが友だちになりたいぞ・・・。

そんな中島さんは「ぼっちはイヤ」という言葉を日記に残していた。

今もなお、ワシは分からない。
ワシなら、中島さんと友だちになりたい。

クラスに中島さんと友だちになりたい子はいなかったのか? 憧れる子はいなかったのか?

そしてピアニストになりたいという夢をもち、ピアノという夢中になれるものがありながらも、「ぼっちである」という世間のマイナス価値観に負けてしまったこと、そして将来への希望・目標や夢中になれることが自殺の抑止にならなかったことに暗澹たる思いを抱いた。

世間の「友だちがいない奴は人間失格、恥ずかしい、寂しくて惨め」という価値観の強固さを思う。
けれど、夢をもった子供を自殺に追い込むほどに、それは絶対的価値なのか?

中島さんがあそこまでピアノが弾けるということは、相当な時間を練習につぎ込んでいただろう。
今の中学生がどれくらい友だちとの交流に時間を割いているかは分からんが(ラインで相当、時間を食われるのでは?)・・・中島さんは、一人の時間も大切にしていたと思うし、ピアノが弾けることを誇りに思っていただろうが・・・それでも「ぼっちであること」は恥ずかしく、自殺するほどに辛かったのか・・・。

もちろん「集団の中のぼっち」はキツイものがあったのかもしれない。
ワシも中高時代はそうだったから分かるが・・・。

これはもう一種の呪いかもしれない。

それでも・・・中島さん、ネットでピアノ関係のコミュニティに入っていたら、すぐに友だちができただろうに。

ネットはいじめの温床でもあるけれど、一方で、仲間も見つけやすい。

んで、ぼっちでもいいじゃん。
特に学校の教室のような狭い世界じゃ、自分に合う友だちなんて見つからないこともあるだろう。

中島さんの近くには、ピアノをやる子はいなかったんだろうな。
とにかく残念だ。

ワシは世間の「ぼっち」「孤独」「独りであること」を見下し、恥ずかしい・不幸だとし、人間として欠陥扱いする価値観=呪いを嫌悪する。

※関連記事
「ぼっち上等・友だちはいなくてもいいのでは?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-23


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

・・・・・・・・・
余談。

さて、この中島さんのいじめ自殺問題が気になり、ネットの反応を検索して見てみた。

気になったのが・・・
「いじめ加害者は、美少女の中島さんをやっかんだブス」という内容のコメントをよく目にし・・・ブス=悪といった空気が垣間見られたことだ。

「美少女の中島さんは本来、勝ち組であり、負け組ブスを見下せる立場だったはずなのに」といったコメントもあったりした。

ちなみに、ワシもどちらかというと虐められっ子のほうだったが、虐めっ子は美人もいたし、ブスもいた。

ただ、ワシの容姿をからかうのは、たいていブスだったな^^;
美人はそれはなかった。

ワシの場合、若い頃は特に瞼が腫れぼったかったので、そういったことをからかわれた。
けど、美人からはからかわれたことは一度もなかった。

ブスは開き直っているのか、人の容姿についてあれこれ言うんだよなあ。(もち、一部ね)
ブス=もちろんこれは今の美の価値基準に照らし合わせてということだが・・・ご自分の容姿に劣等感を持っていただろう・・・その劣等感のはけ口をワシにぶつけていたのかもしれぬの。

なので「ブス・ブサメンは劣等感を抱えている分、内面も難あり、けっこう失礼なヤツが割といる」という意見に、反論できない面もあったりするのだ。事実な面もあるから。


そこでブスネタ、行ってみようか。

「美女は離婚も綺麗にできる。仕事のできる人は労働裁判で揉めない」
http://diamond.jp/articles/-/128372

我らが藤沢数希氏のインタビュー記事。

結婚するにもブスはやめておけっていう話^^;
美女はしつこくないが、ブスは次の男が見つからないので、なかなか別れてくれない、とのこと。

ま、ワシもこの頃、こう思う。
世間様が、女へ求める価値は美と若さなのだから仕方ない。

「それは違う、人間性が大事だ」と言ったところで、世間の価値観と闘って、得することってあまりない。負け犬の遠吠え扱いされ、大抵損をする。

事実、美人はかわいがられるので性格はよく、ブスはかわいがられないので性格が曲がる、ともよく言われる。

※短編連作小説「これも何かの縁」の「嫁き遅れの雛人形」に登場する福田みすずの伯父さんのセリフでもある。
「嫁き遅れの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-25-2


そうそう、この間、本の整理していたら、うちの父上が買ったのだろう人生指南の本「男の魅力演出ノート」(真野博・昭和57年)が出てきたのじゃが、そこにも、「口説くなら一級品の美女を狙え・ブスは危険と心得よ」と書いてある。

なんでも「ブスはモテないので、しつこい、逃げるのに骨が折れる」とのこと。なのでブスとはつきあってはいかん、遊びでもいかん・・・らしい。

真野氏は・・・「オレなんて美人が相手にしてくれるはずがない」として美人=1級品をあきらめ、2級3級のブスで妥協する男を「みっともない」と切る。ブスを相手にするなど「負け犬と同じ」だと。

真野氏自身、「デートを申し込むときは、とびきり上等の女しか相手にしなかった」という。

で、美人は他にもお誘いがあるから、関係がまずくなっても、簡単に別れることができる・・・らしい。

一方、ブスは「キミだけを後生大事にと考えるから、関係がまずくなった時、ひとあばれもふたあばれもする恐れがある」=「要するにブスは危険」とのこと。

「キミを大事にしよう」というブス女とはつきあってはいけないのだそうだ。
いわゆる、恋愛工学で言うところの「フルコミットは危険、一人へ執着するな」の逆バージョンだな。

執着しそうな「ほかの男にあまりモテなさそうな女」=「君にフルコミットしてくる女はやめておけ。ほかの男にもモテる女=美女を相手にしろ」とのことで・・・「一途な女より、ほかの男の匂いがする女がいい」とも受け取れる。

まあ、なんというか、男として、割と珍しい考えの人だな、とも思った。

いやあ、でも・・・ひとあばれもふたあばれもするって、ストーカー男の方が多いイメージがするけれど。

とにかく、恋愛市場において、執着しそうな非モテは男も女も危険、関わるな、ということのようじゃ。

ま、執着する心が恋愛感情なんじゃないの? とも思うが・・・執着心がストーカーを生むわけで、執着することがいいとは限らない。執着するのもされるのも、どっちかというと不幸になる場合が多い気もする。

一人への執着はリスクが高い。
自分も相手を切るけど、自分も切られることもあり、一人に執着しているとイタイ目に遭う、と考える人、恋愛工学に限らず、昔からあったようじゃの。

そんな真野博氏の経歴は・・・
1931年生まれ。国学院大学卒業。美容師免許を取得、世界美容会議の日本代表として毎年出席。
流暢な英語を話し、司会もこなすテレビでも活躍された人のようじゃ。(ワシは知らんが)
文筆家でもあり、主に『男磨きの人生指南書』を書いていたらしい。

真野氏は・・・英語がしゃべれてアメリカでナンパ、上等(美人)な女しか相手にしない・・・それが男としての自負だったのかもしれぬの^^;

ま、殿方は、妥協せずに、上等(美人)な女をモノにせよ、とのことじゃ。
どっちみち、恋愛に幻想を抱いているとイタイ目に遭いそう^^; 男も女もね。

友だちであれ、彼氏彼女であれ、まずは人間扱いしてくれる人をまず探さねばの。

劣等感をこじらせている人ほど、実は人間扱いしてくれない、何かと人を見下す・・・気もする。

(真野氏も実は劣等感をこじらせていたのでは。昔は今以上に学歴重視で、テレビ界・出版界などは一流大学出身者がゴロゴロいただろうから。なので女性をモノ扱いし、平気で一級品、二級品という言葉を使い、自分は常に選ぶ立場だ、自分は偉い、と思い込みたかったのだろう)

となると、人間扱いしてくれない人・見下す人って、わりといるかもしれないな。
要注意じゃの。

何にせよ、世間の価値観・劣等感と向きあうと、その価値観から外れた者にとっては辛いだろうし、不幸しか生み出さない。

悪けりゃ、劣等感をこじらせイジメ加害者か、あるいは自分には価値がない・生きている意味がないと、辛くなり、自殺に追い込まれる。

友だちがいない『ぼっち』も、ブス・ブサメンも、非モテ・オタクも・・・世間の価値観=劣等感を無視できればいいのだけど、難しそうじゃの。

若者の死因第1位『自殺』・・・
そして若者のサイレントテロと呼ばれる非出生主義(子孫をあえて残さない=自分の性質を引き継ぐと子孫がかわいそう、搾取されるだけ、不幸の連鎖を断ち切りたい)・・・

・・・分かる気がする。

というわけで・・・
小説「これも何かの縁」では、世間が良しとする価値観から弾かれた非モテキャラ、ブスキャラやオタクキャラ=福田みすず、長山春香、沢田文雄が登場するが、なんとかそれぞれ救いの道を見つけさせた。
けれど、世間の価値観からは一歩引き、たとえば恋愛すること、結婚すること、子どもを持つこと、友だちを作ることなどなどから身を引いているのであった。


※短編連作小説「これも何かの縁」より。

沢田文雄の話はこちら。
「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02
※あらすじ→小林和江の従弟・オタク漫画家沢田文雄登場。自身に劣等感を抱く彼の過去とは。

「同窓会」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-01
※あらすじ→オタク漫画家・文雄、高校の同窓会へ。いじめっ子元同級生と会う。沢田のとった行動とは。

「それぞれの道・沢田文雄」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25
※あらすじ→沢田文雄と担当の浅野仁のやりとり。郷田浩に思いを馳せる沢田。そして高校時代とは縁を切る。


長山春香の話はこちら。
「醜い世界」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18
※あらすじ→壮絶なイジメを経験した漫画家の卵・長山春香の話。四条静也と理沙との接点も明らかになる。

「梅雨明け・孤独な幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
※あらすじ→社会からの爪弾き者の沢田文雄と長山春香、それぞれの視点から。海の日の雑学あり。

「秋の夜長・読書週間」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-06
※あらすじ→孤独死、上等。死は安らぎ。長山春香にとって遠ざけたいのは人であり世間だった。

「未来を得る・漫画の力」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-17
※あらすじ→長山春香、最終編。沢田文雄の漫画が春香に未来を与える。


福田みすずの話はこちら。
「苦い縁談」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-03
※あらすじ→フェミニスト・福田みすずに縁談が。そのお相手は・・・。

「ドライなお見合い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-10
※あらすじ→福田みすず、イケメン・郷田浩とお見合い。その結果は・・・

「出しっぱなしの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18
※あらすじ→見合い相手のイケメンの家へ行くことに。意外と郷田家との相性は良く、みすずの心は揺れるが、常にこの問いが心に巣くう。そこまでして結婚したいのか?

「桜の葉」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-25
※あらすじ→福田みすずのお見合い編、決着。呪いが解けたみすずVS郷田浩の戦いをご覧あれ。

「それぞれの道・福田みすず」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-21
※あらすじ→小林和江が宣伝していた沢田文雄の漫画を手にするみすず。その内容は・・・!


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


ゲスいこの世を生きるには [自殺・イジメ・差別・生き方]

まずは我らが藤沢数希氏の名言を集めたツイッターを紹介。
https://twitter.com/kinyu_nikki_bot

↑なるほど、と思わされることがたくさん。人生、生き方にお悩みの方、ご参考に。

うむ、ワシがなぜ藤沢数希氏に注目しているかというと、世間を支配している価値観をひっくり返すような考えを提示してくれることがあるからだ。(ホリエモン、ちきりんさんも同じにおいがする)

「友だちはいなくてもいい」というのも、そのひとつ。
そして、恋愛をゲームと言い切り、恋愛にさほど価値を見出していないのも、なかなかに勇気がいる新しい考え方だ。が、これを言うと、必ず「さびしい人。カワイそうな人」と揶揄されるし、「愛を知らない人」などと見下される。

もちろん、女性をモノ化して捉えているので、そこは共感しづらいが・・・
けど、非モテ・恋愛弱者にとっては「恋愛はゲーム=価値はさほどにない」という考えは救いになるだろう。

藤沢氏は、結婚にも価値を見出していない。ホリエモンもそうだよね。
まあ、これは昔から一部フェミニストもそうだったけど。

ちなみに、ワシ含め周りの者もなぜかほとんど未婚者、あるいは離婚して独身者。既婚者でも子なしが多い。あえて子どもを作らない生き方を選ぶ。楽器演奏者・楽器を練習する自由な時間がどうしても必要な者にとっては結婚・子を持つことは二の足を踏んでしまう。
あとは恋愛至上主義者であるがために、恋愛結婚にこだわり、婚期を逃したケースか・・・いや、ほんと独身者だらけなのだ。つまり「妥協してまで結婚する価値を見出せない者」が多い。

まあ、それはともかくとして・・・
藤沢氏もホリエモンもちきりんさんも成功者。で、割と冷徹な現実主義者だ。

そんな遠い世界の成功者の言葉など響かないという方は↓こちらに共感するかも?

https://twitter.com/hachapin2/status/872017525705515008より転載。

【私は、働いてない人間は「家庭に寄生してる」とは思わないけどね。勝手に誕生させといて賃金奴隷になれだなんて、そんな非道な要求が通るわけない。私自身、これからも「働かなくて申し訳ない」などと思うことはないだろう】

https://twitter.com/atyraupavlodar/status/872066621019492353より転載。

【「不幸は積極的で幸福は消極的」とはよく言ったものだ。飢えだとか、乾きだとか、困窮だとか、不幸は私が何もしていなくとも彼のほうから引っ切り無しに迫りくる。一方幸福はといえば苦痛を忍んで努力してやっと手に入るかどうかといったところ。いくら骨を折りながら追求しても報われるとは限らない】

【働くことは苦痛。なのでその苦痛から逃れるために働きたくないのは当然なのだが、なんと働かなくとも金がなくなり後に苦痛ににじり寄られるのよ。どうやら生きてる限り苦痛続きらしいのでさっさとこの世から去りたいんですが、自殺もまた苦痛というふざけたクソゲーなんだよ人生は。まさに八方塞がり】

https://twitter.com/kuginnya/status/871948066273861632より転載。

【「幸せ」とは即ち「苦痛を免れている事」なのだと思う。安全な場所で眠れる。十分に食事が取れる。衣服を着ていられる。社会に貢献できている。ひとりぼっちじゃない。 結局、この世は苦痛が全ての前提にあって、そこからどれだけ逃げられるかが豊かさの象徴なのだろう。酷い話だ】

https://twitter.com/Antinatalismbot/status/872005856417652736より転載。

【自分が生きている世界は辛いことがいっぱいで人にお勧めできるようなところじゃない 自分が感じてきた不幸や絶望を生まれてくるのかもわからない我が子に背負わせたくない 自分の今までの行いが遺伝することも考慮して、子を作るのは止そうという考えに至った】

転載終わり。

これに反論できる人っている? きれいごとなしで。

そんなワシは↓ここのツイートをチェックしている。なるほど、たしかにそうだよな、と割と共感するところが多い。

「反出生主義」
https://twitter.com/Antinatalismbot


そうじゃのお・・・
ワシはわりと今は楽しく過ごしているし、恵まれているほうだと思う一方で、今の世間様からは浮いているし・・・あと、これから直面しないとならないのだろう老いからくる劣化=認知機能の低下、体の機能の低下、病苦などなど、死までどれくらい辛い思いをするのか、そういった人生におけるマイナス面と天秤にかけると、どうもマイナス面が勝ってしまう^^;

ただただ運が良かったと思うのは、世間一般の価値観が支配する社会から距離を置けていたことだ。ワシが身を置いていたのはピアノ界だったり、漫画界だったり、かなり特殊な世界だ。

もし、世間一般の価値観が支配する普通の会社などに就職していたら、一般の人たちとのおつきあいに疲弊し、浮きに浮きまくり、「自分はなんてダメなんだ、生きている価値なし」と劣等感を肥大させ、今はきっと不幸のどん底だったかもしれん。

もう一度、生まれ変わりたいかと訊かれたら、ご免こうむる^^;

仏教では、生まれ変わることではなく、無になることが最高の救い、と捉えているらしいが、まさにそう。

ならば、最初から生まれないほうが嫌な思いや苦痛を味合わなくていい、とも言えてしまう。
なのでこの非出生主義・反出生主義の考えに共感してしまうのかもしれない。


あと・・・これも紹介しておこうかの。

ちきりんさんの記事。「生むということ」
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/touch/20070213

・・・ホント、大変なことだよな。もちろん、その後、育てることも。

そうそう、今、角田光代の「坂の途中の家」を読んでいるところだが、これはぜひ男性にも読んでもらいたい小説だ。
いかに育児が大変で、母親が疲弊し、追い詰められているかが心に迫ってくる作品である。



世間では子どもを産み育てることを尊い、素敵なこと、人間として当然ということになっているけれど、もしかして、そういうことにしておかないと、産んで育てる人が少なくなってしまうから、と穿った見方さえしてしまう。

もちろん、子育てで人生充実、幸せを感じる人もたくさんいるだろうが、やはり子育てに悩み、内心では産まなきゃよかったと後悔している人もいるだろう。ただ公には声に出せない。それをしたら周りから非難轟々、親失格どころか、人間失格扱いされるから。

で、子どもは必ずしも「産んでくれてありがとう」とは思わないかも^^;
上記で紹介したように「勝手に産みやがって」「生まれたくなかった」と思う子もいるだろう。この世の価値観にそぐわず、自分はダメ人間だと劣等感のみ抱え、あまり幸福感が得られず、苦痛ばかり味わっていると、そういう思考に陥るのも無理はない。

子育ては女性に大きく負担となるが、多くの人=皆が当たり前にやっているのだから、ということで・・・口では「大変だね」と言いつつ、内心は軽く見ている人(男性)も多い気がする。

だからだろう、欧米では普通に行われている無痛分娩が日本ではあまり広がっていない。未だに「お腹を痛めて苦しい思いをして産んでこそ云々」の価値観が支配しているからだろう。まるでラクして産んではいけないと言っているかのよう。
実は日本社会が未だ『それくらい我慢しろ』『当たり前』とお産を軽く見ているから、無痛分娩ひとつとっても、広がらないのだろう。

※無痛分娩については、短編連作小説「これも何かの縁」より「封印された過去」で話題にした。

「封印された過去」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-2
あらすじ→イジメと暴力・静也の児童養護施設時代。無痛分娩についてのうんちくあり。


※ほか、「五月晴れの動物園」「孤独と幸福の狭間で」では育児で疲弊するママ・福田さりな、四条理沙を描いている。

「五月晴れの動物園」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-08
あらすじ→福田みすずの美人妹さりなの話。自立って何? 離婚・元夫について語る。

「孤独と幸福の狭間で」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-23
あらすじ→近所の主婦に子への虐待疑惑のウワサが。理沙も近所の目が気になり育児に心が疲弊する。


で、最近は・・・
「ママも働こう、自立しよう、夫に経済的に頼っているとリスクが高い、働くのが当たり前」ということで、子育てしつつフルタイムで働くことが良しという価値観も浸透しつつあり、毎日を走り回る日々を送っている人も多いだろう。

もちろん、それで人生充実、幸せを感じている人もいるだろうけれど、身も心も疲れ果てている人も実は多いのではないだろうか。(もちろん、専業主婦で昼間もずっと子どもと二人っきりも辛いものがあるだろう)

「労働することは良いこと、怠け者は悪」という価値観で縛らないと、働き者が大勢いないと、社会はうまく回っていかない。

ただ、その価値観に縛られた生き方が本当に自分を幸せにするのかどうかは分からない。

というわけで、世間が良しとする価値観に懐疑的な今日この頃だ。

たとえば、ぼっち・孤独を良しとしない価値観。孤独は不幸、惨め、かわいそう、と問題視する社会。

その価値観から、息苦しい思いをしている子どもが自殺してしまったり、劣等感を肥大させ、心を病んだり・・・いや、子どもだけではなく、大人もそうだろう。

ほか、恋愛や結婚、家庭=子を持つこともそうだろう。ただ、こちらの価値観は昔に較べたら絶対性は薄れてきているものの・・・少子化を憂える社会は何とかして「結婚し、仕事をしながら子育てする生き方が最高」という価値観で女性を縛りたいのが本音だと思う。

そして・・・「自立できない、依存すること=悪・不幸」は、絶対的価値観だよな・・・。

多様性を認めよう、皆それぞれ自分なりの幸せ、生き方でいい、と言っておきながら、こういった価値観でジャッジし、その価値観に合わない・合わせようとしない人・はじかれしまった人を問題視したりする社会の中で、自分なりの幸せを見つけるのはけっこう難しい。

価値観に惑わされて、息苦しい思いをし、自分には価値がない、自分は恥ずかしい、自分が嫌になる、という人も多いだろう。

前の記事で話題にした『ピアニストを夢見ながらもいじめ自殺に追い込まれた中島菜保子さん』の日記にも「自分が嫌い。死にたいくらい」というような記述があった。

ぼっちになること=悪、恥ずかしいこと。そんな価値観に縛られていたのだろう中島さん。
日記で「毎日が怖い。(友達関係が)うまくいくのか、そのことばかり考えて、疲れた」「毎日、不安な夜を過ごしている」と心情を吐露している。

ぼっちになる恐怖が、中島さんの心をすり減らし、死へと追い込んだのだ。

もしも「友だちなんていなくていい」「ぼっちは恥ずかしいことでも何でもない」「学校なんて行かなくてもいい」という考え・価値観が、中島さんの中にあったら、今も生きていたのではないだろうか。

この世間が良しとする価値観に苦しんでいる人は大勢いるはずだ。

※関連記事
「ぼっち上等・友だちはいなくてもいいのでは?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-23
「ぼっちは嫌・ピアノが超上手な茨城中3女子生徒が自殺」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-05-31

※ほか、小説「これも何かの縁」では、「紡がれる縁」にて、友だちがいない主人公・四条静也を問題視する担任教師を覚めた目で見る静也の姿を描いている。

「紡がれる縁」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-7
あらすじ→静也の過去の話。理沙に近づいた理由とは。忘年会のうんちくあり。


また「労働することが良し、怠け者は悪」という価値観・・・これも過労死や過労による自殺を招いている一因だと思う。

この価値観によって、会社を辞められないし、辞めたら終わり・負け組、仕事を失ったら惨め、と思い込まされ、疲れ果てて死へと追い込まれていくのかも。

中島さん、そしてブラック企業電通で過重労働させられ、上司から嫌がらせを受けていた高橋まつりさんも「怠けてもいい、合わない仕事や学校はやめてもいい」と思うことができていれば、自殺するまでに追い詰められずに済んだのではないだろうか。

強い人なのだろうサッカーの本田圭佑選手の「自殺するな、両親に感謝し、成功することではなく己を成長させることに囚われろ」という正論も、心が弱っている者には届かない。

「成長することは良し、劣化はダメ」という価値観も、老いて衰えていく人間にとっては厳しい価値観だ。

なので、ワシは世間から受け入れがたい価値観であろう非出生主義・反出生主義にも注目している。


そんなわけで・・・
当ブログでは、恋愛・結婚・婚活・不倫・エッチ、子育て、家族、犯罪ネタ、オタク関連(表現の自由・イジメ、差別)などなど主に「生き方」「社会問題」テーマに皮肉をたっぷり混ぜて毒を吐いてきた・・・つもりじゃ。

結局、言っていることは「不法行為でなければ何でもいい。自由に選択しようぜ、世間様の価値観に惑わされず、我が道行こうぜ」なんだけど。

それは物語「これも何かの縁」のテーマにもなっている。

まあ、何にせよ、それにはまず『お金』だよなあ。自分で稼ぐもいいし、愛人でパパからもらう、結婚して夫からもらう、親からもらう、などなどやりようはある。

だからパパ活も否定しない。そういう生き方もありだろう。

「自分で稼ぐのが偉い」「自立するのが偉い」というのが世間の考え方だけど、別に「偉くなるため」に生きているわけではないだろう。ラクに生きたい、というのも当然あり。

世間はそれを「情けない」「恥ずかしい」「ずるい」「物乞いだ」と批判するかもしれないけれど。

もち、愛人にせよ夫にせよ親にせよ、ずっと助けてもらえるわけじゃないだろうから、そこは考えないといけないんだろう。
ただ、自分で稼ぐのだって、いつかクビを切られるかもしれないし、自営業・自由業もいつ仕事がなくなるかわからないわけで、どんな生き方をしてもリスクはある。

要はどんなリスクがあるのか、知った上で選択すればいいのだ。

ワシは今では世間を支配する絶対的価値観『自立すること=良し』にも懐疑的だ。

だから「これも何かの縁」の「五月晴れの動物園」では、夫の浅野仁から「自立できていないんだな」と言われた福田さりなに心の中で「自立ってそんなに偉いこと?」と吐露せたりしている。

まあ、何はともあれ・・・
世間が良しとする生き方は立派ではあるが、幸せは担保してくれないかも。

・・・・・・・・・・
余談。

「一度も働いたことない40〜50代大卒娘」を抱えた高齢親が増加中」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51910

↑これも社会から見れば、こういった女性たちは「いかがなものか」となるのだろう。

そこで、上で紹介した非出生主義ツイートをもう一度、紹介しておこう。

【私は、働いてない人間は「家庭に寄生してる」とは思わないけどね。勝手に誕生させといて賃金奴隷になれだなんて、そんな非道な要求が通るわけない。私自身、これからも「働かなくて申し訳ない」などと思うことはないだろう】

【働くことは苦痛。なのでその苦痛から逃れるために働きたくないのは当然なのだが、なんと働かなくとも金がなくなり後に苦痛ににじり寄られるのよ。どうやら生きてる限り苦痛続きらしいのでさっさとこの世から去りたいんですが、自殺もまた苦痛というふざけたクソゲーなんだよ人生は。まさに八方塞がり】


うん・・・たしかに、勝手に誕生させておいて、働かないからと非難されるのも、何だかねえ、と思う。

え? 情けない?
労働は義務。やって当然。

でも、それも一種の押し付けだよね。

ただ、そういう人間が増えては社会が成り立たない。

彼女らは経済的困難に陥った場合、最終的に生活保護に頼ることになるのだろう。

でも、生活保護は未だ外国人にも与えているのだし(ちなみにこれは憲法違反。そういう判決も出ているが、人道上、仕方なしということになっている)、ならば日本国民である彼女らにも与えられるべきだろう。

まあ、皇族方にかけるお金(国民の税金)もあれだけ出ているんだしね。
※眞子様は結婚することで国から1億4千万円もらうんだっけ。黒田清子さんは1億5千万円だったが。ほか天皇家から相当額をもらえるだろう。黒田清子さんは合計3億円という話だ。もちろん贈与税なしで。(それでも女性宮家を作られるよりはずっと安上がり)

外国人への生活保護、皇族費を許すんなら、経済的困難に陥った日本国民も助けるのは当然だ。

そのうち、社会の価値観にそぐわない人は、自然に淘汰されていくだろう。
皆が皆、結婚し子どもを持つ時代ではなく、選び選ばれて結婚し、子を成す人が多いだろうから、社会が良しとする性質を持った人が選ばれることが多くなり、結果、コミュ能力が高く、行動的・積極的・外交的・働き者の性質・遺伝子を継ぐ子孫が残るだろう。

両親が世間の価値観に合った人たちなのに、たまに世間が良しとする価値観に合わない性質の子が生まれるというエラーが起きるかもしれないが、エラーだからごくごく少数だ。

え? そういうのは遺伝子ではなく、育っていく環境で決まる?
もち、それもあるだろうが、性格・性質も大きいようだ。

コルクの佐渡島康平氏の記事を紹介しよう。

「僕が妻と喧嘩をする時」
https://baby.frau.tokyo/_ct/17082508より一部転載。

【息子が3人いると、3人とも行動パターンが違う。年月をかけて形成されていくわけでもなく、初めから決まっている。子育てをしていると、遺伝子の影響力の大きさに驚く】


ところで、佐渡島さんの家庭はほんと「真っ当」「理想的家族」という言葉がピッタリ。

お子さんもしっかりしていて、元気でとても賢そう。頭もいいのだろう。
小学生低学年で、お金を稼ぐことを考えている。物事のマイナス面、プラス面を考え、分析しようとしている。

ワシなんて、その年齢ではただただ親から買ってもらうことしか考えなかった。
いや、高校生の時もお金を使うことよりも使わないことを選ぶ情けない子どもであった。
物事にプラス面・マイナス面があるなんて考えたこともなかった。
今で言うならカースト最下位、いじめられっ子で愚鈍な子どもであった。よって自分の性質を受け継ぐ子もいじめられっ子気質であり、やはり愚鈍で発達が遅れた子になる可能性があり、大人になってもそれを引きずってしまうだろう。いじめや引きこもり、ニートと縁がありそう^^;

佐渡島さんのような人は違う世界の人のように思える。
テレビなどで拝見する限り、佐渡島さんは楽しんで仕事をする働き者、性格もポジティブ、外交的で明るく、コミュ能力も高く、もちろん頭もいい(東大卒・講談社の漫画編集者になり、その後、独立)、リーダー的性質ももち、まさに世間が理想とする人間に見える。育ちも良さそう。(父親の仕事で外国・南アフリカで暮らしたこともあるようだ)
仕事人間ではなく、家庭も大切にできる良き父親。バランスのいい生き方ができる人。偏りがない。
家庭を大切にできない男性もいる中で、本当に立派だと思う。

こういった人が子孫を残していけばいいと素直に思う。

反対に『社会が良しとする価値観から外れている人』『バランスが悪く偏っている人』が、子を残すことはかなり少なくなっていくだろう。

今まで、ほとんどの人が結婚し、子を持つことのほうが不自然だったのだ。

真っ当なごくごく多くの一般の人たちは、上で紹介した「一度も働いたことがない40~50代大卒娘」に眉をひそめるだろうが、いずれ彼女たちは平和に滅んでいく。

世間が良しとしない生き方をしている彼女たちは、表に出てくることもないだろう。
表に出てくれば、世間は「情けない」と彼女たちを批判し、白い目で見るだろうから。

「恋愛弱者・オタク(要するにコミュ障の気がある人ということだろう)は平和に滅んで行ってほしい」と願う上野千鶴子氏と同様、社会は「世間の価値観に合わない人たちは平和に滅んで行ってほしい」と思っている。社会がそういう空気を作っていくだろうから、その通りになるだろう。

それでいいんだと思う。
非出生主義・反出生主義の人も、そういう空気をちゃんと汲み取っているのだろう。

少子化を憂えている世間様だけれど、怠け者・ニート・コミュ障・仕事ができない人・問題になりそうな人・お荷物な人は増えてほしくないだろう。現実的に社会を回していく上で、当然の考えだ。

問題を引き起こす人間・弱者・生活困窮者が少なければ、社会が救済できる。
が、多ければ救済する余裕がなくなる。

オタクなワシもどちらかというと世間様の価値観にそぐわないエラーな人間だ。なので世間様の価値観についモノを申してしまうが、平和に滅んでいくので許してほしい^^;

とはいえ、『自殺=悪・避けるべきこと』も、世間を支配する絶対的価値観であるけれど・・・。

※関連記事
「オタクは滅びてほしい・上野千鶴子ナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24
「スキーには行くのか・愛子さま激やせ(追記・女性宮家)」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-01-1

・・・・・・・・・・
余談その2。

角田光代の「坂の途中の家」のレビューで気になったこと。

低評価をつけている人は、育児をあまりにネガティブに捉えている点が不快のようだ。
そして角田さんに子どもがいないことから・・・こんなコメントもあった。

以下、アマゾンレビューより一部転載。

【子育ては大変なものだけれども、大変な部分だけを描写するのは違うように思います。結果、子育て中の私には、作中の子供にリアリティを感じられませんでしたし、子供と主人公の関係は普通ではない特殊なものとしか思えませんでした。

自分の実感ですが、自分の子供に対する愛情というのは、親に対する愛や恋人に対する愛とはその強さや質が全く違うものです。それが母性だと思います。作中にはそれが全く感じられません。

最初から最後まで、主人公は母性に欠けた極度に自信のない女で、子供への思いやりがなく、周囲の言動や行動を悪意にしか受け止められず、そんな自分を正当化するように被告の女に共感、同情し続けているように読めました。読んでいて不快でした。

失礼ながら、角田さんはお子さんがいらっしゃらないので、娘の立場でしか親子関係を見られないのだろうと感じました。どんなに子育てが大変でも、その寝顔や笑顔が親にとってどんなにいとおしいものか、ご存知ないのだろうと感じました】


そして、このレビューに対するコメントも、一部転載しておこう。

【寝顔や笑顔がどんなに愛しいものでも、ある時、ある瞬間、こどもが悪魔のように思える一瞬があるのが子育てです。
子育てなんて、きれいごとを言っていられるほど簡単なものではありません。
あなたのような方がある意味、正論を振りかざして作中のような母親を追い詰めるのでしょう。
たった一人を育てているだけで、子育てのすべてがわかっているかのような言いぐさが不愉快です】


うん・・・正論って人を追い詰めるよな。

いや、正論が吐ける強い人、ネガティブに捉える人に辟易する人、物事をポジティブに捉えられる人は、世間の価値観に合う『真っ当な人』かもしれない。社会にとっても必要な人だ。それはそれでいいのだ。

けど、そうじゃない人もいるということで・・・。

ところで作家は、自分が直に経験していないことでも想像して物語を紡いでいくもの。経験していないことは書けません、となったら、すぐにネタが尽きる。

角田さんのこの作品については、育児経験者も「リアリティがある」と絶賛している人も多い。

また、こういったレビューもあった。

【独身女性がこれを読んだら結婚にも出産にも希望を持てなくなりそう】

要するに、これを読んで「自分には育児は無理そうだ」という人は子どもを持ってはいけないということかもしれない。子育てはそれほどに覚悟のいる大変な仕事だとも言えるのかも。

だって「できないからやめたい」というわけにはいかないのだから。
とはいっても、最終的には児童養護施設があるのだけど。

まあ、子どもが欲しい人は配偶者選びも大切だよね。
配偶者によって、その後の育児が不幸を招くことになりかねないようだ。
良き家庭人となってくれる男性はどれくらいいるんだろう、と思ってしまった。


人気ブログランキングへ
[ひらめき]よろしくお願いします。

続きを読む


自殺・イジメ・差別・生き方 ブログトップ