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年賀状―人間関係って難しい [本編「~縁」(短編連作小説集)]

短編小説「縁」本編・5編目
※目次ページはこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

前話「元日のお雑煮」の続きといえば続き。
若夫婦・四条静也と理沙の黒い過去(思い出)が少しだけ垣間見えてくる。(4200字)

以下本文。

   ・・・

 元日の昼下がり。
 部屋を出た理沙は、自宅マンション1階エントランスにある郵便受けから年賀状を取り出す。部屋に戻った。
 ザッと見たところ20枚近く届いているようだ。
 年賀状を手に部屋に戻ると、皿洗いを終えた静也も手をふきふき、やってきた。

「お、着たか。どれどれ」
 食卓の上で年賀状を広げ、一枚一枚眺める。
 ほとんど職場関係者からだ。
 あの黒野先輩からも届いていた。デッカイ字で「あけましておめでとう。今年もよろしく」とハガキいっぱいに描かれている。

「先輩……らしいよね」
 理沙は笑いながらも、夫婦二人で年賀状20枚弱というのは多いのか少ないのか気になった。
 今の時代、若い人はSNSでやりとりで済ませ年賀状を書かない人も多いようだが、自分たち夫婦はスマフォも持たず、親しい人もいないので、そういったネット上のやりとりもしていない。

 そこで、ふと思う。そういえば学生時代の友だち、児童養護施設の友だちとは疎遠になったなと。
 いや……彼らは『友だち』ではなく、単なる知人だった。

 ――理沙の心の底に沈んでいたある記憶が浮上する。

   ・・・

 理沙と静也は中学からのつきあいだ。
 その頃から静也のほうは友だちが少なかった。いや、いなかったと言っていい。
 どこかしら斜に構えた態度で理屈っぽく、お勉強が趣味だった静也は、学校の同級生からも、施設の仲間たちからも嫌味なヤツに思われ、引かれていたようだ。

 高校生になれば、皆、携帯電話やスマートフォンを持っている。
 が当時、児童養護施設で暮らしていた静也も理沙も、スマートフォンはもちろん携帯電話も持っていなかった。

 二人の目標は「公務員になること」だったので、その勉強に忙しかったし、特にケータイやスマフォが必要とも思えなかった。

 ただ、それらを持たないということは、ほかの友だちとコミュニケーションとったり、おつきあいするのに非常に不便である。クラスの同級生らとは完全に距離ができてしまった。

 いや……携帯電話があろうがなかろうが、その頃の理沙はすでに同級生たちと距離を置いていたのだが……
 とにかく、静也も理沙も連絡を取り合うような友だちはおらず、周囲から浮いていた。

 けど、施設にいた同い年のほかの子たちは、携帯電話を持ちたがった。

 なので、その子たちはアルバイトをし、お金を貯め、携帯電話ショップへ申込みに行ったのだが……契約を拒否されてしまったことがあった。
 その理由は『親=法定代理人』の同意が確認できないからだという。

 虐待で保護された子は、そういったことを親に頼むことができない。
 なので施設長が親権を代行するという形で申し込んだのだが、「施設長の同意では受け付けられない」とのことだった。
 もちろん今現在は改善されているようだが、当時は応じない会社もあったそうだ。

 契約拒否の話を知った静也は「世の中そんなもんだろ。電話会社にしてみれば、身分が不安定なヤツとは契約したくないってことだ」と冷笑し、安定的身分を手に入れるべく、なおいっそう公務員試験に合格するための勉強に励んだ。

 そんな静也は学科の成績も良く、高校の先生からは、奨学金をとって大学に進学することを勧められていた。

 だが、高校を卒業すれば施設を出なくてはならない。
 18歳を過ぎても施設に居られるケースは、高校を留年し、卒業できなかった場合に限られ、大学進学のケースでは施設を出ていかなければならなかった。親族の支援がなく、奨学金とバイトで大学の入学金と学費、そして住居費を含めた生活費を賄っていくのは相当、厳しいものがある。

 孤児となった理沙と静也には、それぞれ司法書士の後見人がつき、親が遺してくれた遺産の管理をしてくれていたので、それを大学進学の費用に使うこともできたが、二人は高卒で公務員になる道を選んだ。

 二人がいた高校は偏差値がそこそこ高い公立校であり、ほかの同級生たちはほぼ全員、大学進学を目指していた。将来の道が違う同級生たちは、自分たちとは住む世界が違う人たちだ。高校卒業後はすぐに疎遠になった。

 また施設の仲間たちとも親しくなることはなく、施設を出たあとは誰とも連絡を取り合うこともなかった。

 だが、20歳になった時――
 成人式で中学・高校で一緒だった元同級生らの何人かと再会した。

「せっかくのイベントだから」と軽く考え、理沙はあまり乗り気じゃなかった静也を誘って、会場に出向いた。

 この時、理沙と静也はすでに結婚しており、市役所に務める公務員として生活していた。

 成人式で会った元同級生らがそれを知った時――彼らの口からは「うらやましい」「ラッキーだな」「すっかり安定を手に入れやがって」「将来も安泰だね」「上手くやったな」「クビにならないラクな仕事だよな」「こっちはこれから大変だ」「オレも公務員目指そうかな」という言葉が躍った。

 が、それを聞いた静也は無愛想に言い返した。
「それは失礼だろ。ラッキーでも何でもなく、オレと理沙はそれなりの努力して、今の職を手に入れたんだ。それに『ラクな仕事』っていうの取り消してほしい。残業もけっこう多いし、何かと市民から突き上げくらうし、公務員もけっこう大変なんだよ」

 彼らは口をつぐみ、表情を硬くした。お祝いムードもどこへやら、どこかしら冷やかな空気が漂う。

 その時、元同級生の一人が「とか言って、幸せを見せつけにきたんでしょ~」と揶揄した。おどけた風を装っていたけど、眼は笑っておらず、こんな心の声が聞こえてきた。

 ――施設暮らしの、かわいそうだったはずの理沙と静也。それが今では安定した生活を手に入れ、結婚し、自分たちよりも幸せそうに見える。ムカつく。施設上がりのくせに――

 いや、これは理沙の被害妄想だ。
 けど、そんな想像をさせるほどの黒い空気を感じた。

 理沙の歪んだ思いは膨れ上がる。

 ――皆が皆、理沙と静也の幸せを喜んでいるわけではなく、むしろ恵まれず、かわいそうなままでいてほしいのだ――

 昔を懐かしむような空気はとっくに消え去っていた。

 元同級生たちが静也とにらみ合いをしている中、理沙は割って入り、冷笑を浮かべながらこう問うた。

「そう? 私たちがラッキーでうらやましい? 家族を早くに亡くし、施設暮らしで、好きなものも買えず、高校生になってもスマフォどころかケータイも持てなくて、休み時間も公務員になるための勉強に明け暮れていた私たちがラッキー? でも、あんた達、当時はそんな私たちをかわいそうな人と見下していたんじゃない? だから私と静也はラッキーなんかじゃないよね?」

 とげとげしかった険悪なムードは、白けた空気へと変わっていく。

「あら、ごめんなさいね。何か悪いこと言っちゃった? 私って、かわいそうな人だったから性格、歪んでいるんだ」

 精一杯の嫌味を吐いた後、「帰る?」と静也に笑いかけた。
 静也は毒気を抜かれたように「ああ」と頷いた。

「場を汚して、申し訳ありませんでした。どうぞお許しください」
 わざとらしく深々とお辞儀をした理沙は、静也の腕をひっぱり、元同級生らの冷たい視線を背中に受けながら会場を後にした。

「言っちゃった……」
 理沙は思わずため息を漏らした。

 静也は「ま、いいんじゃないか」と苦笑を浮かべていた。
「しかし、なかなか強烈な皮肉だったな」

 皮肉はもともと静也の専売特許だったのに、いつの間にか理沙もぶちかませるようになってしまった。
 夫婦は似てくるとはよく言ったものである。

「二次会で私たちの悪口、すごいだろうな」
「どうせ、オレらには関係ない人たちだ。何を言われようが、どうでもいい」
「そうだね」

 こうして、静也と理沙は学生時代の知人友人と完全に縁を切った。

「でも今、私、幸せだから、その姿を見せたいと思ったことは事実かもな。それがきっと鼻についたんだろうね。私って嫌な性格かも」
「人の幸せが鼻につくほど、あいつら、不幸なのか?」

「他人の不幸は蜜の味って言うし……不幸を装う処世術を身に着けたほうがいいのかな」
「そうまでしてつきあう必要もないだろ」

「確かに、お互い不幸を願うような人間関係って不健康だよね」
「縁を切ったほうがいいってことだ」

 そんな乾いた話をしながら、その後、二人だけで成人のお祝いをしたのだった。

   ・・・

 元同級生たちとの後味悪い過去を振り払いながら苦笑する。
 理沙は年賀状を整理している静也を見やった。

 ――私も友だちがいない。世界が違う人たちとつきあうのはどうも苦手……私も静也も似たもの同士。

 ただ……今思えば、成人式で会った元同級生たちは、まだ大学2年だというのに就職のことで悩み、将来が不安で一杯だったのかもしれない。
 そんな彼らにとって、自分たちは鼻につく存在だっただろう。

 でも「ラッキーだ」「うらやましい」「ラクな仕事でいいよな」と言われて――
 自分としては「それは違う」と思っていても、「はい、そうです。ラクしてごめんなさい」と受け流す方が良かったのか?

 いや、それも結局は、相手に自分のことを分かってもらわなくてもいい……つまり、相手を『どうでもいい人間』と思っていることになるのだ。

 そして静也と理沙はいとも簡単に、同級生たちに見切りをつけてしまった。
 夫婦そろって冷淡な性格なのかもしれない。

 このお正月休み、理沙も静也もほかの誰かと過ごす予定はない。こちらから訪ねたい人も、反対に訪ねてくる人もいなかった。

 ――自分たちは二人ぼっちだ……だから……せめて静也との縁は大切にしよう。

 理沙は静也に声をかける。
「ねえ、初詣、行かない?」

「そうだな。少し動かないと、正月太りしそうだよな」
 静也は年賀状を置き、立ち上がった。

 二人は上着を羽織り、外へ出る。
 冷たい空気に思わず身を震わせながら、お正月の凛とした寒空の下、近所の神社を目指した。

 ――帰ったら、また柚子湯にして、今度は静也に一番風呂を譲ろう。

 理沙はひんやりした風を頬に受けながら、晴れ渡った清廉な空を見上げた。





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