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「女の価値は若さ」(VOCE炎上)・ちょいワルGG・エッチする場所 [恋愛・婚活・中絶・不倫]

6月27日追記。

GG創刊したとのことで、下記・本文で「ちょいワルGG」に触れたので追記。

巷ではすでに「ちょいワル老害」と呼ばれていて吹いた。もはや老害認定されている雑誌、本当に売れるのか?
美術館やゴルフでナンパするエロ爺。ま、現実はそのGG雑誌を見て、若いコとのデートを夢想するGGが大半だろう。

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ま、配偶者である奥様の男遊びも許してあげようね。それを許さないGGはカッコ悪いぞ。
つうか、その雑誌を買うGG、すでにカッコ悪い気が・・・。

いやあ、セクハラ老害雑誌として辛い記事が見受けられますが。
http://mess-y.com/archives/48196
http://buzzap.jp/news/20170612-choi-waru-gg/

ほんと、富裕層だというなら、パパ活女子のところへいけばいいのに。
入場料1500円の美術館でナンパしようなんて貧乏臭い。

まあ、バブル世代といっても多くのGGは『富裕層』を名乗れるほどではないから、低コストで女遊びをしたいとなってしまうのだろうけれど。

つうか、このGGの岸田氏、2014年に同じく富裕層50~60代向けに、モテを目指すヤンチャなジジイをやんじーと銘打ち、「MADURO(マデュロ)」という同じような雑誌、作っていたようで・・・。

「やんちゃなジジイと年増妻と愛人・姫ーナ…新雑誌「MADURO」の提唱する幼稚な男像」
http://mess-y.com/archives/12525

30代後半から価値なしとされるアラフォー女子、GGなら相手してくれるかも?
って、やんジーも、ちょいワルGGも、お断りだよね、たぶん^^;

で、50代男性にしてみれば『GG=ジジイ』の仲間入りなんてしたくない、一緒にしないでくれ、と思っているかも。

※関連記事
「若さを武器にパパ活」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-25


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6月22日追記。

「不快犯化する女たち」
https://togetter.com/li/1121596より

まあ、要するに今回の事件は女性読者ターゲットの雑誌なのに、女性の気持ちに寄り添えず、反感を買ってしまったということだな^^;

ただVOCEという雑誌は「おバカでいい、カワイイが正義」の価値観を持つようで・・・^^;
以下、VOCEについてのコメントを転載。

【そう言えば、十数年前、“容姿で目をひかないオンナはガリ勉するしか脳がなく、薬剤師やら教師やら資格職に進む”という趣旨の記事を載せていたのもVOCEだったな…ヘアサロンでたまたま見かけて立腹したの思い出した…全く変わってないな】

おそろしく古い価値観に囚われているVOCE・・・へえ、十数年前からある雑誌なのか・・・^^;

VOCEは、いかに男にモテるか、男に気に入られるにはどうしたらいいか、いい条件の男性と結婚するにはどうしたらいいか、モテを意識した雑誌なんだろう。
ならば「女の価値は若さ」「30代後半は男性にとってはお呼びではない」と現実的なことを言うのは当然のこと。実際、婚活市場ではそうだろう。無責任に夢をもたせるほうが罪。

女性読者が、自分に合った雑誌を選べばいい。男に媚びるなんて嫌だ、という女性はVOCEを買わなければいいのだ。

ま、今は、恋愛・婚活市場で勝負するか、地道に自分で稼ぐことを選び勉強するか、いろんな道がある。
結婚するしかなかった昔に較べたら、恵まれた時代になったのじゃ。

※関連記事
「何も持たない女の子には『若さ=女の価値』が救いになる?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-06-10


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6月20日
追記その5。

へえ、VOCEって以前も問題を起こしていたんだね。

「講談社が盗撮と人権蹂躙」
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/20060515/p1

撮影禁止の執事カフェ店内を盗撮、その上、雑誌に無断で客が映っている写真掲載。しかも小馬鹿にしたような内容の記事。

店側は抗議したものの、編集部側は悪びれない様子で謝罪の意思がない旨の回答だったという。
・・・なるほど見下し体質は昔からあったということか^^;

以下、VOCEに盗撮された店側のこの件についてのコメント、一部転載。

【上述の無断掲載を知るにあたり、直ちに当該編集部へ問い合わせを行いました。その結果、先方の担当者からは「何か問題がありましたか」と、悪びれない様子で、謝罪の意思もない旨の回答を頂きました。その後、同編集長とも折衝致しましたが、何ら回答がなく、私どもとしましては、この雑誌は、常識も倫理観もないゴシップ誌であると結論付けました。

過日の盗撮・無断掲載に関するご報告(Swallowtailのサイトより)】

転載終わり。

謝罪してないとは驚いた。見下し体質はずっと前からあったのだな。

今回の「30後半の女に市場価値はない」の記事についての謝罪は、購買読者が減ると困るから行っただけだろう。
編集部の本音は『バカじゃね? BBAに価値なしは当然だろ、アンチエイジングに励もうが、女は歳をとったら終わりなんだよ、こっちは雑誌を売るためにお前らバカ女を利用しているだけだ』と思っているかもしれんの。

だって撮影禁止の店を盗撮し、無断で客が移っている写真を載せ、小馬鹿にした記事を書き、店側から抗議されても謝罪しないなんて、オレ様体質もいいところ。
講談社に入社できた高学歴エリートが集まった編集部はきっと内心ではVOCE女性読者をバカにしていることだろう。

↓ただ、男性視点で立つと、こういう意見もある。

「VOCE炎上の一件で思う・ダブスタもいいところ」
https://matome.naver.jp/odai/2149796893518178401

ま、恋愛や結婚はお互いの品定めの場所であり、市場価値が問われるのも当然で、モノ扱いをするなというほうが甘い考えなのかも。

イケメンの高収入(稼ぐ力がある=頭がいい・コミュ力などさまざまな能力がある)と若い美人(卵子が若いから余裕を持って産める)が恋愛・婚活市場でがんばり、結婚し、子孫を残し、それ以外は淘汰でいいんじゃね?

うむ、差別って人間の質を上げるのに必要かも。
え? ナチス思想? そうだね。平和にナチス。選別は誰もがやっていること。


追記その4。

VOCE炎上記事を書いたライターさん(恋愛プロデューサ)の方、以前にもVOCEサイトでこういった記事を書いていたのだな。(だから、炎上するとは思ってなかったんだろうな。だって以前のこの記事も同じような内容だもの)

「トランプ氏よりエグい・日本人男性の考える35歳賞味期限説」
http://i-voce.jp/feed/5133/

一部転載。
【「紹介したい子がいるんだけど」「いくつ?」「36歳」「あームリムリ。その年齢じゃ恋愛対象にならないよ。せめて35歳以下にして……」これ、筆者が実際に日本人の男性と何回も交わしたことがあるやりとりです】

まあ、けどバブル時代は、結婚するなら女は30歳まで、だったし、もっと昔は25歳まで。女はクリスマスケーキだと、堂々と言われていたっけ。

それにバブル時代は、結婚したい男性への条件に「3高」(高収入・高学歴・高身長)という言葉もあった。だから、男性も結婚したい女の条件に「若さと美」「家事能力」を求めた。お互い様でもあるのだ。

ま、結婚したい人は20歳になったら婚活を始めれば、と思う。結婚して幸せになれるかどうかは分からないけれど。そういやあ「旦那デスノート」(夫の死を願う妻のSNS)が話題になっているようじゃの。


ところで・・・
ああ、そうじゃった、そうじゃった。小説「これも何かの縁」の紹介を忘れていた。ちょうどこの件とリンクするテーマだったのに。

そう、この小説の登場人物に、世間の美の基準から外れた福田みすずがお見合いをするのだが・・・。

29歳の福田みすず。劣等感にまみれながらも、イケメンだけど要介護の親を持った条件の悪い相手との縁談を受けてしまう。

そして同じ職場の、恋多き独身アラフォー美人・小林和江のことをちらっと意識する。
婚活市場であれば、ブスだけど若い自分のほうが上位なのでは、と。

そして世間の呪いに惑わされるのじゃが・・・
最終的に、呪いから解放されるというお話。

結婚できた者=勝者にはしていない。
ご興味持った方はぜひ。

※短編連作小説「これも何かの縁」より。
「苦い縁談」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-03
あらすじ→フェミニスト・福田みすずに縁談が。そのお相手は・・・。

「ドライなお見合い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-10
あらすじ→福田みすず、イケメン・郷田浩とお見合い。その結果は・・・

「出しっぱなしの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18
あらすじ→見合い相手のイケメンの家へ行くことに。意外と郷田家との相性は良く、みすずの心は揺れるが、常にこの問いが心に巣くう。そこまでして結婚したいのか?

「桜の葉」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-25
※あらすじ→福田みすずのお見合い編、決着。呪いが解けたみすずVS郷田浩の戦いをご覧あれ。


なお、短編連作小説「~縁」の目次はこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28


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追記その3。

男性陣の意見。
『女だって、平気で年収1000万のブサメンと、年収500万のイケメン、どっちを選ぶ?っていうようなことを平気で話題にしているよね。なのに、この程度のことで怒るわけ?』

たしかに。

ただ『年増の美人と若いブス、どっちを選ぶ?』を女性誌がやってしまったから、炎上してしまったんだよな。

女性誌は女性の味方、女性の気持ちに寄り添ってくれる・・・と女性含め読者側が勘違いしていたのだ。
女性誌が客層の女性をバカにしてしまったのだ。

これ、男性誌なら炎上しなかったかも?


追記その2。

ちなみにVOCEを炎上させた記事を書いたライターの方は、38歳、恋愛プロデューサ・・・を名乗っているらしい。(独身かしら?)https://twitter.com/miina_sasaki/status/876683156669083648

れ、恋愛プロデューサか・・・^^;
商売、大変そうだね。この手の商売敵、たくさんいそうだし。

いやいや、もはや恋愛も商売の道具。
まあ、人をランク付けし、モノとして品定めするのが今時の恋愛だから、『市場価値』という言葉が使われるのは無理もない。

で、実際に女の価値は美と若さは世間の本音でもあるだろう。恋愛プロデューサのこのライターさんもそう感じたから、ああいう記事を書いたのだろう。

いや、でもご自分も38歳・アラフォーということで、自分の女としての価値はゼロだと認めているのかな?
女としての価値がゼロなのに・・・恋愛プロデューサなのか・・・。

それとも既婚者で、結婚できた自分は女としての価値はないけれど勝者だと考えているのか?

穿った見方をしてしまうと、おそらく自分の価値をゼロとは思ってないだろう。じゃなければ恋愛プロデューサなんて恥ずかしくて名乗れない。

つまり、自分は特別。なにせ自分は恋愛に励む女の子たちを指導する立場なのだから。

けれど普通の女性の価値は若さしかない、と見下してしまった。そして美人かブスか、その単純な基準で女を見る・・・女性が女性をバカにする典型的な例。

いやあ、恋愛市場・婚活市場はほんと厳しいね。
年々価値が落ちるのに、その市場で取引するのは、精神的にも不健康になる気が。焦るだけで、ちっとも楽しくないのでは、と。

うん、恋愛や結婚から身を引く若者が増えているの、わかる気がするよ。
見下し見下され、底意地悪さも垣間見られる、あまりにえげつなくて、人間性を奪いわれかねない世界だもの。


追記その1。

「女の価値は若さと美だけ」としたVOCE炎上の件で。

ま、考えてみれば「美しくなければならない」「若さを保とう、アンチエイジングをがんばろう」と美に関連する商品を売りつけるのが、こういったメディアの仕事だからなあ。

で、美しくないもの・若さを保てないものを見下し、「ああならないようにしよう」とコンプレックスを煽って商売。上手いねえ^^;

「美しくないと不幸になるよ、ババアになると不幸になるよ」と脅して、ビジネス――呪いが効く日本では、こういった脅しビジネスって割と有効なのかも。

なので、本当は『多様な価値観』などあっては困るのだ。ビジネス・商売の邪魔になるから。

メディアが『価値』を作り上げる。その力を手放したくはないだろうな。

「ちょい悪ジジ」の岸田氏も産経新聞インタビュー記事でこう言っていた。
「(流行に)乗せられる側ではなく、自分も仕掛ける側に回りたい」と。

だから、ついつい傲慢になってしまうのだろう。
自分たちが価値を作り、不特定多数を導いていく上の立場だと勘違いしてしまうのかもしれない。

そして自分たちが作り上げる価値観に背く者を「ああなってはいけない、惨め、かわいそう」と巧妙に見下し、「不幸になるよ」と脅し、呪いをかけて、商売して儲ける。えぐいの~♪


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6月19日本文。

産経新聞で編集者・岸田一郎氏が取り上げられていた。お爺さんの雑誌「GG」を創刊するとかで。
ああ、そういえば昔『ちょい悪オヤジ』ってあったな。今度は『ちょい悪ジジ』か。

で、その岸田氏のポストセブンに載ったインタビュー記事が炎上したらしいの^^;

「焼き肉食べながら女性の尻をツンツン・そんな"ちょいワルジジ" には正直ドン引きします」
http://www.huffingtonpost.jp/aya-ikuta/choiwarujiji_12035_b_17049022.html

まあ、実際に尻を触ったら、痴漢だよな^^;
この際、どうせならツンツンではなく、パフパフまで挑戦してほしいよな。もちろん捕まる覚悟で。

岸田氏、きっと今までセクハラしていたんだろうな。本人は親しみを示しただけという感覚だろうけれど。

ところで岸田氏の写真見たら・・・あら、ほんとうにお爺さん・・・だ。
「モテの方法、教えて~お爺さん」 とついアルプス少女ハイジの歌を口ずさみそうになちまったぜ。

いや、いいんじゃないですか、捕まらない程度にエロ爺さんを目指すということで。
※「GG」っていうとイオンのGGカードが思い浮かな。

ただ、雑誌は「これがカッコいいですよ」と見立て紹介し、モテたいお爺さんがその通りのファッションしたりしてきたら・・・いやあ、カッコいいですかね?

ま、街中のナンパでは若者に負けてしまうから、場所を美術館に替え、伝説のエロ爺さんを目指してほしいぜ。裸婦像・裸婦画もきっと生温かく見守ってくれることじゃろう。

けど、ひとつだけ気になることが・・・。
ターゲットはバブル時代に派手に遊んだ50代~60代の富裕層の男性ということだけど、もちろん既婚者が多いと思う。で、既婚者なのにモテを目指すわけだけど、当然、奥さんもボーイフレンドを持ったり、男遊びすることを許すよね?

バブル世代の奥さんがモテを目指すのはちっともおかしくない。何しろ恋愛至上主義の影響を受けまくって生きてきただろうからね。富裕層のダンナを持つ奥さんならアンチエイジングに勤しみ、そこそこ美も保っているだろう。

奥さんの男遊びを許し、夫婦そろってモテを目指す。ちょい悪を目指す。いいねえ。

って・・・まさか「オレの女遊びはいいけど、妻の男遊びはダメ」なんて器の小さいことは言わないよね。

え? ババアはモテない? 女の価値は若さ。女は20代まで。
なので、ババアな妻のことは心配ではない、やれるもんならやってみろ・・・という声が聞こえてきそうじゃの。

そう、やっぱり女の価値は若さ。そして美。
女の価値はそれだけ。

ついに女性誌VOCEもそんな本音記事を漏らしてしまったようじゃ。
(ま、ワシは女性誌読まないので、この炎上話題でVOCAの存在を知った)

もちろん、VOCEツイッターは炎上。
編集部は謝罪に追い込まれてしまったようだけど。

どんなことが書かれていたのか、ここに載っている。
https://twitter.com/alohamode/status/876648834679455745

【女の市場価値はいくつまで?「男は普通の27歳と美人の33歳、どっちと付き合いたい?」
独身を謳歌しているうちに、周囲はどんどん結婚していき、いつの間にか合コンにも呼ばれなくなる……。こんな展開、怖いですよね】

【ブスな22歳、普通な27歳、美人の32歳、つきあうなら?】
【普通の27歳、美人の33歳、つきあうならどっち?】
【ブスな27歳、美人の37歳、つきあうならどっち?】

いやあ、すげえな、おつきあいするのに、ブスか美人か、年齢。それしか選ぶ基準がないようで・・・。

うん、恋愛・結婚市場は若い美女ががんばればいいと思うよ。ブスとババアは退散退散。そんな市場にいたら、たぶん不幸になる。ほかの道を行こうぜ。

女をモノ扱いするのは何も恋愛工学だけではない。女性ターゲットの雑誌も、人間扱いしないことが分かった。記事を書いたのも女性だ。女性が女性をモノ扱いし、顔と年齢でしか価値を測らない。でも、それは世の本音だからだろう。

この呪いは強固だよな。

もちろん炎上した=批判が殺到したということで、そんな価値観にNOを言う人もたくさんいたということなのだけど。

それでも「女の価値は容姿と年齢だけ」という呪いも生き続けるんだろうな。そんな品評される市場からはトンずらするが一番かも。


さて、もう一つ話題。
これが↓ツイッターで話題になっていたそうで・・・。けどネタは2014年のログ。

「ラブホテルを使っている男はモテない・はあちゅうが教える社会人デートの常識・非常識」
http://logmi.jp/36031

それに対する男性側からのコメント。
https://twitter.com/yuu_alpha_male/status/875350786619752448より転載。

【「社会人でラブホ使う男はダサい」という言説がタイムラインを賑わせてるけど、こんなんほざくのは中途半端に男の基準が上がった売れ残りアラサー女子だから、全く気にする必要無いね。 ストナンしてれば幾らでも素直なアラツー女子と出会えるから、捻くれて糞みたいなアラサー女子は不要なのだよ】


ま、ここでも「BBAに価値なし、不要」と言われてしまっている^^;

けど、たしかに男性からしたら「何様?」だよな。
ワシが男だったら、そんな女子とつきあうの面倒。

本当に好きなら、ラブホテルでもシティホテルでもどちらでもいいんじゃね? 逆にそういうことが気になるってことは、さほど好きじゃないということなんじゃ? 

ああ、そうか『モテること』って、相手が『自分の好みかどうか』が大事で、『自分が好きかどうか』は大事ではないんだ。

好み(このみ)と好き(すき)、この差は大きいかも。

ちなみに「~縁」の理沙ちんと静也君は倹約家。
つきあっている時から結婚が視野に入っていたので、将来のために余計なことにお金を使いたくなかったしエッチは、自分の部屋で行っていた(という裏設定じゃ)。ホテルなんて勿体ない。どこであろうと二人でゆっくりエッチできる場所であれば、それでいいじゃないか。
・・・と、こういう価値観も二人はピッタリだったようじゃの。

IMG_20160824_0002.jpg

なお、短編小説「縁」本編の目次はこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28


まあ、それはともかくとして・・・
はあちゅうさんは炎上をこのように捉えているようだ。

「炎上は時代のツボを突いているから燃える」
http://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/011100116/032900006/?n_cid=nbpwol_twbn

抜粋転載。

【3年後に誰かの記憶に残る言葉を使いたい】
【スタンスを明確にできない人は、良い発信者にはなれない】
【ネットの世界できれいに生きていくことは不可能】
【強い言葉は、人が持っている不満を吐き出させる】

たしかに、おとなしい言葉・発言はつまらない。
刺さるから面白いんだよな。


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日本版カースト2  [自殺・イジメ・差別・生き方・人間関係]

ある種の人たちってレベル分け・ランク付けが好きだねえ^^;

ま、ランク付けしたりして、人を見下すことで自分の不遇が慰められるのであれば、見下し見下されという生き方も仕方ないのかも、と最近、思う。

まずはこの記事を紹介しよう。

「新カースト制度・日本人を年収、職業で12階層に分けてみた」
http://ebloger.net/class-system/

違う階層とは、価値観が合わないし、同じ階層内でつきあうが、一番平和に過ごせる気がする。同じ価値観を持っていることが多いだろうから。

というか、違う階層の人と末永くつきあうのは難しいんだろうな。

同格、同じ階層の人間を求めるのが、人づきあいのデフォ。
感覚や価値観の違う人間とつきあっても、視野が広くなるなどプラスになることは少なく、大抵はマイナスに作用する。お互いに不快な思い、つまらない思いをするだけ。現実はそうだ。

生活習慣、価値観、考え方がまるで違う人たちと一緒のコミュニティにいても、トラブル続きで、上手くいかないことのほうが多いだろう。

だから、人は『違う価値観を持つ者』に対し、警戒し、マイナス評価を与えるのだな。
自分や自分が属するコミュニティを脅かす存在として、忌み嫌う。

社会を平和に運営していくには、不特定多数と違う価値観を持つ人間など邪魔なだけである。
だから同調圧力があるのだな。

ま、特に日本人は周りの目を気にする、周りから幸せに思われたい、嫌われたくない民族性(共同作業で生きてきた農耕民族の所為かな?)を持つので、同調圧力(呪い)をかけやすい。

同じ価値観を持った人間のコミュニティは安心。擦り合わせも可能。そう大きなもめ事に発展しない。
息苦しさと引き換えに平和を得ているのかもしれない。

もちろん、中には、その価値観に合わせることができず、病んでしまったり、最悪、自殺へ追い込まれる場合もあるだろうけれど。

なので上野千鶴子氏の「社会の害になりそうな人間(オタク)は平和に滅んでほしい=子孫は残さず、再生産せず、淘汰されてほしい」も仕方ない考え方なのかもしれない。(キモオタのワシも淘汰される側の人間じゃ^^;)

自分が理解できないもの・価値観が違うもの=嫌悪するものを「害」と見なす。人間、そんなものだ。

その代わり、上野氏は、ヘイトスピーチした人や差別発言した人を「ナチスやヒトラー呼ばわり」資格がなくなったわけだが・・・
上野氏に限らず、リべサヨの人たちはなぜか「自分も差別している自覚」がないようで、そこがリべサヨが不信感持たれている理由のひとつなんだろうな。

※関連記事
「日本版カースト」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-08
「日本版カースト3」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-08-03
「オタクは滅んでいってほしい・上野千鶴子氏のナチス思想」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-24


おっと話がずれてきたので、元に戻そう。
階層と人づきあいについて。

つきあいってそれなりにお金と時間をとられてしまう。
特に上の階層の人たちは時間にシビア。無駄な時間は使いたくないはず。

ワシは、彼らの時間を消費させるに値する価値はないので、早々に退散じゃの^^;

上層の人たちは、税金もたくさん納めてくれている社会にとってとても有益な人たちだ。その人の邪魔をしてはいかん。時間泥棒をするなどとんでもないこと。
下層に位置するワシのような人間は、せめて上層の人たちの迷惑をかけないようにしたいものじゃ。

いや、皮肉っているんじゃないよ。
だって、上層の人=税金をたくさん納めてくれる人たちがいるからこそ、社会の経済が回り、インフラが整えられこの日本を少しでも住みやすい社会にしてくれているのだ。(海外のほかの国に較べたら日本ははるかにいい)

社会保障制度もなんとか維持され、下層のワシはその恩恵に預かっているわけだ。
下層の人間は、もっと上層の人間に感謝してもいいのではないかとさえ思う。

そんな自分はがんばって上層へ行きたいとはさほど思っていない。疲れるし^^;
ま、そもそも自分がどの階層か気にならないし、いろんなランク付け・レベル分けがあるんだろう。ワシは最下層でいいぜ。気楽だし^^;

人づきあいでは・・・レベルや階層よりも、話があうかどうか、おもしろいかどうか、それだけ。
あとは金銭感覚が同じかどうか。(なので同じ階層の人間とつきあうのが一番心地よいとなるのかもしれぬ)

で、自分にとって「不快だな」と思ったヤツとはできるだけ距離を取り、関わらない。これが一番の解決法だよね。仕事関係だと難しいけど、とにかく逃げることを考えよう。

もち、自分も相手にとって不愉快な存在であることも多々あるだろうから、そこも重々気をつけないと。
その加減を見極めるのも、コミュニケーション能力のひとつかもしれないの~。

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短編連作小説「これも何かの縁」の主人公・四条静也と理沙夫妻も、人間関係を築くのが苦手。二人の世界で自己完結しているので、ほかの人間とつきあうのが面倒でもあるのだ。

それが如実に出たお話はこちら。

「面倒な年賀状」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-01
※あらすじ→微妙な問題をはらむ子どもの写真付き年賀状。やはり問題が起きてしまった。新生児の初正月について雑学あり。

「鬼は外・心の中に棲む鬼」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-08
※あらすじ→年賀状事件からその後、静也は相変わらず女性陣と距離を置いていたが・・・。節分・豆まきの由来・歴史など雑学満載。


ちなみに・・・
四条夫妻は役所勤めの地方公務員。夫婦共働きなので世帯収入は中流の上の階層に入るのかしら。

けど、家は賃貸なのか、社宅なのか、持ち家なのか、ローンがあるのかでも違ってくるし、扶養家族が何人いるのかでも違ってくる。

生活コストがどれくらいかかるのか、人それぞれ。
単純に収入だけで豊かさ=経済的余裕は量れないかも。

四条夫妻は賃貸だけど・・・そこそこ豊かな暮らしができている。ブランドにも興味ないし、クルマも持ってないし、その代わり、食事にちょっとお金をかけて、お値段高くても健康にいいものを選んでいる。たまには、ウナギやトロの刺身を食べて、プチ贅沢を楽しんでいる。

てなわけで食費=エンゲル係数は高めなんだけど・・・こういう場合のエンゲル係数って貧しさの指標になるのか?

また、四条夫妻にはおつきあいするような友だちはいない。よって、交際費用も発生しないし、そういったおつきあいに時間をとられることもない。

で、子は一人だけど・・・子はそれ以上は持たないと決めている。(物語上にはそんな話は出てこないけど・・・つまり裏設定ね)
それ以上持てば、時間的にも経済的にも体力的にも余裕がなくなる。余裕がなくなれば家族の間もギスギスしてしまうだろう。

四条夫妻は、家族愛があれば何でもできる、などという根性論は嫌いなのだ^^;
『兄弟姉妹がいたほうがいい』かもしれないが、家族の余裕をなくすほどの価値はない、と判断している。

そういったコストを抑えた生き方をする四条夫妻は貧しいのか豊かなのか、本当はどの層に属するのか、成功者なのか、ま、単純な階層分けでは分からないのであった。


※そんな四条夫妻の生活が描かれている「~縁」の目次はこちら
http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28


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何も持たない女の子には『若さ=女の価値』が救いになる? [恋愛・婚活・中絶・不倫]

VOCE炎上の件でも触れた「女の価値は若さ」について。
どちらかというと批判的な空気で語ってきたが、あえて全く別の視点で語ってみよう。

そう、若さ至上主義があってこそ、救われる女の子もいるかもしれない。
というか、誰もがある一定期間に持てる平等な武器かも?

稼ぐ力もなく、これといったほかの売りもなく、不美人な何も持たない女の子。

不美人・・・いや、あえてブスという言葉を使おう。
そう、ブスでも若くさえあれば、若いコを好む中年男性との恋愛や結婚のチャンスがあるかもしれない。

そういった『若さ至上主義を利用する女の子たち』や『若いコを好む男性たち』がいても、それはそれでいいのだ。

ブスやババア=30代以上は嫌だという男性もいる代わりに、ブサメンは嫌だ、デブは嫌だ、チビは嫌だ、ハゲは嫌だ、という女性もいることだろう。

日本男性のほとんどが「BBA(30代から上)は嫌だ」と言っているなら、それも仕方ないことなのだ。

女性だって、自分の好みや価値観を批判されたくないだろ?

「女の価値は若さ」という価値観を嫌悪する女性が、「若い子がいい。まずは若さ」という価値観の男性とつきあっても上手く行くはずもない。

なので、「若いコがいい」という男性は己が何歳であろうが堂々と若い20代の子を狙ってほしい。

それに『若さ至上主義』は、何も持たない若い女性がある一定期間、恩恵を受けられるのだ。ある意味、平等だ。(男性から見たら、ずるいと思うだろうが^^;)

その恩恵にありつき、結婚できれば、その後、若さを失い『女としての価値』はゼロになったとしても、そもそも不倫はしてはいけないことになっているのだから『女としての価値』など関係なくなるし、子を持てば母として子ども優先の生活になるだろう。

若いコが大好きな夫が「妻は女ではない」として、外で若いコと浮気したとしても、法律が妻の座を守ってくれる。夫が「オレは若いコがいい。BBAなお前とは離婚したい」と言っても、そう簡単に離婚は成立しない。
夫が不倫をしようが、お金さえもらえればそれでいいと割り切れば、案外、幸せにやっていけるかも?

「そんなの間違っている」「そんな結婚は不幸だ」と言ったところで、「間違っているかどうか」「不幸かどうか」他人が決めることではないかも。

傍から見ていて「幸せそうには思えないから、自分は違う生き方をしよう」と思うだけだ。

ま、反対に・・・若さを武器に結婚できたほうは「結婚できた私のほうが幸せ」「夫はATMの役割を果たしてくれている。それ以上は望まない、浮気くらいかまわない」「望みが高いと、いつまでも結婚できず、BBAになるよ」「BBAな未婚者はかわいそう、幸せそうに見えない」「へんなプライド何か捨てて、若いうちに勝負すればよかったのに」と思っているかもしれない。

で、男からしてみれば『若さが武器になるって、女はいいよなあ』とうらやましく思っているかもしれない。

それを女性差別だと批判しても仕方ない。

結局、個人個人がどう思うか、どういう価値観を持つかだろうな。
他人の価値観を批判したり、嫌悪感を持つのは自由だけど、他者に「その価値観を変えろ」と強制はできないのだ。

若さ至上主義の男との恋愛・結婚は嫌だ、そんな男と一緒になっても不幸になる、と思うのならば、20代で婚活に励むことはないし、年を取ることに怯える必要もない。

また恋愛市場や婚活市場以外であれば「30代から上はNO。30後半は価値ゼロ」という場はあまりない。なので恋愛市場や婚活市場から撤退し、そういった出会いは運や縁にお任せという生き方のほうが、疲れなくて済むかもしれない。

ま、無理に結婚しようとは思わず、独身を楽しむ生き方を目指す方が良いのではないだろうか。


ということで小説「これも何かの縁」の紹介じゃ^^;

そう、この小説の登場人物に、世間の美の基準から外れた福田みすずがお見合いをするのだが・・・。

29歳の福田みすず。劣等感にまみれながらも、イケメンだけど要介護の親を持った条件の悪い相手との縁談を受けてしまう。

そして同じ職場の、恋多き独身アラフォー美人・小林和江のことをちらっと意識する。
婚活市場であれば、ブスだけどかろうじてまだ20代の若い自分のほうが上位なのでは、と。

こうして福田みすずは世間の呪いに惑わされるのじゃが・・・
最終的に、呪いから解放されるというお話。

結婚できた者=勝者にはしていない。ご興味持った方はぜひ。

※短編連作小説「これも何かの縁」より。
「苦い縁談」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-03
あらすじ→フェミニスト・福田みすずに縁談が。そのお相手は・・・。

「ドライなお見合い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-10
あらすじ→福田みすず、イケメン・郷田浩とお見合い。その結果は・・・

「出しっぱなしの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18
あらすじ→見合い相手のイケメンの家へ行くことに。意外と郷田家との相性は良く、みすずの心は揺れるが、常にこの問いが心に巣くう。そこまでして結婚したいのか?

「桜の葉」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-25
あらすじ→福田みすずのお見合い編、決着。呪いが解けたみすずVS郷田浩の戦いをご覧あれ。


なお、短編連作小説「~縁」の目次はこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28

・・・・・・・・・・
さて、もうちょい語ってみる。

いつまちゃん氏のツイートより。
https://twitter.com/1256hima/status/877735964667396096

【「女は7割の男を生理的に気持ち悪いと思ってる」って聞いたんだけど、確かに生物学的に考えても多方面に種付けの出来る男と違って女はリスク背負って1人の子しか孕めないわけで、良い遺伝子を残すため合わない異性を積極的に避けるよう出来てるんだと思う。ただしイケメンに限るも冗談のようで真理】

うむ、気持ち悪がられる男性も劣等感を持つことはないようじゃ^^;
だって7割、そう思われているらしいから。

男はたくさんの女性とやりたいから、ストライクゾーンはある程度広いのだろうけど、女性は狭いということだ。出産は命がけなので、『いい男』を選びたいじゃろう。

ただ、人間は社会的動物でもあるなので、本能の赴くままに行動する人はごく僅か。
今現在の日本は一夫一婦制なので、男性側も、遊びならばストライクゾーンは広いが、責任が伴う結婚となると厳しく選別することになる。

ま、男性陣も女性の容姿を見るが、これからは女性も大いに男性の容姿を気にするかも。昔のように、結婚するしか生きる道がない時代ではなくなったので。

社会が豊かになっていけば、人はますます美を求めるようになるのかもしれないの。
今まで女性にだけ美を求められてきたけど、男性も求められる。

いやあ、今の思春期の子も自分の容姿に敏感で、やはり容姿が世間が良しとする基準から外れていると、相当に影を落とすようじゃ。ブサメンやブス遺伝子は困る、と思う男女は増えていくかも。

ま、いいんじゃないかな。
ブサイク=社会が決める美の価値基準から外れた遺伝子を持つ者は淘汰されていくのも。

そこで・・・反出生主義の人の考えも紹介しておこう。

https://twitter.com/hachapin2/status/875195099679830017
【「生きていればいいことがある」なんてのは当たり前で、問題は一つの「いいこと」に対して万の苦しみがあるということ。「いいこと」は一瞬で去っていくのに対して苦しみは延々と纏わりついてくるということ。「いいこと」の大半はまやかしであるのに対して苦しみは確固たる現実であるということ】


・・・まあ、もうちょいポジティブに捉えてみよう。
子を持たないということは、子育てに使うエネルギー(時間・お金など)は莫大だけど、そのエネルギーをほかのことに使えるわけだ。

子育ての失敗は許されないけど(社会がそういう風潮だ)、そのほかの失敗は一部の仕事を除き、そうたいしたことではない。たいていリカバリー可能だ。リセットもできる。気楽ではないか。

ところで、イケメン・・・というか好みって、人によってけっこう違うかもよ。

ワシの場合、いわゆるジャニーズ系やきれいな顔をした男性には全く魅かれない。
そう、ワシの中の理想的イケメンは、お笑いタレントの勝俣さんじゃの。

※関連記事
「女の価値は若さVOCE炎上・エッチする場所」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-06-19


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小出恵介美人局疑惑と生活保護受給者 [ゲス事件・ゲス話題]

6月21日追記。

「生活保護の実態に非難殺到」
http://khmertvhd.com/%E7%94%9F%E6%B4%BB%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%81%A7%E5%B9%B4%E5%8F%8E%E3%81%8C%EF%BC%91%EF%BC%91%EF%BC%95%EF%BC%90%E4%B8%87%E7%94%9F%E6%B4%BB%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%85%8B%E3%81%AB/

生活保護受給者・・・勝ち組だね。
負け組は、安く使われ搾取されているごく一般の中間層の人たち。


「外国人の生活保護問題」
http://www.moeruasia.net/archives/49450836.html

群馬県大泉町の人口15%が外国人。
けれどトラブルは当然として、税金滞納したあげく海外へトンずら、大泉町の生活保護受給者の25%を外国人が占める。
いずれ破たんするな。いつまで続ける気だろう、外国人への生活保護。

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家庭を持つか持たないか・夫にしたいドラゴンボールキャラは? [家族・夫婦・子育て・子なし]

父の日。
おお、心暖まる写真の数々じゃの。妻の出産に立ち会い、我が子の誕生に感激しまくるパパたち。

「お父さんになる瞬間」
http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/17/dads-in-the-delivery-room_n_17179110.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

短編連作小説「これも何かの縁」でも、主人公・四条静也もパパになり、そこそこ幸せに暮らしておる。

そこでパパになった時や、パパ生活が描かれている何編かを紹介しよう。

「封印された過去」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-2
※あらすじ→ついに理沙に赤ちゃんが生まれた。昔を振り返る静也。イジメと暴力・静也の児童養護施設時代。無痛分娩についてのうんちくあり。

「面倒な年賀状」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-01
※あらすじ→微妙な問題をはらむ子どもの写真付き年賀状。やはり問題が起きてしまった。新生児の初正月について雑学あり。

「祝・お誕生日」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-04
※あらすじ→涼也1歳の誕生日。日本には赤ちゃんの将来を占う『選び取り』という風習があったようで。

「仲良しホッペ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-15
※あらすじ→涼也に頬ずりしたら泣かれてしまった静也は男ながらにスベスベホッペを目指す。


では現実のお話を。

そう、バブル世代から上だと・・・こんなパパさんもいたりする。

「立ち会うのは時間の無駄、自分が傍にいても何もできることないし、医師にお任せ。それより仕事仕事。生まれたら連絡ちょうだい」と無駄なことが嫌いな人。

中には仕事ではなく、ゴルフに行ってしまう人も。これはもっと上の世代。妻の出産は妻の仕事で、自分は関係ないという価値観。昔はこういう男性、けっこういたと聞く。

そして、妻の出産を・・・「見たくない」「自分には無理」「気持ち悪い」という人も。

「立ち会ったら、もう妻を女として見れなくなる」というのも、あるだろうな。

今ならこんなこと公言したら非難轟々だけど、この「気持ち悪い」という感覚も分からないわけではない。

ただ、そういう人はパパにはならないほうがいいかもしれない。いや、非難しているんじゃないよ。正直な本当の気持ちを押し殺し、ウソをつくことはない。
その正直な気持ちが、あなたの本性なわけだから、家庭を持つと、かえって不幸になるのではないかと思うだけだ。

合う、合わないってあるよね。家庭と持つ、持たないも、そうだと思う。皆が皆、家庭を持つのが当然とは思えない。

今の若い男性だって、皆が皆、『子どもの誕生の瞬間を見たい』わけじゃないだろうな。
「気持ち悪い」「いつ生まれるか分からないのにつきあうのは疲れるし面倒、億劫」と思う人もいるだろう。
けど、それを表だって言うと非難轟々、冷血人間扱いされるので言わないだけだ。

「気持ち悪い」という感覚はどうしようもない。
でも、これは極めて強い『拒否感情』でもある。その拒否感情をずっと奥さんにもち続けたまま一緒に暮らすのは、お互い不幸。

出産の立会いが面倒なのも、時間の無駄に思うのも分かる。
けど家庭は面倒なものだし、無駄なこともしなくてはならないだろう。

だから、こういう人は結婚しない=家庭を持たないほうが(父にならないほうが)いいと思う。
そのほうが幸せな人生を送れる気がする。

もち、妻となる女性の中に「あなたはお仕事だけがんばって。自由にしてもらってかまわない。お金だけ運んでくれるだけでいい」という人もいるかもしれないが。

ああ、そういえば・・・
ドラゴンボール(テレビアニメ版)では・・・修行に誘うゴクウに、ベジータが「ブルマの出産の時、傍にいたい」とお断りした時、ゴクウは不思議そうに「おめえが産むわけじゃないのに」というようなことを言う場面があったとか。

ベジータ、変わったよな。このシーンに多くのドラゴンボールファン女子は萌えたことじゃろう。

それに比べてゴクウは・・・そーいや、家庭をほったらかして、自分の好きに生きているよな。しかも仕事もしていない=稼いでいないし。

え? それでもゴクウは家族に愛されているじゃないかって? 
それは漫画だからじゃ。

つうか、ドラゴンボールキャラの中で夫にするなら誰がいいか・・・オタク女子の間で人気あるのは、ゴハンやトランクスだ。

そう、こんな感じ。
ゴハン>トランクス>>>>>>>>ベジータ>>>越えられない壁>>>ゴクウ

やっぱ家庭を大事にしているか、していないか、だよな。
ゴハンは実際に家族作って真面目にやっているから、その安定感・実績が、トランクスよりちょい上にきたという感じ。
ところでベジータ、お仕事ちゃんとすれば、もっと上に行くんじゃないか。

ま、容姿に目をつぶれば、クリリンもいいよね。18号、幸せそうだし。
ああ、ピッコロや天津飯も家族を大事にしそうだな。でもヤムチャは・・・う~ん・・・不倫しそう。

ヤムチャなハヤシとしては残念じゃが・・・。ヤムチャはやめておけ、と思う。
そう、ヤムチャは亀仙人のじっちゃんのように生涯独身でエロを極めてほしい。(じっちゃん、独身だよな?)

おっと、つい下らないことを語ってしまった・・・現実の話に戻ろう。

明治安田生命によると『2013年度と2016年度の男女の結婚願望を調査した結果、3年前に比べて20代男性で67%から39% 、同じく20代女性で82%から59%へと大幅にダウン』ということを、前記事にも書いたが・・・。

家庭幻想を持つことなく、子育ての大変さ、発達障害のリスクなどを知って、自分に合った生き方を考える人が増えたのではないか、と思う。

「育てる自信ない、子はなしでもいいか」という思いが、結婚願望の低さにつながっているのかも。
子育てのあまりの負担・大変さに腰が引ける人が増えるのも無理はない。

安易に「なんとかなる」とも思わないほうがいい。
相当の覚悟が必要だろうな。仕事ならやめることができるが、子育ては途中で放棄するわけにはいかない。もちろん最終的に児童養護施設に預けるという手段はあるにしても。

あとは経済的理由だな。
今の時代、老後を子どもに面倒をみてもらおう、頼ろうと考えてはいけないという価値観が主流。

けれど経済的余裕も持てない中、子を育て、学校の勉強では心許ないので塾にも行かせ、できれば大学まで行かせ、さらに自分の老後のための資金を貯めるのは不可能。

ならば、子どもはあきらめ、自分の後始末は自分でできるようにしておこう、と考える人もいるだろう。

ま、それでも結婚したい人=家庭(子ども)をもちたい人も当然いるわけで・・・

婚活市場で勝負するんなら、女性は33歳まで、男性は43歳まで、なんだとか。
https://dot.asahi.com/wa/2017061400030.html

バブル時代は女は婚活(お見合い)するなら29歳までが基本だったからなあ。

で、わりと「仕事を取るか、結婚=家庭を取るか」の二択だった。両立目指す人はスーパーウーマンとして話題にはなったが、ごくごく少数。その両立も結局はぽしゃり、仕事を辞めて家庭に入るケースが大半。

ただ早いうちから、どちらかを選んでいたわけで、最初から結婚を選んだ人はほぼ結婚できている気がする。

女子は短大へ行くケースが多く、4年制よりも短大の方が偏差値が高かったりした時代。
結婚したい女子は20歳で就職し、24・25歳くらいで寿退社を目指していた。

クリスマスケーキという言葉もまだ残っていて、女は25歳過ぎたら価値が落ちることを自覚していた時代だ。
もち、フェミ運動も活発で、それに反発する人もいたけれど。

どうしても結婚したい人は20代でお見合い(今でいう婚活)をした。20代後半はもう崖っぷちということで妥協婚も受け入れていた人も多かったのではないだろうか。

仕事を選んだ人は、結婚は「できればしたいけど、できなくてもいい」という感じの人が多い気がする。わりとマイペース。周囲が「結婚できなくてかわいそう」と思うだけで、本人はさほどでもなかったりする。ただ「独身でも私は幸せ」と言っちゃうと、『負け惜しみ』と捉えられてしまうので、表向き「結婚できなくてかわいそうな私ということにしておきましょう」といった感じで、人生をエンジョイしているふうに見える。

そこへ、こんなグラフを見つけた。

「40代独身・既婚・男女の自己肯定・自己有能感のグラフ」
https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2017051500015_3

既婚者って自己有能感が低いんだな・・・。自己肯定感は高いけど。
要するに社会の価値観では「既婚者>未婚者」なので、自己肯定感だけは高くなるんだな。

ま、日本人って全体的に自己有能感・肯定感って低いのかもね。

何にせよ、世間の価値観に惑わされることなく、本当に自分に合った生き方を選べた人はさほど不幸にならずに済むのではと思った。


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イクメンも大変? 父の日と紫陽花 [家族・夫婦・子育て・子なし]

6月13日追記。

本文のほうで紹介した藤沢数希氏と山口真由氏の対談の続き。

「どんな美女が相手でも僕が結婚したくない理由」
http://www.gentosha.jp/articles/-/8011

社会的圧力を受けず、自分のやりたいように生きる、という藤沢氏。さすが。

一方、山口氏のほうは、自分で「幸せだなあ」と感じることより、周りから「幸せそうだなあ」と見られることが気になるようで・・・。
世間が良しとする価値観の呪いにかかりそう。

そんな山口さんはこうも言っている。
【結婚している人を見ると、「少なくともこの世界に一人は『この人と家庭を作りたい』と思った人がいるんだ」と思い、この相手はある程度真っ当な人なのではないかという信頼感を抱ける】

つまり、山口さんの価値観は『既婚者>未婚者』になってしまい、既婚者は未婚者より上、未婚者をマイナスに見てしまう・・・呪いを作る側にもまわっているのだな。

で当然、この価値観『既婚者>未婚者』は女性にもかかってしまうのだ。既婚者は真っ当で、未婚者はそうではない、と。
そしてそれは「子を育てている人は真っ当」で、「そうでない人は人間としていかがなものか」という価値観も生む。

山口さんのような海外で暮らしたことがあり、いろんな価値観を知っているはずの人でもそう思わされてしまうのだから、強固な呪いだよな。

結局、周囲のことが気になるか、気にならないかの違いだな。
見栄を張る、マウンティング、他人の不幸は蜜の味も、そういうところから来るんだろうな。

でも、こうして「結婚したくない」と断言するビジネス・仕事における勝ち組・成功者の男性(藤沢氏ほか、ホリエモンもそうだよね)が増えると、世間を支配する強固なこの価値観は崩れていくだろう。
おそらく一般男性(男性にとってビジネス・仕事における成功者は憧れの存在だ)が影響を受け始め、社会の空気が変わっていく気がする。

・・・・・・・・・・
6月11日本文。

もうすぐ父の日じゃの~ということで・・・
短編連作小説「これも何かの縁」では36編目「漫画編集者・梅雨のある日」にて父の日もテーマにしておる。
ご興味持った方は↓こちらへ。

「漫画編集者・梅雨のある日」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-08
※あらすじ→さりな元夫、漫画編集者で沢田文雄の担当でもある浅野仁の話。ついにあの長山春香も登場。


この頃、子どもを抱っこしたり、自転車に乗せて走っているお父さん、けっこう見かけるよな。
微笑ましい光景じゃ。

短編連作小説「これも何かの縁」の主人公・四条静也もそんなパパのうちの一人。
家族にも積極的に関わろうとする・家族第一の良き家庭人。

ちょっと昔は、あまりなかった。
子を抱っこしているのはお母さんばかりだった。隣にお父さんがいても。

でも、筋力あるんだから、お父さんが抱っこすればいい、と思う。

浅野仁と違い・・・四条静也のパパぶりが垣間見える一編はこちらにて。(劇中の季節は秋だけど)

「仲良しホッペ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-15
※あらすじ→涼也に頬ずりしたら泣かれてしまった静也は男ながらにスベスベホッペを目指す。


あ、そうだ、もういっちょ、6月の物語として「~縁」より、これも紹介しておこう。

「梅雨の休日と和菓子」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-27
※あらすじ→静也と理沙の中学時代の出会いとは。和菓子の日、夏越しの祓、ドクダミ湯の紹介。


物語ではドクダミ草をネタにしたけれど、やっぱ梅雨の花といえば、紫陽花。
白から赤や青に、そして紫に花の色を変えていく・・・別名『七変化』。心変わり、無節操に通じるということで、昔はあまり良く思われなかった花だという。

産経新聞(6月9日)によると・・・紫陽花の色が変わるのは、細胞に老廃物がたまるせい、つまり老化が原因らしい。

年齢を重ねても、別の魅力があると思わせてくれる紫陽花。
うむ、なかなかいい花ではないか。けれど若さ至上主義の社会では「そんなの関係ねえ」かもしれないが^^;

おっと、話を「~縁」の「浅野仁」に戻そう。

仕事人間で良き家庭人になれなかった浅野。もち、こういう生き方もあり。
ただ、娘のえりなと距離を置いていることについては、「親失格」とマイナス評価になってしまうだろうけれど。

浅野もあまりよく考えずに結婚してしまい、結婚後、自分は結婚に向かない人間だったと悟るのだ。人間、失敗はつきもの。
後は生まれてしまった子への責任をどうとるのかだよな。

浅野の場合、離婚後も養育費は払うものの、娘の面会は望んでいない。父として失格。
それでもうすい縁でつながれているので、将来はまたどうなるかは分からない。

とまあ、浅野の場合はすんなり離婚ができ、養育費を払うことで、とりあえず解決したけれど・・・

現実世界では・・・妻が子どもを連れて出てしまい、しかし離婚には応じず、婚姻費用だけ求められ、泣きを見ている男性も割といるようだ。

https://twitter.com/changejapan1192
↑夫側の主張のみだけど・・・妻からDV受けていた夫の主張は認められず、逆に夫側がDVしたということで、夫側がどんなに証拠をそろえようと裁判官は無視。妻は子どもを連れ去り、しかし婚姻費用だけは求めてくる。

その婚姻費用について・・・藤沢氏と、弁護士の山口真由氏の対談記事はこちら。

「結婚した瞬間、夫婦の財布は法律的にひとつになる」
http://www.gentosha.jp/articles/-/8007

これを読むと、稼ぎ手=主に男性にとって結婚はリスク・損と思わされてしまうけれど。

ただ・・・女性は出産・育児で、どうしても『稼ぐ』という行為から離れざるを得ない場合も多々あり・・・
そのことを男性側も理解した上で、その女性と本当に結婚したいのかを考え、判断すればいいのではと。

いやあ、家庭を営むって難しく、これも限られた人にしか合わない生き方なのでは、と思ってしまった。特に男性は。

ま、お金を稼ぐ代わりに自由にさせてほしい、という男性は、ATM扱いしてくれる「亭主元気で留守がいい」という女性のほうが合っていそう^^;
「一緒に家庭を築きたい」という女性とは合わないだろう。

子どもはほしいけど、かといって子どもの面倒をみるのはイヤ(=つまり母親と同じくらいに子どもの世話をし、子どもの相手をすることはできない、したくない。気が向いた時だけ関わりたい)であり、『子ども優先』の生き方はできないという男性、けっこう多い気がする。

家庭を持った場合、いろんなことを我慢し、いろんな要求をされるだろうから、家庭=子を持つことが本当に自分に合った生き方なのか、周囲に惑わされず、よくよく考えたほうがいいかも。

ちなみに、ワシは法律婚も事実婚もどっちもあり、という考えじゃが・・・
事実婚は事実婚で問題ありそうじゃの。

法律婚と違い、『家庭』から逃げることが簡単なわけだ。

子どもが障害児だった場合など、逃げてしまう男性はけっこういるかも。法律婚でさえ、子どもが障害児だった場合、健常児のいる家庭に較べ、離婚率は6倍だという。多くは母親が障害児を引き取る。

なので「事実婚でいい」という女性は少ないかも。子どもに何か問題があった場合、「養育費だけ払うから、あとの面倒はよろしく」と逃げられるのは避けたい。

やっぱ父となる夫には、お金以外にもいろいろと協力してほしいだろう。子育てはそれだけ大変な仕事で、お金だけで解決しない問題がたくさん。
もちろん、お金だって必要なんだけど。

事実婚を求めてくる男性は『覚悟が足りない=子を持つ資格はない=家庭を築くのにふさわしくない』と判断されるかも。

もちろん「お金だけでいい」という割り切っている女性もいるかもしれない。
夫はお金だけ運んでくれればいいと、ATM役以外は期待しない人もけっこういそうだ^^;

何はともあれ、家庭を築くこと(子どもを持つこと)って、男女共に相当な覚悟が求められるよな。

↓良き家庭人でありたいという男性もなかなか大変そう。

「<イクメン>上司にも妻にも責められる男たちの苦悩」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170610-00000028-mai-bus_all

育児の厳しさを知る上でも角田光代の「坂の途中の家」はお勧め。




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タグ:育児 結婚 離婚

天皇制・皇族・皇室について [社会・歴史問題]

2017年8月23日追記。

ふと思った。

公務をあんまりしないご静養ばかりの皇太子さま・・・もしや『働き過ぎの日本国民』に心を痛められ、『民よ、もっと怠けよ。もっと遊べ。金がなくなったら生活保護に頼れ。労働を尊ぶことはない。我に続け』と日本国民にメッセージを送られているのかもしれぬ。

ちなみに、女性皇族たちも嫁ぐ時、1億円くらいの金がないと品位が保てないらしいから、お金のない人は品がなくてかまわないということ。

仕事をせず国の税金使って優雅に暮らしている皇太子さま。
一般国民もそんな皇太子さまをお手本にしよう。ぬくぬくとできるだけラクして生きよう。で、国に寄生して、なんとか甘い汁を吸おう。立派に生きることなどない。

後に天皇におなりになる皇太子さまは、そのように日本国民を導いていきたいのじゃろう。

・・・・・・・・・・
8月22日追記。

毎年、8月15日をまたいでご静養に行く皇太子一家。(去年のみ16日からだった)
今年も実行。(31日にお帰りという、長い長いご静養)

で、そのご静養から16日におかえりになったかと思えば、また21日からご静養・・・さすがに呆れ果てる。

ろくに仕事=公務もしないで、ご静養ばっかり。
ただ、そこに生まれただけで、ろくに働きもせずに日本国の税金で優雅な暮らしができるご身分。

けれど世襲制のため、この怠け者といっていい皇太子が天皇の位に就き、日本国の象徴となるのか・・・。
つくづく思う。天皇制はもう今の時代に合わないのでは?

テレビではこういった批判はできないのだろう。ただただ褒め称えるだけ。北朝鮮と同じ。さすがに気持ち悪い。


※呆れ果てるくらいに皇太子の少なすぎる公務

平成29年7月からの内容はこちらを参照。
http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/show/2?quarter=201703

ほか、↓こちらから、今までどれだけの公務をしてきたのかが分かる。
http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/top/2


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ゲスいこの世を生きるには [自殺・イジメ・差別・生き方・人間関係]

まずは我らが藤沢数希氏の名言を集めたツイッターを紹介。
https://twitter.com/kinyu_nikki_bot

↑なるほど、と思わされることがたくさん。人生、生き方にお悩みの方、ご参考に。

うむ、ワシがなぜ藤沢数希氏に注目しているかというと、世間を支配している価値観をひっくり返すような考えを提示してくれることがあるからだ。(ホリエモン、ちきりんさんも同じにおいがする)

「友だちはいなくてもいい」というのも、そのひとつ。
そして、恋愛をゲームと言い切り、恋愛にさほど価値を見出していないのも、なかなかに勇気がいる新しい考え方だ。が、これを言うと、必ず「さびしい人。カワイそうな人」と揶揄されるし、「愛を知らない人」などと見下される。

もちろん、女性をモノ化して捉えているので、そこは共感しづらいが・・・
けど、非モテ・恋愛弱者にとっては「恋愛はゲーム=価値はさほどにない」という考えは救いになるだろう。

藤沢氏は、結婚にも価値を見出していない。ホリエモンもそうだよね。
まあ、これは昔から一部フェミニストもそうだったけど。

ちなみに、ワシ含め周りの者もなぜかほとんど未婚者、あるいは離婚して独身者。既婚者でも子なしが多い。あえて子どもを作らない生き方を選ぶ。楽器演奏者・楽器を練習する自由な時間がどうしても必要な者にとっては結婚・子を持つことは二の足を踏んでしまう。
あとは恋愛至上主義者であるがために、恋愛結婚にこだわり、婚期を逃したケースか・・・いや、ほんと独身者だらけなのだ。つまり「妥協してまで結婚する価値を見出せない者」が多い。

まあ、それはともかくとして・・・
藤沢氏もホリエモンもちきりんさんも成功者。で、割と冷徹な現実主義者だ。

そんな遠い世界の成功者の言葉など響かないという方は↓こちらに共感するかも?

https://twitter.com/hachapin2/status/872017525705515008より転載。

【私は、働いてない人間は「家庭に寄生してる」とは思わないけどね。勝手に誕生させといて賃金奴隷になれだなんて、そんな非道な要求が通るわけない。私自身、これからも「働かなくて申し訳ない」などと思うことはないだろう】

https://twitter.com/atyraupavlodar/status/872066621019492353より転載。

【「不幸は積極的で幸福は消極的」とはよく言ったものだ。飢えだとか、乾きだとか、困窮だとか、不幸は私が何もしていなくとも彼のほうから引っ切り無しに迫りくる。一方幸福はといえば苦痛を忍んで努力してやっと手に入るかどうかといったところ。いくら骨を折りながら追求しても報われるとは限らない】

【働くことは苦痛。なのでその苦痛から逃れるために働きたくないのは当然なのだが、なんと働かなくとも金がなくなり後に苦痛ににじり寄られるのよ。どうやら生きてる限り苦痛続きらしいのでさっさとこの世から去りたいんですが、自殺もまた苦痛というふざけたクソゲーなんだよ人生は。まさに八方塞がり】

https://twitter.com/kuginnya/status/871948066273861632より転載。

【「幸せ」とは即ち「苦痛を免れている事」なのだと思う。安全な場所で眠れる。十分に食事が取れる。衣服を着ていられる。社会に貢献できている。ひとりぼっちじゃない。 結局、この世は苦痛が全ての前提にあって、そこからどれだけ逃げられるかが豊かさの象徴なのだろう。酷い話だ】

https://twitter.com/Antinatalismbot/status/872005856417652736より転載。

【自分が生きている世界は辛いことがいっぱいで人にお勧めできるようなところじゃない 自分が感じてきた不幸や絶望を生まれてくるのかもわからない我が子に背負わせたくない 自分の今までの行いが遺伝することも考慮して、子を作るのは止そうという考えに至った】

転載終わり。

これに反論できる人っている? きれいごとなしで。

そんなワシは↓ここのツイートをチェックしている。なるほど、たしかにそうだよな、と割と共感するところが多い。

「反出生主義」
https://twitter.com/Antinatalismbot


そうじゃのお・・・
ワシはわりと今は楽しく過ごしているし、恵まれているほうだと思う一方で、今の世間様からは浮いているし・・・あと、これから直面しないとならないのだろう老いからくる劣化=認知機能の低下、体の機能の低下、病苦などなど、死までどれくらい辛い思いをするのか、そういった人生におけるマイナス面と天秤にかけると、どうもマイナス面が勝ってしまう^^;

ただただ運が良かったと思うのは、世間一般の価値観が支配する社会から距離を置けていたことだ。ワシが身を置いていたのはピアノ界だったり、漫画界だったり、かなり特殊な世界だ。

もし、世間一般の価値観が支配する普通の会社などに就職していたら、一般の人たちとのおつきあいに疲弊し、浮きに浮きまくり、「自分はなんてダメなんだ、生きている価値なし」と劣等感を肥大させ、今はきっと不幸のどん底だったかもしれん。

もう一度、生まれ変わりたいかと訊かれたら、ご免こうむる^^;

仏教では、生まれ変わることではなく、無になることが最高の救い、と捉えているらしいが、まさにそう。

ならば、最初から生まれないほうが嫌な思いや苦痛を味合わなくていい、とも言えてしまう。
なのでこの非出生主義・反出生主義の考えに共感してしまうのかもしれない。


あと・・・これも紹介しておこうかの。

ちきりんさんの記事。「生むということ」
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/touch/20070213

・・・ホント、大変なことだよな。もちろん、その後、育てることも。

そうそう、今、角田光代の「坂の途中の家」を読んでいるところだが、これはぜひ男性にも読んでもらいたい小説だ。
いかに育児が大変で、母親が疲弊し、追い詰められているかが心に迫ってくる作品である。



世間では子どもを産み育てることを尊い、素敵なこと、人間として当然ということになっているけれど、もしかして、そういうことにしておかないと、産んで育てる人が少なくなってしまうから、と穿った見方さえしてしまう。

もちろん、子育てで人生充実、幸せを感じる人もたくさんいるだろうが、やはり子育てに悩み、内心では産まなきゃよかったと後悔している人もいるだろう。ただ公には声に出せない。それをしたら周りから非難轟々、親失格どころか、人間失格扱いされるから。

で、子どもは必ずしも「産んでくれてありがとう」とは思わないかも^^;
上記で紹介したように「勝手に産みやがって」「生まれたくなかった」と思う子もいるだろう。この世の価値観にそぐわず、自分はダメ人間だと劣等感のみ抱え、あまり幸福感が得られず、苦痛ばかり味わっていると、そういう思考に陥るのも無理はない。

子育ては女性に大きく負担となるが、多くの人=皆が当たり前にやっているのだから、ということで・・・口では「大変だね」と言いつつ、内心は軽く見ている人(男性)も多い気がする。

だからだろう、無痛分娩が日本ではあまり広がっていない。未だに「お腹を痛めて苦しい思いをして産んでこそ云々」の価値観が支配しているからだろう。まるでラクして産んではいけないと言っているかのよう。
実は日本社会が未だ『それくらい我慢しろ』『当たり前』とお産を軽く見ているから、無痛分娩ひとつとっても、広がらないのだろう。

※無痛分娩については、短編連作小説「これも何かの縁」より「封印された過去」で話題にした。

「封印された過去」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-12-09-2
あらすじ→イジメと暴力・静也の児童養護施設時代。無痛分娩についてのうんちくあり。


※ほか、「五月晴れの動物園」「孤独と幸福の狭間で」では育児で疲弊するママ・福田さりな、四条理沙を描いている。

「五月晴れの動物園」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-08
あらすじ→福田みすずの美人妹さりなの話。自立って何? 離婚・元夫について語る。

「孤独と幸福の狭間で」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-23
あらすじ→近所の主婦に子への虐待疑惑のウワサが。理沙も近所の目が気になり育児に心が疲弊する。

まあ、何はともあれ・・・
世間が良しとする生き方は立派ではあるが、幸せは担保してくれないかも。

続きを読む


ぼっちは嫌・ピアノが超上手な茨城中3女子生徒が自殺 [自殺・イジメ・差別・生き方・人間関係]

6月5日追記。

「ピティナ」「中島菜保子」の検索ワードで、当ブログへ訪問される方が割といたので・・・
「中島さんとピティナ、関係あるのか?」と私もさっそく調べてみた。

ちなみに、ピティナとは『全日本ピアノ指導者協会』のことで、アマチュア含めレベル別に分けたピアノコンクールをよく開催している。

私はそのピティナのサイトで、2003年から2011年までショパンの漫画「ショパン物語」を連載していた。
ピティナとはそんなつながりがある。

※「ショパン物語」はこちら。http://www.piano.or.jp/report/01cmp/c_chopin/archive.html

で、中島さんのことだが・・・ああ、あった、あった・・・そうかあ、ピティナっ子だったのか・・・。ピアノ、幼いころから本当にがんばっていたんだな。
http://www.piano.or.jp/compe/result/2013/honsen/mozart18.html
http://www.piano.or.jp/compe/result/archive/2007.html
http://www.piano.or.jp/compe/result/2012/honsen/7101.html

だとしたら、ショパン物語、読んでくれたこともあったのかもなあ、そんなことを思ってしまった。

・・・・・・・・・・
6月4日追記その2。

ちょっと気になったこと。

2016年3月にも、すでにこの中島さんのいじめ自殺問題はネットで取り沙汰されていたようだ。
https://www.logsoku.com/r/2ch.sc/newsplus/1458171711/

この時点では、中島さんはご両親含め名前も顔写真も公にはされていなかった。日記の内容も差し障りのないごくごく一部分しか公表されてなかったようだ。

なので当時の掲示板の皆の意見を読んでみると・・・今の雰囲気とはまるで違う。

「自殺したほうも弱すぎ」「自殺したほうに同情してはいけない」「いじめで自殺とは情けない」といった感想も見られる。

でも、すでに「ガラス破損事件」のことは出てきていたんだな。この書き込みから、掲示板の空気が少し変わる。が、自殺したほうもいかがなものか、という空気は残ったままだ。今ほどに、いじめっ子への攻撃、中島さんへの同情はない。

やはり、実名公表、写真公表、日記の内容公表は大きいものがあったのだな。
学校側はあくまで隠そうとしていたようだし。当初、自殺ということも知らされてなかったみたい。

実情を知っている者とされる書き込みを転載しておこう。

以下転載。

【事件後、イジメはなかったとし、生徒にも自殺の事実を隠していた。
当然保護者会などひらかれず。

そのうち、実は自殺だと広まった。

女の子の親は教育熱心だった。また、ピアノを習わせていて、かなり上手だったらしい。

周囲は、こんなことを噂した。
「母親の躾が厳しく、親子関係もうまくいっていなかったせいで自殺したらしい」

女の子の両親は、学校に何度も調査と保護者会の開催をお願いした。
ただ学校側は、調査したがイジメはなかった、の一点張り。

そんな中、両親は女の子の日記を見つけた。
イジメの事実が、実名で書いてあった。

両親は再度学校に説明会の開催を迫るが、学校側は、3年生を静かに卒業させてあげたいと拒否。

両親は、個人で署名活動を行った。
かなりの数を集めた。

結果、やむなく学校側は保護者会を開くことを決め、生徒を通じ、保護者会のお知らせを出した。
保護者会の開催は翌日だった。
学校側の、なるべく出席者の数を減らしたいという目論見だった。

実際にはやってない女の子をガラス割りの犯人と決めつけた女教師は体調を理由に休んでおり、保護者会にももちろん出席しなかった】

転載終わり。

今、加害者へのバッシングがすごいが、これは中島さんのご両親の所為ではない。
イジメのことを隠そうとし、認めなかった学校側が今の事態を招いたのだ。

この2016年3月の時点できちんと調査し、イジメを認め、加害者たちに中島さんのご両親へ謝罪させていれば、ここまで公にならなかっただろう。

中島さんのご両親、地元でどのような空気に晒されているんだろうか。
嫌がらせ、誹謗中傷、脅迫もあるかもしれない。けれど応援する人たちもたくさんいることだろう。

加害者たちはまだ謝罪していないんだろう?


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・・・・・・・・・・
6月4日追記。

なぜ、中島さんはその素行が悪いとされる加害者たちと同じグループに入ってしまったのか、ほかに友だちがいなかったのか・・・この年頃の女子の『グループ』の呪縛について語ってみたい。

学校のクラス内で一度、グループを形成してしまうと、そこから抜けることは厳しい。他のグループへ移ることは、まあほとんどないと言っていい。

そしてグループ外の子が、関わりを持つこともなくなる。たとえ中島さんの様子に異変を感じても、中島さんに積極的に関わろうとする子はいなかったと思われる。
中島さんもほかのグループの子たちとは関わらない、そういう暗黙のルールみたいなものが出来上がってしまうのが、この年頃の女子の習性かもしれない。

グループを抜けて、別のグループに入るというのは、本当に難しい。

では中島さんがなぜそんな『自分に合わない、抜けたほうがいいようなグループ』に入ることになったのか・・・。

別の『元同級生らしき人』(こちらはクラスが同じのようだ)の話は以下の通り。

以下、編集転載。

【被害者(中島さん)が加害者たちと関わらなければいけなかった理由は、いじめ加害者のうちの一人が一時期仲良くしていた友人達と仲が良かったから。被害者だけがクラス替えで2年の時に仲の良かった人達と離され、孤立は嫌だとつるむようになった】

そして、イジメが始まったきっかけは・・・
教室内で中島さんが加害者の彼氏と隣の席になり、その彼氏が中島さんに親切だったことから嫌がらせが始まったという。

グループ内での孤立は耐え難かったのだろう。それはクラス中からハブられるのと同じこと、つまり「ぼっち」になってしまうということだ。

今の世間の価値観・・・「ぼっちは恥ずかしい、ぼっちは寂しい、ぼっちはかわいそう」という呪いが蔓延している。
女子中学生にとって、ぼっちは耐え難い、死に値するほどに恥ずかしく、避けたいことだったのかもしれない。

その感覚は分かる気がする。

ワシもクラス替えの度に、必死こいて、友だちをつくり、とりあえずどこかのグループに入らなければ、とストレスを感じていた。4月に勝負。その期間を外すと大変なことになる。出来上がってしまったグループに後から入ることは難しい。

中島さんもクラス替えによって2年生の時の友だちと引き離され、心細かっただろう。早くどこかのグループに入って落ち着きたい・・・なので、その縁を頼り、中島さんに合わない『素行が良くない者がいるグループ』に入ってしまった・・・あり得る話だと思った。

そういえば、漫画家・コラムニストのカレー沢薫氏も・・・いつも教室で一人でいただけで、担任教師がカレー沢さんに友だちがいないことを心配し、家庭訪問されてしまったとエッセイで書かれていた。

それくらい「つるむ友だちがいないこと」「独りでいること」というのは問題視される。「あってはいけないこと」のようだ。

が、その考え・その価値観こそ子どもを追い詰める、とワシは思う。

社会が「ぼっちは恥ずかしい、友だちがいない奴はダメ人間」という価値観をなくしていかないと、こういった悲劇はまた起きるだろう。

しかし・・・
産経新聞(6月4日)では『万引き高齢者6割が独身』とタイトルをつけた記事を載せ、「独身=独り=悪」という印象操作を行っていた。
そう、よくよく記事を読んでみると、都内で摘発された65歳以上のたった【56人】を調査しただけだ。たったの56人だ。しかも6割が独身(死別、離婚、未婚者)ということは、4割は独身者ではないということ。独身であることと万引きは関係なさそうだ。なのに、独身=孤独であることが万引き=犯罪を誘発させるかのような内容だった。

そう、社会は独りであることを【悪・不幸】としたい。
こうして「ぼっち=悪・不幸・=避けるべきこと」という価値観はずっと強固に世間を支配し続ける。

ぼっちにならないように・・・クラス替えの度にストレスを感じながら友だちをさがし、グループを形成するものの・・・合わなくてもガマンしてそこに居続けなくてはならない・・・こうして一度入ってしまったグループからはじかれないように、虐められても我慢する子どもはたくさんいるのだろうな。

そして、その我慢が限界に達し、心を病んだり、最悪、死へ追い込まれる。

独り=ぼっち=悪。
それは、ピアニストになりたいという夢をも凌駕する呪いとなり、中島さんの命を奪った・・・。

学校のシステムを変えると共に、この価値観を変えないと、いつまでもこういった悲劇は続く・・・そう思った。

※関連記事
「ぼっち上等・友だちはいなくてもいいのでは?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-23


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6月3日追記その2。

クラスは違うけど中島さんと元同級生だという人の意見を聞いた。

その元同級生の話によると、中島さんはその加害者たちと同じグループに入っており、特にクラス全体から弾かれていたというわけではなさそうだ。
ただ、その元同級生は中島さんと同じクラスではなかったので詳細は分からないとのこと。担任教師についても同様。
だが、学校全体の雰囲気についてはこう述べている。

以下、中島さんの元同級生のコメント、編集転載。

『学校環境自体も、不良生徒をろくに指導せずむしろ特別扱いしていて、無法地帯だったと思います』
『ここで悪いのは不良生徒ではなく、変に特別扱いしていた教師だと思います。それが学校の雰囲気につながっていたと思います』

転載終わり。

私の勝手な憶測だが、不良生徒の親はモンペでもあり、教師は面倒を回避するため、不良生徒を厳しく指導することができなかったのでは・・・。
話し合い不可なヤクザのような親御さんもいるだろう。ただでさえ、過重労働を強いられる教師には大きな負担だ。

この中学校、2012年にも男子生徒の自殺者を出しているそうだ。

学校運営、システムを根本的に見直すべきだろう。
まずはクラス編成をもっと考えるべきだ。おとなしい子を、素行が悪い子と一緒のクラスにするべきではない。
お互いをできるだけ離すようにすること。おとなしい子を守るための現実的手段だ。

いろんな人たちとの交流が大事、話し合えば分かり合える、素行の悪い子への差別につながる、そんなの教育ではない、などという『理想論・きれいごと』が、おとなしい子を死に追いやるのだ。

きれいごとこそ不幸を招く。
『理想』に、おとなしい子を犠牲にするほどの価値があるとは思えない。


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6月3日追記。

憶測・ウワサの域を出ていないが、気になったことを記しておこう。

ネットでは、「加害者らがガラスを割ったのに、それを中島さんがやったということにされて、担任がそれを鵜呑みにし、やっていないと言う中島さんに割ったガラスの清掃をさせ、両親に通報した」「その晩、中島さんは自殺した」という話が流れている。

そんなところに、こういった記事を見つけた。

http://blogos.com/article/216355/より転載。
【学校でガラスを破損するトラブルがあり、教員たちは菜保子さんと、いじめの加害者2人を同列に叱責した。母親に「本当のことが言えるわけがない」と言っていた。その後、ピアノ教室に出かけ、午後9時45分ごろ、帰宅して、自室に入った。午後11時ごろ、母親が菜保子さんが首を吊っているのを発見した】

http://girlschannel.net/topics/1203449/2/より987番、転載。
【被害者が自分の絵が飾ってある4階の廊下へ加害者2人を誘い見に行く。
絵を見た帰りに加害者2人がふざけあう 壁ドン!!
ガラスが割れる (被害者は見ていない)
担任には加害者の1人が白状をし後日弁償。
しかし、担任は連帯責任とし3人に掃除をさせ保護者への連絡をするという。
被害者は連絡しないでほしいと懇願するも聞き入れず。
被害者はかなり動揺し泣きながら帰宅したという】

転載終わり。

中島さんは連帯責任を取らされてしまったようだ。そして担任には、中島さんと加害者は「友だち」「つるんでいる」と見えていたのかもしれない。

加害者も後日、自分がやったとして弁償したそうなので、加害者3人のうち、素行が悪い者、そうではない者、両方いるようだ。(もちろん、これも憶測だが)

しかし「両親へ連絡しないでほしいと懇願」「動揺し泣きながら帰宅した」というところに、あたかも両親はとても厳しかった=家庭に問題があるかのような印象を与える。そんな話が地元では流されてしまっているよう?

でも、ガラス破損の件で、中島さんは母親に「本当のことがいえるわけがない」と語っていたようだ。とすると「自分はガラスを割っていない」と担任に言うことができなかったと、そう受け取れる。

この点は食い違いを見せている。


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6月2日追記。

中島さんが通っていた中学校の情報。
https://www.minkou.jp/junior/school/review/9740/

県内でもいじめが多い学校のようだ。
卒業生の話によると、いじめで自殺者(中島さんのことかな?)が、その次の年は逮捕者が出たとか。
「おすすめしない」「先生は親身になってくれない」という人もいるし。
ただし人によっては「平和で穏やかな学校」「礼儀正しく真面目な生徒がいっぱい」という感想もあり。
なので、酷いイジメを行うのはごくごく一部だろう。評価は人それぞれだ。

ということで・・・
やはり、この話題は多くの人が気になるのか、当ブログでも今までにないアクセス数だ。

私も未だに「なぜ中島さんは自殺するまでに追い込まれたのか」分からず、どんなイジメがあったのか気になっている。ピアノという共通項があるからか、中島さんに肩入れしてしまっているところもある。

教室の空気はどんな感じだったのか? クラス全員にハブられていたのか?
それとも巷で言われている3人の同級生のみに虐められ、ほかの同級生はそうでもなかったのか、友だちが本当にいなかったのか? などなど。

自殺した中島さんは、ピアニストになりたいという夢・希望を持ち、圧倒的な誇れる特技を持ち、おまけに美人。スクールカーストの上位に入る要素を持っている。本来ならクラスから一目置かれる存在だったはず。

そこでこんな記事を見つけた。
http://hisasuke.com/post-8269-8269
http://girlschannel.net/topics/1203449/

中島さんが遺した日記の内容を見る限り、よくある「いじめ」であり、暴力など明らかに常軌を逸した犯罪行為という感じの虐めではなかったようだ。

そこで、この問題を扱った掲示板などで、ほかの人の意見や考えを調べた。
加害者とされる女子同級生がどんな感じの子なのか、邪推の域を出てないし、不確かな情報ではあるが・・・いわゆるヤンキー・不良系・・・素行が良くなさそうな空気を感じた。3人のうち、1人はすでに高校を中退しているとか。

中島さんは2年生までは楽しく学校生活を送られていたようだ。

3年になり、その3人と一緒のクラスになり、お嬢様的な感じがする中島さんは標的にされてしまった・・・のかもしれない。

で、ほかのクラスメイトも、素行が悪そうな連中が怖くて、中島さんを助けることもできず、見て見ぬふりをするしかなかった・・・と、こんな想像をしてしまった。

例え暴力行為がなくても、素行の悪そうな同級生から標的にされ、中島さんにとっては恐ろしかったことだろう。

※教師はどうしていたのか・・・素行の悪い生徒の親はモンペであることも多いだろうから、見て見ぬふりをしてしまった可能性もあるかも? あくまでもイジメ加害者が「素行が悪い生徒」と仮定してのことだが。

素行が悪い生徒が集まる教室・・・そんな学校、休んでしまえばよかったのに、家でピアノの練習して過ごせばよかったのに・・・と無責任に思う一方で、あのブラック企業・電通で過労自殺に追い込まれた「高橋まつりさん」を思い出す。自殺するくらいなら会社を辞めればいいのに、というけれど、それができれば誰も過労死・自殺なんてしない。

それでもとりあえずの解決策は「逃げる」しかない。授業を受ける権利がなくなるのは悔しいけど仕方ない。

が、まだ世間の空気は「不登校=負け組、落ちこぼれ、弱い人(学校生活に耐えられない人が社会で耐えられるはずがない)」であり、親も自分の子が不登校になったら不安で仕方ないだろう。

なので社会が「学校は休んでいい」というメッセージをひたすら送り続けるしかない。

で、暴力行為など明らかな犯罪行為があったら、警察へ行こう。

本当は加害者を登校停止処分にさせられればいいのだけど、それはそれで難しいものがあるのだろう。

ワシは思う。
公立学校のいくつかを、学力別クラス分けにしたほうがいいのではと。

そして、親が公立学校を選べるようにすればいい。

学力別クラス分けによって、成績上位の生徒らが集まる教室は小さなイジメはあるかもしれないが、そこそこ平和かもしれない。多くのクラスメイトは真面目に勉学に励み、素行も悪くはないだろう。
教師も、授業がやりやすい。粒がそろっているから。

これは差別ではなく区別。
真面目な子を守るためだ。

学力別クラス分けは・・・格差が拡大すると反対する人もいるだろうが、勉強できる真面目な子の権利が阻害されないための現実的手段はこれくらいしかない。

あるいはトイレ含め、学校のあらゆるところ死角がないように監視カメラをたくさん設置するか?

いつもイジメ加害者の権利ばかり守られているけど、イジメられる子・真面目な子の権利だって、少しくらい優先してくれてもいいんじゃない?

イジメは決してなくならないのだから。理想論、きれいごとはやめて、現実的に考えないといけないと思う。加害者を優先するのか、被害者を優先するのか、どちらかだ。

教師にはイジメを止める力はない。
中学教師も過重労働が問題になっているし、教師の立場も弱く、教師自身が鬱病になるご時世である。

ちなみに、中島さんが通っていた中学校、3年前にも自殺者を出しているんだって?
これが本当なら異常だ。

親が子どもを守るしかない。

ここでふと短編連作小説「これも何かの縁」に登場した小林和彦・真理子夫妻を思う。

劇中、まさにこれと同じ問題が出てくる。

娘の恵美子はピアノの才能に恵まれ、ピアニストを目指している。
真理子は恵美子の教育に熱心であり、和彦も協力している。

レベルの高い私立小学校に入るつもりだったが、恵美子の病気でお受験が失敗に終わり、近所の公立小学校に行かざるを得なくなるが・・・

そこの学区は児童養護施設があり、問題児もいる学校だったがため、引越しを決意し、別の学区の学校へ娘を通わせようとする。

こういった考えは差別的なのか?
いや・・・この中島さんの件を思うと、小林夫妻の考えも仕方なしである。

多くの教育熱心な親御さんの本音は・・・できれば、素行の悪い子どもとは一緒にさせたくないはずだ。
自分の子どもを守り切れないもの。問題児がいそうな学校に通わせたくない。当然である。

標的にされ、虐められ、自殺に追い込まれたり、あるいは暴行を受け、障害を負わせられたり、最悪、殺されるかもしれない・・・命を取られるかもしれないのである。

小林夫妻がやったことは、娘を守るための当然の考え・リスク回避かもしれない、と今さらながらに思ってしまった。

※「これも何かの縁」より小林和彦・真理子が登場する話はこちらです。

「満開の桜に夢を見る」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-24
※あらすじ→小林和江の義妹・真理子の思い。和江とは相性が悪い真理子。その専業主婦としての誇りとは。娘の恵美子に抱く夢とは。

「マイノリティ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-10
※あらすじ→和彦VS和江。文雄も無関係でいられなくなり・・・参戦。養護施設の子どもたちを問題視する和彦の考えは差別なのか?


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・・・・・・・・・・
6月1日本文。

いじめ自殺問題が後を絶たないが・・・
茨城中3女子生徒・中島菜保子さんのいじめ自殺について、思うところを語ってみたい。

まずテレビでちょっと聴いただけだが・・・中島さんがピアノの発表会で弾いたという映像が流れ、その腕に「わあ、すごい、中3でショパンエチュードをあそこまで弾けるのか」とびっくりした。音大生並みだ。

※中島さんが弾いていたのは「革命」「大洋」「10-4」

いや、ワシの時代の話じゃが・・・当時、ワシが行っていた東京音楽大学ピアノ専攻の学生で、ショパンエチュードをあの速さで弾ける人はそう多くなかった気がする。(今の東京音楽大学はレベルが上がっていると聞くが)

もちろん、速く弾けるからいいってもんじゃないことは重々承知。
けれどエチュード=練習曲なのだから、求められている速さで弾けることが最低条件となる。

因みに、ワシが中3の頃は・・・モーツアルトのソナタ、チェルニー40番の中盤辺りを、たらたらと弾いていた。
もちろん、求められている速度で弾けない。その程度で音楽専門の道へ行くのか? と今なら笑われてしまうだろう。

ちなみに記事「ぼっち上等、友だちいなくてもいいのでは」でも触れたが、ワシは音高時代から練習室に籠る寮生活となり、チェルニー50番を経て、高2で何とかショパンエチュードに入ることができた。

んが、当時も、中島さんが弾いている速度では弾けず、中島さんの腕に遠く及ばなかった。
音大1年でようやくあの速さで弾けるようになったかな、う~ん・・・という感じだ。

とにかく中島さんのピアノの腕は、そんじょそこいらのピアノを習っている子とはレベルが違う。

当時のうちの音高ならば、ピアノ演奏家コースに入れたはずだ。(ちなみにあの盲目のピアニスト・辻井伸行氏もうちの音高のピアノ演奏家コース出身だ)

ワシはきっと、中島さんに憧れただろうな。

寮生活は暗黒だったが、音高1年の学校生活はそこそこ楽しかった。クラスにピアノ演奏家コースの子がいて、すごく憧れた。彼女たちは、中島さんのようにショパンやリストをバリバリ弾いていたっけ。

当時、やっとベートーベンのソナタを弾かせてもらえていたワシにとって、ショパンやリストの難曲を弾いている『彼女』は崇拝の対象であった。恋にも似た気持ちを抱いた。

彼女と話せるだけで感激。一緒にいてもらえるだけで感激。

もちろん、ピアノ演奏家コースの人たちはクラスの皆からも一目置かれる存在だ。イジメとは無縁。

というわけで、中島さんは容姿もカワイイし(ネットで話題になっている)、今の世間の価値観でいえば超勝ち組だ。ピアノがあそこまで弾けるということは、それなりの教育を受けていた=経済的にも豊かであったはず。

なので、そんな子が自殺に追い込まれるほどにイジメられていたということにびっくり。

小学校や中学校で「イジメられる子」というのは、どちらかというと今の世間の価値観から見て「負け組」=カースト下位に属する子という認識でいたから。

ピアノがあれだけ弾けるという特技を持っていた中島さん(しかも突出している)・・・
私ならぜひぜひ友だちになりたい、いや今だってもし生きていてくれたら、年齢は相当に違うが友だちになりたいぞ・・・。

そんな中島さんは「ぼっちはイヤ」という言葉を日記に残していた。

今もなお、ワシは分からない。
ワシなら、中島さんと友だちになりたい。

クラスに中島さんと友だちになりたい子はいなかったのか? 憧れる子はいなかったのか?

そしてピアニストになりたいという夢をもち、ピアノという夢中になれるものがありながらも、「ぼっちである」という世間のマイナス価値観に負けてしまったこと、そして将来への希望・目標や夢中になれることが自殺の抑止にならなかったことに暗澹たる思いを抱いた。

世間の「友だちがいない奴は人間失格、恥ずかしい、寂しくて惨め」という価値観の強固さを思う。
けれど、夢をもった子供を自殺に追い込むほどに、それは絶対的価値なのか?

中島さんがあそこまでピアノが弾けるということは、相当な時間を練習につぎ込んでいただろう。
今の中学生がどれくらい友だちとの交流に時間を割いているかは分からんが(ラインで相当、時間を食われるのでは?)・・・中島さんは、一人の時間も大切にしていたと思うし、ピアノが弾けることを誇りに思っていただろうが・・・それでも「ぼっちであること」は恥ずかしく、自殺するほどに辛かったのか・・・。

もちろん「集団の中のぼっち」はキツイものがあったのかもしれない。
ワシも中高時代はそうだったから分かるが・・・。

これはもう一種の呪いかもしれない。

それでも・・・中島さん、ネットでピアノ関係のコミュニティに入っていたら、すぐに友だちができただろうに。

ネットはいじめの温床でもあるけれど、一方で、仲間も見つけやすい。

んで、ぼっちでもいいじゃん。
特に学校の教室のような狭い世界じゃ、自分に合う友だちなんて見つからないこともあるだろう。

中島さんの近くには、ピアノをやる子はいなかったんだろうな。
とにかく残念だ。

ワシは世間の「ぼっち」「孤独」「独りであること」を見下し、恥ずかしい・不幸だとし、人間として欠陥扱いする価値観=呪いを嫌悪する。

※関連記事
「ぼっち上等・友だちはいなくてもいいのでは?」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-04-23


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・・・・・・・・・
余談。

さて、この中島さんのいじめ自殺問題が気になり、ネットの反応を検索して見てみた。

気になったのが・・・
「いじめ加害者は、美少女の中島さんをやっかんだブス」という内容のコメントをよく目にし・・・ブス=悪といった空気が垣間見られたことだ。

「美少女の中島さんは本来、勝ち組であり、負け組ブスを見下せる立場だったはずなのに」といったコメントもあったりした。

ちなみに、ワシもどちらかというと虐められっ子のほうだったが、虐めっ子は美人もいたし、ブスもいた。

ただ、ワシの容姿をからかうのは、たいていブスだったな^^;
美人はそれはなかった。

ワシの場合、若い頃は特に瞼が腫れぼったかったので、そういったことをからかわれた。
けど、美人からはからかわれたことは一度もなかった。

ブスは開き直っているのか、人の容姿についてあれこれ言うんだよなあ。(もち、一部ね)
ブス=もちろんこれは今の美の価値基準に照らし合わせてということだが・・・ご自分の容姿に劣等感を持っていただろう・・・その劣等感のはけ口をワシにぶつけていたのかもしれぬの。

なので「ブス・ブサメンは劣等感を抱えている分、内面も難あり、けっこう失礼なヤツが割といる」という意見に、反論できない面もあったりするのだ。事実な面もあるから。


そこでブスネタ、行ってみようか。

「美女は離婚も綺麗にできる。仕事のできる人は労働裁判で揉めない」
http://diamond.jp/articles/-/128372

我らが藤沢数希氏のインタビュー記事。

結婚するにもブスはやめておけっていう話^^;
美女はしつこくないが、ブスは次の男が見つからないので、なかなか別れてくれない、とのこと。

ま、ワシもこの頃、こう思う。
世間様が、女へ求める価値は美と若さなのだから仕方ない。

「それは違う、人間性が大事だ」と言ったところで、世間の価値観と闘って、得することってあまりない。負け犬の遠吠え扱いされ、大抵損をする。

事実、美人はかわいがられるので性格はよく、ブスはかわいがられないので性格が曲がる、ともよく言われる。

※短編連作小説「これも何かの縁」の「嫁き遅れの雛人形」に登場する福田みすずの伯父さんのセリフでもある。
「嫁き遅れの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-25-2


そうそう、この間、本の整理していたら、うちの父上が買ったのだろう人生指南の本「男の魅力演出ノート」(真野博・昭和57年)が出てきたのじゃが、そこにも、「口説くなら一級品の美女を狙え・ブスは危険と心得よ」と書いてある。

なんでも「ブスはモテないので、しつこい、逃げるのに骨が折れる」とのこと。なのでブスとはつきあってはいかん、遊びでもいかん・・・らしい。

真野氏は・・・「オレなんて美人が相手にしてくれるはずがない」として美人=1級品をあきらめ、2級3級のブスで妥協する男を「みっともない」と切る。ブスを相手にするなど「負け犬と同じ」だと。

真野氏自身、「デートを申し込むときは、とびきり上等の女しか相手にしなかった」という。

で、美人は他にもお誘いがあるから、関係がまずくなっても、簡単に別れることができる・・・らしい。

一方、ブスは「キミだけを後生大事にと考えるから、関係がまずくなった時、ひとあばれもふたあばれもする恐れがある」=「要するにブスは危険」とのこと。

「キミを大事にしよう」というブス女とはつきあってはいけないのだそうだ。
いわゆる、恋愛工学で言うところの「フルコミットは危険、一人へ執着するな」の逆バージョンだな。

執着しそうな「ほかの男にあまりモテなさそうな女」=「君にフルコミットしてくる女はやめておけ。ほかの男にもモテる女=美女を相手にしろ」とのことで・・・「一途な女より、ほかの男の匂いがする女がいい」とも受け取れる。

まあ、なんというか、男として、割と珍しい考えの人だな、とも思った。

いやあ、でも・・・ひとあばれもふたあばれもするって、ストーカー男の方が多いイメージがするけれど。

とにかく、恋愛市場において、執着しそうな非モテは男も女も危険、関わるな、ということのようじゃ。

ま、執着する心が恋愛感情なんじゃないの? とも思うが・・・執着心がストーカーを生むわけで、執着することがいいとは限らない。執着するのもされるのも、どっちかというと不幸になる場合が多い気もする。

一人への執着はリスクが高い。
自分も相手を切るけど、自分も切られることもあり、一人に執着しているとイタイ目に遭う、と考える人、恋愛工学に限らず、昔からあったようじゃの。

そんな真野博氏の経歴は・・・
1931年生まれ。国学院大学卒業。美容師免許を取得、世界美容会議の日本代表として毎年出席。
流暢な英語を話し、司会もこなすテレビでも活躍された人のようじゃ。(ワシは知らんが)
文筆家でもあり、主に『男磨きの人生指南書』を書いていたらしい。

真野氏は・・・英語がしゃべれてアメリカでナンパ、上等(美人)な女しか相手にしない・・・それが男としての自負だったのかもしれぬの^^;

ま、殿方は、妥協せずに、上等(美人)な女をモノにせよ、とのことじゃ。
どっちみち、恋愛に幻想を抱いているとイタイ目に遭いそう^^; 男も女もね。

友だちであれ、彼氏彼女であれ、まずは人間扱いしてくれる人をまず探さねばの。

劣等感をこじらせている人ほど、実は人間扱いしてくれない、何かと人を見下す・・・気もする。

(真野氏も実は劣等感をこじらせていたのでは。昔は今以上に学歴重視で、テレビ界・出版界などは一流大学出身者がゴロゴロいただろうから。なので女性をモノ扱いし、平気で一級品、二級品という言葉を使い、自分は常に選ぶ立場だ、自分は偉い、と思い込みたかったのだろう)

となると、人間扱いしてくれない人・見下す人って、わりといるかもしれないな。
要注意じゃの。

何にせよ、世間の価値観・劣等感と向きあうと、その価値観から外れた者にとっては辛いだろうし、不幸しか生み出さない。

悪けりゃ、劣等感をこじらせイジメ加害者か、あるいは自分には価値がない・生きている意味がないと、辛くなり、自殺に追い込まれる。

友だちがいない『ぼっち』も、ブス・ブサメンも、非モテ・オタクも・・・世間の価値観=劣等感を無視できればいいのだけど、難しそうじゃの。

若者の死因第1位『自殺』・・・
そして若者のサイレントテロと呼ばれる非出生主義(子孫をあえて残さない=自分の性質を引き継ぐと子孫がかわいそう、搾取されるだけ、不幸の連鎖を断ち切りたい)・・・

・・・分かる気がする。

というわけで・・・
小説「これも何かの縁」では、世間が良しとする価値観から弾かれた非モテキャラ、ブスキャラやオタクキャラ=福田みすず、長山春香、沢田文雄が登場するが、なんとかそれぞれ救いの道を見つけさせた。
けれど、世間の価値観からは一歩引き、たとえば恋愛すること、結婚すること、子どもを持つこと、友だちを作ることなどなどから身を引いているのであった。


※短編連作小説「これも何かの縁」より。

沢田文雄の話はこちら。
「風のない日の鯉のぼり」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-02
※あらすじ→小林和江の従弟・オタク漫画家沢田文雄登場。自身に劣等感を抱く彼の過去とは。

「同窓会」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-01
※あらすじ→オタク漫画家・文雄、高校の同窓会へ。いじめっ子元同級生と会う。沢田のとった行動とは。

「それぞれの道・沢田文雄」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25
※あらすじ→沢田文雄と担当の浅野仁のやりとり。郷田浩に思いを馳せる沢田。そして高校時代とは縁を切る。


長山春香の話はこちら。
「醜い世界」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-18
※あらすじ→壮絶なイジメを経験した漫画家の卵・長山春香の話。四条静也と理沙との接点も明らかになる。

「梅雨明け・孤独な幸せ」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
※あらすじ→社会からの爪弾き者の沢田文雄と長山春香、それぞれの視点から。海の日の雑学あり。

「秋の夜長・読書週間」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-06
※あらすじ→孤独死、上等。死は安らぎ。長山春香にとって遠ざけたいのは人であり世間だった。

「未来を得る・漫画の力」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-17
※あらすじ→長山春香、最終編。沢田文雄の漫画が春香に未来を与える。


福田みすずの話はこちら。
「苦い縁談」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-03
※あらすじ→フェミニスト・福田みすずに縁談が。そのお相手は・・・。

「ドライなお見合い」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-10
※あらすじ→福田みすず、イケメン・郷田浩とお見合い。その結果は・・・

「出しっぱなしの雛人形」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18
※あらすじ→見合い相手のイケメンの家へ行くことに。意外と郷田家との相性は良く、みすずの心は揺れるが、常にこの問いが心に巣くう。そこまでして結婚したいのか?

「桜の葉」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-01-25
※あらすじ→福田みすずのお見合い編、決着。呪いが解けたみすずVS郷田浩の戦いをご覧あれ。

「それぞれの道・福田みすず」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2017-03-21
※あらすじ→小林和江が宣伝していた沢田文雄の漫画を手にするみすず。その内容は・・・!


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